恋色
「わぁ! 綺麗に咲きましたね、先輩!」
「そうだな」
商談を成功させた帰り道、川沿いを歩いていると満開の桜に声を上げた。先輩は興味がないのか無表情だ。如何やら桜でも、彼の鉄仮面を剥すことは出来ないようだ。
僕は徐にスマホを取り出すと、動画を撮る。晴天の下、昼の光を受け光る川と桜は美しい。対岸の桜も映り、良い動画が撮れたと満足気に微笑む。
「そうだ、先輩も動画に映りませんか?」
常に無表情な先輩だが、優秀で美男子だ。会社の女性からの人気は表情に高い。何故か、先輩は写真や動画に映ることを極端に避ける。だから貴重な先輩を収めた動画を撮影し、会社の御姉様方に喜んで貰おうと画策した。ご褒美に休憩用のお菓子や、食券が貰えたら御の字だ。
邪な気持ちを抱えたままスマホを構え、後ろへと振り向いた。
「先輩?」
スマホの画面越しに先輩を見る。彼は桜の間から伸びた白い腕を手に取り、その甲に口付けた。その洗礼された動作に、思わず僕は息を止める。
先輩には恋人が居たのだろうか?こんな所で会ったのか?頭の中に疑問が浮かぶ。白い腕の細さと指の形から、女性であることは分かる。残念ながら、腕以外は桜に隠れてしまい見ることは叶わない。
だが先輩の以外なところを撮影することが出来た。御姉様方もきっと喜んでくれるだろう。笑顔で動画を終了し、スマホを仕舞う。
「おい、飯にいくぞ」
「あ、はい!」
顔を上げると、白い腕の恋人さんは見当たらなかった。帰ってしまったようだ。心なしか桜の色が濃くなった気がしながら、先輩の背中を追いかけた。
その後、何故か先輩を映した動画は消えていたし、先輩からは塩ラーメンを奢られた。