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六月の花嫁は、幸せになるというジンクスがある。土地にもよるが雨の季節は、結婚式を挙げたかるカップルが少ないためそのような伝承を伝えているという説さえあった。
けれど、エシャール邸の庭園に佇む小さなチャペルで開かれた挙式は、小雨にもかかわらず希望で輝いていた。きっと六月の花嫁が幸せになれるという説は、嘘ではないと確信出来るくらいに。
イリスのウェディングドレスは、セリカが着ていたものと同じ純白の清楚なものが選ばれた。この結婚が、血を分けた双子の姉妹のソロレート婚であることを、神に伝えるためである。
「新郎ラッセル、あなたはイリスを妻とし、病める時も、健やかなる時も。喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も。これを愛し続け敬い、慰め合い助け続け、命ある限りその心を尽くすことを誓いますか?」
牧師が語る神の御前での誓いの台詞が、イリスとラッセルの胸を突き刺した。前妻のセリカは、病で逝去しているからだ。そして、セリカと双子であるイリスにも哀しい運命の痛みは血を超えて伝わってくる。
(ラッセルさん。セリカとは悲劇的な別れだった。だけど、きっと誓いのセリフの通り、病める時も健やかなる時も。永遠に彼女を愛し続けたのよね)
白い花嫁のヴェール越しに、ラッセルの表情を見たいと思ったイリスだが、残念ながら願いは叶わなかった。しかし、その白いベールはセリカがせめてもの独占欲でイリスに彼の本当の表情を見せまいとする最初で最後の嫉妬のようにも感じられた。
「はい。誓います」
一瞬、ラッセルの声に震えが感じられたが。最後の呼吸からは迷いは消え去っていた。セリカとイリスという双子の姉妹を、時を超えて娶ることになった男の心情を知ることは、ない。
きっと妻のイリスには永遠の秘密として、彼の心根の『本当の色』は白いベールに包まれて見えないのだ。すべての視界はベールによって淡く、白く、遮られる。
(ラッセルさん。けれど、私も人のこと言えない。過去の夫とは上手くいかなかった。もう一度、新しい人生を歩むことに後ろめたさもあった。セリカがくれた新しい人生を、ここで迷ってはいけない)
「指輪の交換を、ここに……」
用意されたプラチナリングは、ラッセルのものはセリカともイリスとも対になっている。セリカの指輪はすでに墓地で彼女と共に眠っていて、イリスの指輪のみが新調されたのだ。
「では、誓いの口付けを……」
ようやく誓いの口付けを交わし、お互いの顔を確認すると。そこには、もうセリカ越しではなく新たなイリスとラッセルという二人の夫婦の顔になっていた。
「ここに新たな夫婦が誕生しました! 神はずっと、二人を見守ることでしょう!」
複雑な人間関係から少人数の参列者だが、この国と馴染みのないイリスの故郷からも友人が駆けつけたおかげで新鮮さは損なわれなかった。
「こんなに素敵な結婚式なら、雨の日の挙式も悪くないわよね。イリス、綺麗っ」
「いやいや、イリスさんのご友人に髪結の女性がいると聞いていましたが。こんな素敵な方だとは」
「うふふ! きっと次の花嫁はアマンダね! じゃあ、ブーケトス。行くわよっ」
ブーケがしとやかな雨露を帯びて、次の花嫁の腕の中に収まる。きっと、次の花嫁も幸せになるであろうと穏やかに時は過ぎていった。
* * *
新婚旅行へと向かう汽車の中で、イリスはようやく緊張感から解放された。すると、我慢していたはずの涙が出てどんどん溢れてきてしまう。
六月の旅路は雨降りで始まり、そういえば追放のキッカケも六月の雨だったと心情を濡らした。汽車の窓から見える景色は、ちょうど長閑な田園風景で、ラッセルの領地の一つである。
愉しむはずの新婚旅行で、涙が止まらないイリスにラッセルは心情を察して、優しくハンカチを差し出した。
「ごめんなさい、嬉しいはずなのに泣いてしまって。これじゃあ、セリカ姉さんに笑われちゃうわね」
「良いんだよ、イリス。虹は、雨が上がらないと見ることは出来ない。涙の雨が降り止んだ先にしか、僕たちの未来はなかったのだから」
「ラッセルさん、けど……私、私……!」
優しく微笑むラッセルは、前夫よりも頼り甲斐があり穏やかだ。
何もかも姉からのお下がりでは可哀想だと、イリスのためにラッセルが誂えてくれた婚約指輪が左手の薬指で輝く。虹色の指輪は、セリカには贈らなかったイリスだけのもの。
「確かにキミは、セリカに瓜二つかも知れない。けど、僕に虹を見せてくれた女神イリスはキミだけだ」
「ありがとう。私、私……貴方と一緒なら、本当に女神に相応しい女性になれそうな気がするわ」
イリスはそんなラッセルと最初に結婚出来た亡き姉セリカに少しだけ嫉妬して、それから『ごめんね』と心の中で呟いた。
まだ、涙を隠す雨に降り続けて欲しいと、六月の神様に願いながら。次に来る虹を待ち侘びて。
正編のイリスsideはここまでですが、外篇のセリカsideを続けて連載します。