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 調査報告書によって判明したイリスの本当の両親との再会は、冬の寒さが終わりを迎えて暖かな日差しが降り注ぐようになった春先となった。場所はイリスの本来の生家であるエシャール邸で、イリスが想像していたよりもずっと大きな屋敷だ。


「ここがエシャール邸、私が産まれた家」

「エシャール伯爵は、我が公爵家とは長い付き合いでね。庭のデザインは公爵家の庭師と同じ人が担当しているし、噴水のデザインなんかも共通しているんだ。ここはセリカが亡くなってからも僕にとっての第二の実家だよ」


 特に人々を迎え入れるように堂々とした噴水は、キラキラと日差しを反射して輝きをもたらしている。手入れされた赤や黄色の花々は春になってようやく咲いたものもあり、白い印象の屋敷に彩りを添えていた。


(セリカさんの幽霊を見た場所が花畑だったのは、このお屋敷の庭に咲く花々に似ているからだったのね。彼女はいつも美しい花に囲まれて暮らしていたんだわ。メサイア邸にも自慢の庭園があったけど、私は巡礼ばかりであまり親しまなかった)


「おや、青い蝶だ。珍しいな」

「えっ……本当に」


 青い蝶々がひらひらと舞って、イリスの白い帽子の上に留まった。ちょうど今日のイリスは青いワンピースを着ているから、蝶々とは色合いがお揃いである。やがて蝶々は気が済んだのか、再び花壇へと戻ってしまう。


「亡くなった人間の魂は、蝶の姿で現れることもあるらしいよ。意外とセリカがキミをこの屋敷にようこそって歓迎してくれたのかも知れないな」

「まぁ……だと嬉しいわ。うん、勇気を出して……ベルを鳴らさないとね」


 リンゴーン!


 邸宅のチャイムを鳴らすと、メイドや執事がイリスの顔を見て目を大きく見開いた。亡くなっているはずのセリカに瓜二つの女性が、彼女の生家に来たのだから驚くのも無理はない。ラッセルと共に客間に通されて、いよいよ実の両親との再会となった。


「まぁ貴女が、イリス……! やっぱり、セリカにそっくりね。うぅ……ごめんなさい、お告げの関係とはいえ貴女を養子に出してしまって」

「気になさらないで、マカダムさん。私……夫に離縁されるまでは割と贅沢な暮らしをさせてもらっていたわ。結局は、夫とも父とも離れてしまったけど」


 泣きじゃくって謝罪をする実母のマカダムは、イリスと血の繋がりがあるのがよく分かる黒髪で、まとめ髪をしているものの緩やかな天然のパーマは遺伝だったのだと気づく。


「ラッセル君、よく我々夫婦と娘を引き合わせるために尽力してくれた……ありがとう」

「いえ、僕は心に従って動いただけで。あるとすれば、セリカと神のお導きかと」

「それでも、この運命の再会はキミの手柄だよ」


 エシャール伯爵が、ラッセルに礼を述べた。ラッセルからすれば、亡き妻セリカの双子の妹と義理の両親を引き合わせる役目を買って出たことになる。これを運命と言わずに何と呼ぶのか……と、きっとこの場にいる全員が思っているに違いなかった。



 * * *



 その日の晩、イリスが西の都に移住して来て初めて、家族水入らずで食事を囲むことになった。席が一つだけ空いていて、いわゆる陰膳の状態で料理が運ばれた。


(あの空いている席は、きっとセリカさんのための席ね。陰膳までしてもらえるなんて、セリカさんは本当に両親から愛されていたんだわ)


 セリカが好きだったというパスタやピッツァなどの料理を中心に、お酒を交えて愉しいひと時を過ごす。


「ふふっセリカも妹と再会できて、今夜は喜んでいると思うわ」

「だと良いんですけど。本当に平気かしら?」

「大丈夫よ、セリカは優しい子だったんですもの。双子の貴女もきっとセリカに似て優しい女性に成長しているはずよ」


 実母マカダムが思うほどイリスは自分が優しく人に接することがなかったことに気付き、使用人達にやや横柄な態度だったことを心から恥じた。


(ううん、私……セリカさんほど良い人間ではない。可愛がってくれていた育ての母親が死んでからずっとずっと、周りに人に尖っていたわ)


 おそらくどこかで、自分自身は余所者なのではないかという疎外感を使用人にやつ当たっていたに違いないと反省する。


「私、セリカさんのようにはなれないかもしれないけど。でも、これからはセリカさんのように優しい人を目指して、生きていきたいと思うの。まずはプロの錬金術師になって、人を癒す治療薬を作れるようになりたいわ」

「ははは! 錬金術師か、なかなかカッコいいじゃないか。賢者の石があればセリカも……と思ったことが何度かあったが。イリスが作る治療薬が病で苦しむ人の救いになるなら、セリカも喜ぶだろう」

「はい。頑張ります!」


 無事に初めての食事会が終わり、泊まったいって欲しいという懇願を断って今日は帰ることにしたイリス。


「客間かセリカの部屋で良ければ、泊まっていって欲しかったけれど。いくら双子とは言え、性急すぎたわね。でも、今のご両親とは縁が切れてしまっているんでしょう?」

「……はい。私を引き取りたがったのは死んだ育ての母ですから、今の後妻さんは私と親子関係が成立していないみたいです」


 調査内容から継母だと思っていた異母妹ハンナの母親とは、戸籍上は他人という設定であることが判明した。養母は亡くなっているため、親子関係は養父との間にあるのみだ。

 

「なら話は早いな。やっぱり、養子縁組の手続きをした神殿に間に入ってもらって、うちに戻るようにした方がいい」

「いろいろ、忙しくなるけど家族が再び一緒になれるんだもの。楽しみだわ……それじゃあ、今日はここで……気をつけてイリス。ラッセルさん、あとはお願いね。二人とも、おやすみなさい」

「お休みなさい……お父様、お母様」


 イリスが思い切って『マカダムさん』ではなく「お母様』と呼ぶと、マカダムは感極まって再び涙を溢れさせて号泣してしまう。


「ああっ。おかえりなさい! 私の可愛い、娘。うっイリス、セリカ……!」

「お母様、これからはずっとずっと、一緒よ!」



 ラッセルはこの親子の再会に立ち会えたことを神に感謝し、心にもう一つの決意を固めたのだった。


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