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手慣らし短編集

夏の味

作者: 獅子谷烏兎

友人たちからお題をもらって、短編を書き始めました。

記念すべき第一作目です。気楽にご覧ください。

今回選んだお題はあとがきに。


土用の丑の日にウナギを食べるというのは、江戸時代の何でも屋・平賀源内が、知り合いの鰻屋に商売の相談をされたときに思いついた話であると噂されている。


仕事に疲れ切ったわたしが、閉店間際のスーパーにヨレヨレになって駆け込むと、どうやら今日は土用の丑の日だったらしく、そこには割引された鰻の蒲焼きが、何体も置き去りになっていた。割引といっても、税込で千五百円くらいする。


悩ましい。非常に悩ましい。わたしは手軽に安く食べられるお弁当を狙いに来たのであって、流行に乗りに来たわけではない。のではあるが、こんなにも大量に残っているのを見ると、つい日本人の「もったいない」精神が発動してしままう。スーパーを一周したのちに、やはり1匹引き取ろうと手に取り、帰路に就いた。


家に着くなり、冷凍庫に保存してある米を取り出し、電子レンジへと放り込む。

安ボロアパートの一室。夏の暑さに加え、帰ったばかりの部屋の湿度の高さといったらない。


電子レンジを起動させた足で部屋に潜りこみ、除湿モードのエアコンをかける。夏場は冷房を付けたことがないくらい、常に除湿モードだ。


丁寧に手を洗うと、買ってきたばかりの鰻をまな板に置き、二等分にする。内半分は冷凍して、来週あたりにでも食べよう。


鰻を買ってから、わたしは5年前の出来事を思い出していた。


* * *


友人の桃香が結婚するというので、人妻になる前に盛大に祝おうと、いつものメンバーで食事に行くことになった。


梅乃、櫻子、桃香、そしてわたし、李奈。わたしたちは大学の同級生だ。


大学一年生、入学直後の教育学部合同説明会で番号順に席に着いたとき、四人全員が鈴木で親近感がわいていたところに、学部長が前に立ってざっと名簿に目を通し

「ほう、今年の鈴木さんは『桜梅桃李』ですね」

なんてマイクに向かって呟くものだから、悪目立ちしてしまった。

とはいえ、それがきっかけですっかりこのとおり、何かにつけて行動するいつメンと化したのだった。


脱鈴木をする予定の桃香に、何が食べたいか尋ねると

「お祝い事なら断然鰻!」

と力強く言う。


いっそのことプチ旅行もかねて、名古屋にひつまぶしを食べに行くこととなった。全員で休みを合わせ、熱田神宮に参詣し、桃香とその彼氏の末永い幸せを祈ったのち、その近くに鎮座している、ひつまぶしの元祖とされる「あつた蓬莱軒」を訪ねた。


そこでは思い切って、会席料理を予約し、先付から水物までのコースに、鰻の白焼きを追加で注文し、それはそれはもう堪能した。


ひつまぶしをきちんと食べたことのなかったわたしは、幾度にもわたる味変の仕方に、鰻の下に敷かれたご飯をここまで鰻と最後まで食べきれるものだと、いたく感心した。


店を出る時には、全員腹がいつもの倍くらいに膨れており、大笑いしながらもう一度熱田神宮をめぐるなどして腹ごなししたのも、いい思い出だ。


* * *


「そうだ。ひつまぶしにしよう」

と、JRで京都に行きそうなノリで、二等分にしたうちの半分を、ザクザクと細かく切る。

電子レンジが温め完了を告げたあつあつの米を大ぶりの茶碗に移し、そこに細かく刻んだ鰻を乗せる。


薬味はわさびと海苔、出汁は、本来はあったかいものであったが、今日は髪の毛ですら首筋に張り付いて離れない夜。


「これこれ」

と冷蔵庫にしまい込んでいた、先週末作った一番出汁の残り。たまたま暇を持て余したときに作ったこの出汁は、最早このために取ったといっても過言ではなかった。


どうせならもう一品あった方が見栄えも栄養もいいのだろうが、もう今日はここまで。

李奈食堂の調理場は閉場である。


「いただきます」

手を合わせて、まずはそのまま食べる。うん、お惣菜として売れ残っていた割には、鰻がふっくらしていておいしい。


そこにわさびを乗せて一口。ああ、夏の薬味はわさびに限る。しょうゆをベースとしているからか、蒲焼のタレにもわさびがよく合う。

さらに海苔を追加して一口。うん。鰻は海で産卵し川で育つという、鮭とは真反対の性質を持っている。今親子が一緒になった気分。鰻が磯に帰った。

そして最後に、そこに冷たい出汁を注ぐ。


はあ。うまい。


川で育った鰻とわさび、海で育った海苔と昆布と鰹。陸で収穫された米。

地球だ。この丼は地球そのものなのだ。


出汁の一滴までを飲み下し、息をついて手を合わせる。

「ごちそうさまでした。はあ、最高……満ちる……」


余韻に浸っていると、目の前の時計の針は22時半を指したところだった。

いそいそと食器を片付け、シャワーを浴びると、麦茶を入れたコップを片手にベランダの窓を開け、床に腰掛けながら空を見上げる。


今日は夜も雲がなく、星がはっきり見える。だいぶ高いところまで昇った十三夜月が、煌々と光を放っていてまぶしさすら感じる。星座こそ簡単なものしかわからないが、夏の大三角形が少しずつ移動していることはわかる。


三年前まで都会に住んでいたが、わざわざ転職までして居を構え直し、今は星空を見るのが一日の終わりのルーティンだ。


きっかけは、先述のお祝いプチ旅行に行ったとき、科学が好きな桃香が科学館の中にプラネタリウムがあるから行きたいと言うので、夜間投影という大人限定の催し物に申し込んだのが始まりだった。


わたしは親が転勤族で、地方都市に住んでいることが多かった。街中に住んでいたこともあり、東京ほどではないが星空を見上げても星などあまり見れたことがなく、天体への興味は薄かった。


プラネタリウムはとても綺麗だったが、これはプラネタリウムだから見えるのだろうと思っていると、旅好きの梅乃や、片田舎出身の櫻子からぎょっとするほど驚かれ、本当にそんなのが見えるところがあるのだと心底驚愕し、同時にとても憧れた。


そしてたまたま取引先の都合で訪れたこの地に、気づいたら移住していたのだった。

年収こそ若干下がりはしたものの、この生活を手に入れられて、わたしはとても満足している。


「人生はどこでどうなるか、わっかんないなあ」

そう独り言ちると、麦茶を飲み干し、カラカラと窓を閉める。


平賀源内が土用の丑の日に鰻を食べると言ったらしいことのように、どこでどういうきっかけがあるかわからない。


だからこそ今日も、夜空が美しい。

今回はお題を複数組み合わせました。

お題をくれたみんな、本当にありがとう。

おそらく3年越しの作品になりました。

・うなぎ

・ひつまぶし

・おいしい

・夜空

・夏

・汗

・雲

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