携帯作家
すべての始まり
小学校の帰り道、宇佐美優花は友達数人と下校していた。
2年生の優花、同じ地区の子たち、上級生の子がみんなを引きつれて、毎日帰っていた。
優花の家は一番遠くにあり、上級生の1人が一緒に帰ってくれて、1人で家に帰る事は今まで無かった、その日まで。
その日は、一緒に帰ってくれていた上級生が風邪を引いてしまって休み、他の上級生も違う下級生の事もあり、優花は途中から1人で帰る事になってしまった。
みんなと別れた1人で歩く夕方前の帰り道、いつもと違い、話し相手の上級生も居なく、なんだか妙に広く見え、街並みも違って見えてきて、怖かった。
新しく建った住宅が並ぶ住宅街、夕方前、それぞれの家が夕食の用意で忙しいのか、人影は優花の見える範囲にはなかった。
2車線の信号のある道路に差し掛かり、歩行者用の信号を見ると赤になっていたため、優花は足を止める。
車の来る気配は無いけれど、青になるまで待っている優花の反対側の歩道に1人の女性が現れた。
髪の毛が長く胸の辺りまであり、顔立ちも綺麗、白のシャツに青色のセーターを着ていてグレーのスカート、ほっそりとしたスタイルに合っていて、清楚な女性に思えた。
優花は“綺麗な人”そう心で言って見つめていると女性も優花が見てる事に気が付いて、笑顔で見返してくれた。
恥ずかしくなり、優花が目を伏せると、一瞬、強い風が女性の方から吹いてきて優花は後側によろめいた、その時、車のクラクションがけたたましく辺りに響き渡り、次の瞬間。
キィー
ドンッ
切り裂くようなブレーキ音と何かがぶつかった鈍い音が優花の耳に否応なしに入ってきた。
音のした方に優花が目を向けると、交差点の真ん中辺りに物体が転がっていて、車が走り去って行くところだった。
その物体は少し動いて、すぐに動かなくなった。
いつの間にか、騒ぎを聞いてなのか人が数人物体を取り囲むように立っていて、ある人は電話をしたり、ある人はかがみこんで物体を見つめて何かを言ってる。
優花は呆然としながらその場に立ちつくし、囲んでいる人々の立っている足の間から見え隠れする物体から目を離す事が出来ずにいた。
数分経った時、遠くから救急車のサイレンが近づいてくるのが分かった。
“どうしよう”そう思っていた優花がサイレンの音のする方に目をやり救急車の姿が見えた時、耳元で
“あなたのせいよ、私、ゆるさない”
「えっ?」
辺りを見渡す優花、その声がどこから聞こえてるのか分からない。
“絶対にゆるさない”
また聞こえてきて、優花は“はっ”とした。
声の主が、優花の方を凝視しているのに気が付いたからだ。
その声の主は転がっている物体、それは物体では無く、先ほど優花を笑顔で見つめていた女性だった事に初めて気が付いた。
倒れている女性の顔は優花の方に向いていて、少し離れているはずだけど、顔にかかった長い髪の間から覗く見開いた眼は優花を凝視している。
その目に、恐怖を感じた優花だけど、どうしても動く事が出来ないでいると、救急車が到着して処置がおこなわれていた。
その光景を見ていると
「優花、優花」
呼ぶ声に振り向くと、優花のお父さんの姿があった。
「大丈夫か、優花」
優花は力なく頷いてお父さんに抱きついた。
そして、もう一度救急車の方を見ると、ストレッチャーに乗せられた女性が救急車に乗せられるところだった。
走り去る救急車を見送ると集まって来ていた人々も次第に散らばり、居なくなってきた。
優花もお父さんに連れられ家に帰る事になった。
その日の夜、優花は夢にうなされ、そして女性の姿を自分の寝ている枕元に見る事になった。
その時以来、優花は人が見えない者が見え始め、そして、女性の存在に怯える日々が数週間続く事になってしまった。
衰弱していく優花を心配した親はどうしていいか分からず、霊媒師に見てもらいお祓いをしてもらう事になった。
お祓いのおかげなのか、女性が現れる事は無くなったが、霊感は残ってしまい中学を卒業するまで、さまざまな体験をしてしまっていた。
高校入学と共に霊感が無くなり、優花は霊的な者を見る事がなくなって、平穏な高校生活を送る事ができて、そして大学に進学していった。
きっ・か・け
大学の構内は暖かい陽気の中、学生達はそれぞれに過ごしていた。
宇佐美優花は学食で食事を終え、友達3人と他愛の無い話に花を咲かせていた。
隣に座っているのは木村沙希、優花とは小学校からの幼馴染でいつも一緒に行動している友人、優花の手前に座っているのは埼宮良子と良子の隣に上田萌が座っている。
良子と萌は大学に入ってから知り合い、同じ学部と言う事もあって友達になった。
4人が話しをしている最中に良子は突然携帯電話を開いて画面を見ながら操作し始めた。
「なに、良子、男からのメール?」
沙希が茶化しながら言うと
「そんなんじゃないよ」
そう言ったきり、真剣な顔で画面を見つめていて、しばらくすると、目がニヤケ
「ジャーン、ねえ見て、私の書いた小説の読者、2000人を超えたぁ」
良子が自慢げに携帯の画面を3人に見せながら嬉しそうにしている。
「えっ?良子、小説なんて書いたの」
怪訝な顔で萌が言うと
「わるいの私が小説書いて、前にも何作か携帯小説を投稿して、いい感じの感想ももらってるんだから」
「えぇ~」
良子の言葉に他の3人は声をそろえて驚いた。
「良子に文才があるなんて信じられない」
萌がまた茶化す
「ふんだ、そのうち作家デビューしてやるんだから」
良子は口をとがらしながらスネタ顔で言った。
「そうだ、優花も書いてみたら」
「えっ?」
いきなり沙希が言った言葉に優花が驚いた。
「優花は昔から作文とか書くの上手かったじゃない、何か書いてみたら」
「私、恋愛とかあまり、それに何も思いつかないし」
戸惑う優花に沙希が
「恋愛物とかだけじゃなくて、サスペンスとか、あっそうだ、ホラーなんてどう?」
どう言う訳か沙希は優花に小説を書いて欲しそうにしている。
「ホラーなんて書けないよ、私」
「でも、昔、優花は心霊体験沢山してるし、それを元にして書いてみたらいいかもよ」
沙希の言葉に他の2人が反応してどんな体験をしたか、どうなったのとか興味深々に聞いてきた。
優花はうんざりしながら、1つだけ、切っ掛けになった女性の話を少しだけ3人に話し始めた。
話が終わり、優花以外の3人は気持ち悪さと怖さで、寒気を感じ腕をさすっていた。
3人の腕をさすっている格好を見ていた優花は、お茶を飲もうと湯呑を口元に運びかけた時、後側からの突き刺さるような視線を感じて“えっ、何?”そう思い振り向いた。
そこには、食堂に入って来る学生の姿しかなく、優花を見つめる人の姿は見えなかった。
でも今の感覚は
“あの頃によく感じていたもの、もしかしてまた”
優花は不安に襲われ、自然に体が震えだす
「どうしたの優花、大丈夫?」
沙希の優しい声にこたえる事も出来ず
「ごめん、先に行くね」
そう言って優花は食堂を出ていった。
家に帰った優花は、あの感じを忘れるためにTVでお笑い番組を見たり、映画を見たりして気分を直そうとしていた。
寝る前にパソコンでネットショピングのサイトを見ていた時ふと昼間の話を思い出した。
「小説かぁ、どんな物があるのかな」
書く事はともかく、どんな風にみんなが書いているか、多少の興味がある、良子が書いた物は分からないけれど、少し見てみようと思ってサイトを覗いてみる事にした。
携帯小説を検索すると沢山のサイトとブログが検索結果として出てきた。
その中のいくつかの人気のあるサイトを覗いて、興味のある物で短い小説を読んでみる。
確かに、素人の書いた物、文事態にまとまりがなかったり、ストーリーが飛躍していたりだけど、面白いと思う物が沢山ある。
「良子もこんなの書いてるんだ、へぇ~」
感心しながら見ていて、それぞれのレビューや感想を読んでいると良子は嬉しそうに話しをしていた事に納得して、羨ましく思えてきた。
“私も書こうかな、でも何を書いていいのか”
そう思いながら、カテゴリーの欄にホラー・オカルトの文字。
そして、短いホラー小説を読んでみる。
実体験の物、架空の物、色々読んでいるうちに、何か自分の中に湧いてくる感情がある事に気が付いた。
“書いてみようかな”
そんな気分に駆られ、ネットを閉じてワードを開いて書く事に決めた。
題名を色々考えたけれど、とりあえず最初と言う事で
『きっ・か・け』にする事にし、主人公の名前は『相沢マサヨ』にする。
もちろん優花が最初に体験したあの事故の事に色々書き加え、より怖く書いてみようと思った。
数時間を使い、短い小説を仮に書いてみて何度か読み返す。
“ちょっと怖さが足りないかな、でも最初だし”そう思ってどこのサイトに投稿するかを探し、一番メジャーなサイトに投稿する事に決めて登録、そして初めて書いた小説を投稿する事にした。
そこのサイトは読者数が時間毎に出て、もちろん感想、レビューなども読者が書いてくれる、何より、読者などからいい評価、いい感想などを沢山もらえれば、作家デビューなんて事もありえるから。
優花は投稿に必要な登録手続きを始める、名前、年齢、職業、そしてペンネーム。
「ペンネームか、なににしようかな、優花?実名だしありきたりかな、霊花?そうね、これにしよう」
そう言って必要な項目に入力し登録を終了、そして、本題の小説の投稿画面に移る。
題名『きっ・か・け』と入力して、パソコンの文章をコピーして執筆画面に張り付けてみた。
レビュー画面に移り、内容などを確認して、緊張しているため、優花は一息ついた。
始めて書いた小説、実体験を元に書いているとはいえ、自分のオリジナルの物、いろんな事が頭をよぎり、この期に及んでやめようか、どうしようか迷っていた。
“初めてだし、それにだめならやめればいいから”そう心に決めて投稿ボタンにカーソルを持って行った。
心臓の鼓動がはっきり分かるくらいドキドキしている、そしてマウスを右クリック。
画面が一瞬黒くなり、そして《投稿完了しました》の文字が真ん中に現れた。
優花はその画面を見ながらまだドキドキしている。
「投稿してしまった、どうなるんだろう」
《投稿終了しました》の白い文字を読み返し、その画面を閉じようとした時、耳元で
「ふふふ、これで引き返せない、優花」
「えっ?」
優花は振り返り、辺りを見渡すが誰か居るはずもない
「何、今の声、き、気のせい?」
気にしながら、パソコンの画面に目を移し、ネットの画面を閉じようとした時、携帯電話が鳴りだす
ビクッと飛び跳ねるくらいびっくりしたが、着信を見てみると沙希からの電話、何事も無かったかのように電話に出て、沙希の声と話に夢中になり先ほどの声の事など忘れてしまった。
女
次の日、大学の講義を受け、昼から近くの喫茶店で沙希と待ち合わせをしていた。
沙希には小説を書いた事は黙っておこうと決めていた。
初めて書いた小説がどうなるか、この先書いていけるかどうか分からないからだ。
ふと、喫茶店のテレビから流れる音声が耳に入ってきた。
《本日、午前8時頃○○町の交差点で、ひき逃げ死亡事故がありました。被害者は近くに住む木下マサヨさん17歳の高校生です。木下マサヨさんを轢いた車は走り去り逃走した模様です。警察はひき逃げ死亡事故とし、目撃者がいないかどうか探しているのと共に、逃げた車の特定を急いでいます》
「えっ?」
優花は一瞬手を止めてテレビ画面に目を向ける。
“ひき逃げかぁ、可哀想に。逃げた車、捕まればいいけれど・・・17歳、これからなのに”
そう思って雑誌を手に取り、沙希が来るのを待っていた。
数十分後、沙希が店に入ってきて、コーヒーを飲みながら今日の講義の内容の話をして、情報の交換をしていた。
しばらくして、沙希が
「ねえ、良子の小説読んだ?」
「読んでないよ」
「これ、見て」
沙希がそう言って優花に携帯の画面を開いて渡した。
『恋夢』って題名が真ん中に白い文字で書いてあり、作者はリョウコと書いてあった。
「恋夢かぁ、どんな内容なの?」
優花が沙希に聞くと
「読んでないから、分からないわ、でも、レビューとか感想見ていたら、評価はいいみたいよ」
「へぇ、凄いね、良子」
「読もうと思ったんだけど、なんか恥ずかしくて、友達が書いた小説を読むのって、しかも恋愛物でしょ、良子の恋愛を覗いているみたいな気持になるから」
沙希はそう言ってコーヒーを一口飲んだ。
「そうよね」
優花も沙希の意見に同調して頷いた。
“恋愛物かぁ、私も書いてみたいなぁ”って沙希の話している声も上の空で思っていた。
2人は喫茶店を出て、買い物に出かける事にした。
デパートの婦人服売り場、沙希がバイト代入ったから付き合って欲しいと言うので、ついてきた。
ブランド物の服やバッグ、優花にとっては見ているだけでも楽しく思える。
沙希が「これ、試着してくるね」と言って服を持って試着室に入っていった。
優花はあれこれ見ながら何気なく店の外を見ると1人の女がこちらを見ていた。
“私をみているのかな?”そう思って色々動き回っていると、女も目で優花の後を追っているようだった。
“誰?どうして私を見ているの”
優花は女から見えない沙希が試着している試着室の前に行き、覗き込むように女を見て見た。
女は髪の毛が長く、真ん中辺りで分けていて、一昔前の映画「リング」の貞子のように見える。
着ている服も黒のワンピースに何か分からないが上着を着ている。
どう見ても、この場所では浮いて見え、気持ちが悪い。
“どうしよう、このままじゃ出ていけないよ”
そう思っていると試着室のカーテンがいきなり開いて
「優花、これどう、にあうかな」
優花は急いで沙希に近づいていって
「うん、にあうよ、それにしたら」
そう言いながら女の方をチラッと見ると、立っていたはずの場所にはもう誰も居なかった。
「どうしたの、優花」
「えっ、なんでもないよ」
「そう」
沙希はそう言って、また鏡を見ながら買うかどうか迷っていて。
「う~ん、違うのを見ようっと」
そう言ってカーテンを閉めて服を脱ぎだした。
それから、数着、沙希は試着して、結局最初に試着した服に決める事にして買い物が終了した。
結局、沙希の買い物に付き合い、その後沙希のおごりでスウィーツを食べに行って優花は家に帰ってきた。
さっそく携帯電話を開いて、小説の読者数をチェックしてみると、500人を超えていた。
「500人、凄い」
その言葉しか出てこない位驚いていた。
そして、感想とレビューを見ると数十件のコメントがあつた。
『めちゃ怖かったです、これからも頑張ってください・・・』とか『凄く怖かったです、これ実体験ですか?』とか優花にとっては嬉しい感想が多かった。
しかし、ある文に目が止まる
『あなたの書いた物は呪われている』
名前は無記名で、その言葉だけ
優花は気持ちが悪くなったけれど
「まあ、こんな人もいるんだろうな」と気にも留めないで、読者の感想を読み終えた。
ほとんどの人が次の小説に期待している様な文面、優花は俄然やる気になり次の小説も書く事にした。
水辺の手
子供の頃、家族旅行で他府県の山に行った事があった。
泊ったのは山の下にある町の古びた旅館。
優花の両親が付き合っている時に何度か訪れていて、優花が生まれたからは初めて訪れたらしい。
旅館に着いたのは夕方近く、温泉の大浴場もあり、優花は母親とすぐに入りに行き、そして食事を済ませて、明日の登山に備えて早目に寝る事にした。
優花は登山初体験、不安もあったが初めての登山でワクワクしていた。
登山ルートはきっちり整備されていて、初心者でも簡単に登山が出来るようになっている。
中腹辺りまで来た時、優花たちの歩く先にキラキラ光る物があった。
それは小さな池で水面が太陽の光を反射していたからだった。
両親と一緒に歩いていた優花は光に引かれ、1人、池を目指して走っていった。
水辺に着いた優花は、水際に咲く花やそこから見える山の景色を堪能している。
優花は両親に早く来るように、言おうとして振り向いた時、何かの感触を足に感じ自分の足元を見ると、人の手ががっしりと優花の足を握っている。
「わぁぁ」
びっくりした優花が思わず尻もちをついて座り込むと、水面に男の顔がぼんやり映り優花を怨めしそうに見つめていた。
そして、優花の足を握っている手にだんだん力が入ってきて水の中に引きずり込もうとしていた。
「いやぁ、助けて、お父さん助けて」
必死に叫ぶ優花に気が付いた両親が急いで優花の所まで走ってきて、足首まで水の中に入っていた優花を助け出した。
それからの事は覚えていない、気が付いたのは旅館の布団の中だった。
助けられた時、気を失ったみたいだった。
その時の事を小説にしようと考えていた。
学食でコーヒーを飲みながら、どう書いたらいいか考えていると、良子と萌が2人で優花に近づいてきた。
「あれ、沙希は」
良子が優花の前に座りながら言った。
「今日は、家の用事でこれないって」
優花がそう答えると
「そう」
良子は残念そうにそう言って
「じゃあ、優花でもいいや」
「でもいいやってなによ」
良子の言葉に優花は少し腹が立った
「ごめん、ごめん、そんな事より、これ読んでくれる?」
「なに、これ」
良子が優花の前に数枚の紙の束を差しだした。
「萌にも読んでもらったんだけど、私が書いた小説なの、この間、彼とデートしている時の思いついたのよ。投稿する前にみんなに読んでもらって感想聞こうと思って」
そう言った良子の横で萌が
「なかなかよかったよ、良子の小説」
萌はかなり気にいったようで、優花にすすめてくる。まるで何所か営業ウーマンのように。
優花は気が進まなかったけれど、良子の書いた小説に興味があったから読んでみる事にした。
読み進めていくと、ストーリーはありふれているけれど、言葉の使い方や、やり取りが気持ちいい。
それに感情もよくあらわしていて、優花は面白いと思ってしまった。
良子の文才は凄いと思ったと同時にもう1つ感情が優花の心を包み始めていた。
それは、負けたくないと思う気持ち。
家に帰って優花は小説を書き始めた。
題名は『水辺の手』
主人公は矢沢良子、そう埼宮良子をイメージして書いていった。
書いている途中の優花は、1人暗い部屋でパソコンの明るい画面に顔が照れされて、何かにとりつかれた様に黙々とキーボードを打っていた。
そして、2日後に書き終わり投稿した。
書き終わって投稿した後、優花はしばらく抜け殻の様になり、何もかもする気が無くなり、部屋の中でボーっとしていた。
ベッドで横になり、優花は暗い天井を見ていた、と言うより、ただ目を開けていただけだった。
そして、いつのまにか眠りに落ちていた。
優花は夢を見ていた、それは良子が湖の水辺にたたずんでいる光景、隣に良子の彼が立っている。
釣りをしているんだろう、竿だろうか、長く細い棒の様な物を湖に向けてお互い何か話をしている。
彼の方が何かを言って、その場から離れていき、1人残された良子は怒った様なしぐさをして、再び湖に向かって竿を振った。
しばらく、静止画の様な光景が続いていると、優花は思っていた、その物を見るまでは。
夢の中で優花は良子の足元に何かがあるのに気が付いた、それは明らかに人の手。
その手がゆっくり良子の足首に近づいていっている。
“良子、だめ逃げて”
必死に叫ぶ優花だけど、夢の中良子に聞こえるはずもない。
そして、その手が良子の足首をつかんだと思ったら、良子の体が・・・
ガバッ
優花は目が覚めた、体中、水を浴びた様に汗でびっしょりだった。
「はぁはぁはぁ、なに、今の、夢よね、夢だよね」
その夜、優花はもう眠る事ができなかった。
休日の朝、重い頭のまま、一応作った朝食を少し食べTVの流れる画面を見つめていた。
10時頃、沙希から電話がかかってきた。
「暇してる?昼から遊ばない」
「う、うん」
「元気ないね、どうしたの」
心配そうに言う沙希が気を使っているように思えて
「うん、大丈夫、どこか行こうか」
優花は沙希に心配かけたくなくて元気にそう言った。
優花と沙希は昼から街に出かけて、ショップに行ったり、夕方にカフェでお茶をして、カラオケでストレスを発散していた。
カラオケ屋に入って一時間が過ぎた頃、沙希の携帯電話の着信音が鳴りだす。
「はいはいはい」
優花が気持ちよく歌っている姿を見て、沙希は耳を塞ぎながら部屋の外に出て、電話の相手と話を始めた。
「あっ、萌、どうしたの?・・・えっ?」
沙希は何度か静かに頷いて電話を切り、部屋の中に入ってきた。
「どうしたの、誰からの電話だったの?」
歌い終わって次の曲を探しながら優花は沙希に聞くと。
「良子が」
「良子??」
「良子が死んでしまったって、今、萌から電話があった」
「またぁ、冗談言って」
優花は沙希が冗談を言っていると思って取り合わなかった。
「ほんとう、本当に死んだのよ、良子が」
優花は沙希の顔色を見て言っている事が本当のだと気が付いて、膝に置いていたカラオケ本を落として、言葉を失った。
2日後、良子のお通夜が行われた、優花と沙希は早目に言って受付の手伝いをする事になっていた。
通夜には沢山の弔問客が来ていた。
高校、大学の友達や関係者などや親後さんの付き合いがある人々、沙希と優花の知っている人は誰も居なかった。
夜も遅くなりようやく弔問客も途切れ、優花と沙希が一息つくと、家の中で手伝いをしていた萌がお茶を持って受付の所まで来てくれた。
「お疲れさま、はい、お茶」
「ありがとう」と優花と沙希が一緒に言った。
「それにしても、良子って付き合いが多いのね」
萌がお茶を飲みながら、疲れた声で言った。
「そうね、びっくりするね」
沙希もお茶を一口飲んで頷いた。
「良子の遺体、検死をしたらしいけれど、おかしなアザがあったらしいよ」
萌が家の中での親類の会話を聞いていたらしく、小声でそう言うと
「アザ?ないそれ、湖に落ちたんならどこかで打ち付けたアザじゃないの」
沙希が不思議そうに言うと
「それがね、足首に手で握られた様なアザがあったって」
「嘘、それってどういう事」
「分からないけど、誰かにつかまれたのか、自分でつかんだのか」
優花は2人がしている会話を聞いて、顔面が蒼白になり、持っていたお茶碗を落としてしまった。
「優花、どうしたの、大丈夫」
お茶碗の落ちた音にびっくりして振り返った。
「う、うん、大丈夫、疲れちゃったにかな」
引きつった顔で優花が答えると、萌が
「人が沢山来たからね、家の方で少し休んだら、もうあまり人も来ないと思うし」
「そうよ、奥で休んでおいで、萌、優花を連れていってあげて」
沙希は優しく言った。
優花は萌の案内でリビングに通される。
良子の親戚の人、知り合いなどがお酒を飲みながら、良子の思いで話しなどをしている。
手伝いに来ている、近所の人にお茶を出してもらって、一息つこうと思ったけれど、やはり落ち着かない。
親類の人の目、そして自分の書いた小説が、信じたくは無いけれど原因かもしれない。
良子の足首についていたアザがどんなのか、聞いてみたい気もするが、優花は怖くてどうしても聞く事が出来なかった。
落ち着かないまま、時間が過ぎ優花と沙希、そして萌は帰る事になった。
次の日、予定通り葬儀が行われ、優花達も参列して良子を見送った。
優花の事を見つめる鋭に目に気が付かないまま。
呪われた部屋
良子が死んでしまって一週間が過ぎた。
その間、優花は小説を書く事もなく、自分の書いた小説の感想やレビューを見る事も無かった。
なんとなく大学に行き沙希と会って、お互いを慰める様に、そして良子の死を忘れるかの様に他愛のない話しをして気を紛らわしていた。
「ねえ最近、萌見ないけど、どうしたんだろうね」
不意に沙希が言ってきた。
「そう言えば、葬儀の日以来見てないし、連絡もしてなかった、沙希は連絡した?」
「うん、一度だけ電話したけれど、電話に出なかったよ」
「そう、どうしたんだろうね」
優花は電話を取り出し、萌の番号を探して電話をかけよとしていた時
「萌なら、昨日、男と楽しそうに歩いていたよ、ショッピングモールで」
2人の後から突然声がしてきた。
そこには、同じ学部で知り合いの弓原真菜が立っていた。
真菜は優花と沙希とは知り合い程度だけど、良子と萌とは時々一緒に遊んでいたようだ。
「萌と一緒にいた男って、良子の彼氏に似ていたような」
「それ、ほんと?」
沙希は厳しい顔で真菜に聞く。
「うん、実はね、萌は前から良子の彼の事、気にいってたみたいなの、良子が死んで悲しんでいる彼に、今がチャンスと思って近づいたんじゃない」
バンッ
「許せない、そんなの、私絶対許せない」
沙希がテーブルを叩いて、食堂に響く位の大声で叫んだ。
「沙希、落ち着いて、今度確認しよう、萌に」
優花はそう言って沙希を落ち着かせようとした。
その夜、優花はパソコンに向かっていた。
小説を書いている訳ではなく、勉強をしていた。
一息つくため、紅茶を入れてきて、またパソコンの前に座る。
パソコンの画面を見ていると、良子の顔が浮かんでは消え、また浮かんで消えていく。
しばらくして勉強を再開しようとした時、携帯電話が着信を知らせた。
相手は萌だった。
気が重かったけれど、電話に出る事にした。
「どうしたの萌、こんな時間に」
時計は午後10時を指していた。
「うん、元気にしてるかなって思って」
「もう、大丈夫よ私は、それより萌は大丈夫?」
「うん」
優花には萌の声が悲しんでいる様に感じたが
「ところで、萌、ショッピングモールに行った?」
沙希が怒っていた事もあったし、優花は萌に確認してみたかった。
「ショッピングモール?どうして?」
優花は萌の声のトーンが少し変わった様に感じた。
「うん、萌の事見た人がいたから、それで」
「なに、それ、私がどこに行こうと優花には関係ないじゃん」
さっきまでの萌の声と違う
「もしかして、萌、良子の彼と」
「いい加減にしてよ、私が誰と付き合おうと、優花には関係ないでしょ」
「でも良子が亡くなってまだ・・・」
「あのね、彼が寂しがっていたから、私が慰めてあげているの、死んだ良子が悪いのよ」
「なんて事言うの萌」
「もう、ほっておいて、優花には関係ないし、そんなのだから男にモテナイのよ、じゃあね」
萌は怒って電話を切った。
優花の心の中に、異様な感情が湧き立ち始めていた。
パソコンをネットに繋ぎ始める。
画面には良子をモデルに書いた『水辺の手』が映し出されている。
感想、レビューの画面を開くと、面白かったと言う言葉が優花の気持ちを高揚させていく。
しかし、1つの感想に目がいった。
『もう書くのはやめなさい、あなたが書くと不幸が訪れるのよ』
優花がその感想を見た時、怒りがこみ上げてきた。
「あなたには関係ない」そう叫んだ。
そして、また優花の指は文章を打ち始めた。
優花の頭に1つの体験が蘇ってきた。
小学校の5年生の冬
その頃仲が良かった友達の家に泊りに行く事になった。
友達の家は新築で大きな家、優花は羨ましくて泊りに行く事を楽しみにしていた。
快く優花を招いてくれた友達の親、優しく接してくれて夕食までは楽しく過ごせた。
しかし、食後、友達の部屋に行くと、空気が変わった。
友達の部屋は広く、白い壁が綺麗な明るい部屋だけど、優花にはどんよりと暗く見えた。
そんな事を気にしながらも友達には言えず、何とか楽しく遊ぶ事にした。
夜も遅くなり友達と2人、同じベッドで眠る、友達が壁際で。
夜中、優花は突然目が覚めた。
それは、トイレとかじゃなく、妙に蒸し暑かったからだ。
寒いはずの暗い部屋、“どうして”そう優花が思った時、体が何かに縛られた様に動かなくなった。
“金縛り?まさかそんな”
何とか体を動かそうともがくが動けない、そして何かが優花の体の上に乗っているのを感じる。
“いやぁ、助けて、誰か助けて”
声にならない声で叫んでいる
何とか逃れようとしているけれど動けないからだ、すると何かが優花の眼の端に近づいてきた。
“なに?なんなの”
そう思っていると、それは友達の腕に見える。
“助けて、お願い助けて”
友達が助けてくれる、そう思っていた優花の首に友達と手が触れ、そして力がこもり優花も気道を締め付けてきた。
「いやぁ~」
一瞬の出来事だった。
優花が声を出したと共に体が跳ね起き、ベッドから投げ出された。
そんな騒ぎに友達もびっくりして飛び起き、優花がベットの下で倒れているのを見て
「大丈夫、優花」
何が起こっているのか分からない顔で言った。
優花の体は汗でびっしょり濡れていて、そして震えていた。
友達はそんな優花を見ながら、おかしくなって笑おうとした時、部屋中に響く異様な音に気が付いた。
二階のこの部屋の窓に人が叩く音、それと同時に部屋のドアが開いていないのに、開け閉めしている音、そして「パシッ、ピキッ」と鳴るラップ音が止めどなく響いていた。
優花と友達はベッドの上で抱き合い、恐怖に震えていた。
数分続いた後、音が止み、2人は急いで部屋を出て友達の両親の寝室に飛び込んだ。
そんな事があってから友達はショックを受け、学校に来なくなってしまった。
家も引っ越し、それ以来、その友達とも音信不通になり連絡もとれなくなった。
優花はその出来事を書き始め、主人公を萌にした。
題名は『呪われた部屋』にして、主人公を片桐萌に、そして友達に良子の彼氏にした。
萌が彼氏の家に泊りに行って、優花の体験した事と同じ様な出来事が起こる。
そして、最後は霊に憑依された彼が萌を絞殺してしまうと言う物語。
書いている途中の優花は一心不乱で、パソコンのキーボードを押し続けていた。
暗い部屋でモニターの画面の明るさに、照らされた優花の顔は、別人のように思える位だった。
全てを書き終え、慣れた手つきで投稿の手続きを終えた。
「ふぅ~」
1つ息を吐いて、優花は我に返った。
「あれ、私、今何を」
優花はどうして今自分がパソコンの前に座っているのか理解できずにいた。
パソコンに映っているのは、白紙のワードの画面が妙に明るく見えた。
「おかしいなぁ、私勉強していたはずなのに」
優花の記憶は小説を書く前で消えていた。
次の日、優花はどうも気分が悪く優花は一日家にいた。
沙希が何度か電話をしてきてくれて、気分的には楽になっていた。
でも、体がどうも重く感じられ動く気になれなかった。
そして、小説が書かれてから2日が過ぎた日、優花が大学に行くと沙希が急いで優花に近づいてきた。
「優花、たいへんだよ、萌が、萌が死んじゃった」
今にも泣きそうに瞳に涙をためた沙希がそう言った。
「えっ?萌が何って」
沙希の言葉が理解できない優花はもう一度沙希に聞く。
「だから、萌が死んじゃったの、死んじゃったのよ」
「どうして、何があったの」
「萌、良子の彼に殺されたの、首を絞められて」
「嘘、そんな事、冗談でしょ、沙希、冗談だって言ってよ」
沙希は涙を流しながら首を横に振り、そしてうなだれた。
萌は良子の彼の部屋に泊りに行き、そして夜中に突然彼に首を絞められ殺されてしまった。
殺した彼は、記憶が無く、気が付いた時には自分の横で萌が目を見開き死んでいたそうだ。
警察は殺人事件の容疑者として彼を逮捕、動機を追及しているところだそうだ。
その、ニュースは大学中だけではなく、世間にも知れ渡っていた。
亡くなった良子の男に殺された友達と言う事で色んな憶測が飛び始めた。
「男は萌だけではなく良子も殺したんではないか」とか「萌が良子を殺して、復讐のために男が萌を殺した」とかさまざまなに。
マスコミも大学に訪れ、取材を繰り返している。
優花と沙希は大学に行く事が出来なくなっていた。
大学に行けば、2人の知り合いと言う事が知られていて、取材攻勢に合いまともにいられない。
2人はそれぞれの家にこもりっきりになり、騒ぎが早く収まるのを祈るだけしかできなかった。
女の正体
萌の事件の騒ぎが収まり始め、優花と沙希の周りも静かになり始めた頃、沙希が優花の家に泊りにきた。
電話では話しをしていたが、会って話しをするのは久しぶり、なんだかお互い懐かしく思えて、2人して笑ってしまった。
夕方に家に来た沙希は、夕食を一緒に食べて、お風呂も一緒に入り色な事を話をしていた、まるで良子と萌の事件を忘れようとしているかの様に。
そして、2人は寝る事にした。
ベッドには優花、ベッドの下に沙希が眠る。
なかなか寝付けない2人は静かな夜を複雑な気持ちで過ごしていた。
不意に、優花が話を始める
「沙希、話したい事があるの」
「何、彼氏でもできた」
「まさか、そんなのじゃないよ、真面目な話し」
「何」
「うん、それは」
優花は迷っていた、自分の書いた小説の事、そして・・・
「なによ、優花」
「うん、私ね、小説を書いているの」
「えっ、小説」
「うん、それもホラー、前に沙希が言ってくれたでしょ、過去の体験を生かして小説書いてみたらって」
「うん、覚えてるよ、でも、本当に書いてたんだ、見せて、見せて」
沙希は興味深々に寝ていた体を起して優花に近づいた。
「いいけれど、でも」
「なに、嫌なの、見せるの」
「そうじゃなくて、分かった」
優花はそう言ってパソコンを立ち上げ、自分が投稿したサイトに繋げてみた。
そこには管理者用のページがありそこに行く。
「えぇ~投稿までしてたんだ、どうして教えてくれなかったの、水臭いな優花」
「初めて書いたから、友達に教えるのって恥ずかしくて」
そして、優花の書いた小説を開く
「これ、読んでみて」
優花は沙希に2作目の『水辺の手』を読んでみる様に言った。
沙希が読んでいる姿を横で見ながら優花はドキドキしていた。
「優花、これって」
「そう、良子の死んだ時に似ているでしょ」
「うん」
沙希はどう言っていいか分からず困惑している。
「これ、私が昔体験した事を元にしているの、書いたのは良子が死んでしまう前」
「えっ、でも、えぇどう言う事」
「分からないの、私が書いた小説の内容が良子の事件に似ているだけかもしれないけど、でも、なんだか怖くて」
「そうよね、偶然にしては、似すぎているかもしれないけど、これだけじゃ偶然かもしれないね」
「うん、そうあって欲しいけど」
沙希の言葉に優花は少し気分が楽になり、気にしない様にしようと思って
「よかった、沙希と話せて、気持ちが楽になったよ」
そして優花は小説のページを閉じパソコンの電源を落とした、もう1つの小説の存在に気が付かずに。
次の日は、昼過ぎまで家で一緒に過ごして、帰る沙希を近くまで送った。
その、帰り道、優花は嫌な視線を感じた。
歩く足を止め、周りを見ると、優花の歩く方向に1人の女が立っていてこちらを見つめている。
“あの人、あっ、沙希と買い物に行った時の”
優花はゆっくりと足を後にずらし、逃げようとした時。
「待って、優花さん、お願いだから待って」
女が大きな声で優花に向かって叫んでいる。
“この声、どこかで聞いた事が”
優花は足を止め女の方を見ると、女が小走りに近づいてきた。
「ごめんなさい、優花さん、驚かすつもりはなかったの、本当よ、ただ、話がしたくて」
優花は不審に思いながらも、女の話しと聞いてみる事にした、それは女の声に聞き覚えがあったからだ。
立話もなんだから近くの公園で話しをする事にした。
公園のベンチに2人は座り、女が話を始めた。
「私の事、覚えている?」
優花は首を横に振った。
「そうよね、優花さん小さかったから、私は松井まり子って言うの、あなたが子供の頃、除霊をしてあげたの」
「あっ、あの時の」
優花は思い出した、顔までは怖くて忘れてしまっていたけれど、除霊をしてもらっている最中のまり子の語りかける優しい声は、はっきりと覚えていた。
「あなた小説を書いているわね、名前は霊花でしょ」
「えっ、どうして知っているんですか」
「たまたまなの、あのサイトに投稿されている小説をよく読むのよ、あの時、新作の中に妙な感じのする小説を見つけたの、それがあなたの『きっ・か・け』だった」
「妙な感じって、なんですか」
「そうね、霊的な嫌な感じ、そして読んでみた時にもしかしてって思ったの、除霊の時にあなたが話してくれて出来事とそっくりだったから」
優花はどうしてか体が小さく震えだしていた、まるで恐怖におびえる子犬の様に。
「そして、事件が起こってしまった、私が警告したのに」
「もしかして、あなたですか、感想で気味の悪い事書いたのは」
「そう、私よ、あなたに書くのをやめてもらおうと思って、でも無駄だったみたいね、あなたの友達が2人も犠牲になってしまったもの」
「えっ、どう言う事ですか、私は2つの小説しか書いていないけれど、どうして萌の事が私に」
「書いたでしょ、『呪われた部屋』あれが萌さんの事件に関係している小説よ」
「そんなの私、書いてないです、何かの間違いよ」
「読んだのよ、私、作者も一緒だったし、文体も同じだった」
「そ、そんな、あたし、良子の事があってから、何も書いてないです」
まり子は優花の言葉を聞いて少し考えるそぶりをして
「そう、それじゃもしかしたら」
そう言ってまり子はポケットから数枚に紙を優花に手渡しながら
「今日、部屋に帰ったら、このお札を入り口と窓の近くに貼りなさい、あなたを守ってくれるとはずだから。それから、いつでもいいから、必ず私の所に来なさい、除霊をしてあげるから、分かった?必ず来るのよ」
「は、はい」
まり子はそう言って足早に公園を出ていこうと、ベンチを立ち小走りに去っていった。
1人公園に残された優花はどうしていいか分からず、ボーッとしていると、公園の外で
キィー
ドンッ
大きなブレーキ音と鈍い重い音が公園内に響いた。
「何、何があったの」
優花は急いで音にした方に走って行くと、1台の車が公園の出口の側に止まっていて、ドアの脇に1人の男が呆然と立っていた。
車の先の方を見ると、何かが転がっている、それはついさっきまで優花と話をしていた真まり子が着ていた服と同じ柄。
「松井さん、どうして」
優花は恐怖でその場に座り込んでしまい、動かなくなったまり子から目を離す事が出来なかった。
その光景は昔見た、切っ掛けになったあの女性の様に見えてしまったからだった。
警察、救急車、野次馬で付近は騒然としていて、優花はどうする事も出来ずに呆然と成り行きを見守っていた。
救急隊員がまり子の様子を見ているが、どうも駄目らしく、ストレッチャーに乗せられたまり子は白い布を体全体にかけられ救急車に乗せられ、走り去っていった。
重い足取りで優花は自分の家に戻って行く。
ショックを隠しきれない優花は夕食もとらず、1人ベッドに横になりボーっとしていた。
しばらくして、まり子の言っていた事を思い出し、パソコンの電源を入れたちあげる。
そして、投稿したサイトに行き、自分の小説の管理画面に移っていった。
投稿されている小説は3作になっている。
「こ、これは」
3作目『呪われた部屋』
恐る恐る優花は小説を読んでみる事にした。
内容はまさに萌の事件の通りになっていた。
「こ、こんなの書いてない、私、書いてないよ。どうして、どうしてこんな事になるのよ」
衝撃の事実に打ちのめされた優花は、自然に大粒の涙を流し、ベットに体を投げ出し大きな声で泣き続けた。
そして、いつの間にか優花は寝ってしまっていた。
暗くなった部屋
カチャ・カチャ・カチャ
小さき何かの音が部屋の中で鳴っている。
「うぅぅ」
小さな音に起こされた優花が寝ぼけた目でパソコンの置いてある机を見ると、明るくパソコンのモニターが点いていて、その前に1人の女性が座ってキーボードを打っている。
優花は目を見開き、恐怖で声もだせず座ったまま後ずさりをしてベッド脇の壁に背中をつけた。
キーボードを打っている女の横顔は長い髪の毛で見る事は出来なかったが、暗がりでも着ている服の色はモニターの光でかすかに分かった。
その女、青いセーターにグレーのスカート、そう優花が子供の頃見た事故の被害者だった。
優花の動きに気が付いたのか、キーボードを打つ指が止まり、ゆっくりと顔が優花の方に向き始めた。
「いや、いや、いや」
優花は何度もそう叫びながら、逃げようとしたが体が動かない、恐怖で震えているせいもあるが、何かの力で押さえられている感じだ。
女は優花の方に顔を向けると、乱れた長い髪の毛の間から目だけが白く大きく見開いているのが見え、そして口元が「ニヤッ」と言う感じで白い歯が一瞬見えた。
「だれ、だれよ、出ていって、私の部屋から出ていってよ」
優花がそう叫ぶと
「ふふふ、これで復讐も終わるは、すべて終わる」
そう小さな声で言って、女はスッと椅子から立ち上がると、体が透けていって次第に見えなくなってしまった。
優花は女が消えた瞬間、ショックで気を失った。
復讐
どのくらい気を失っていたか分からない、優花の間が覚めた時、部屋は真っ暗で物音1つしていなかった。
急いでパソコンの置いてある机に行くと画面は暗く点いていた様子も無かった。
「夢、夢だったのか、よかった」
そう言って椅子にもたれかかり「はぁ~」と1つ息をついてうなだれた。
時計を見ると、もう午後10時を回っていた。
優花はお風呂に入り、食事もせずにそのまま寝る事にした。
何事もなく、静かな夜、いろんな事が頭をよぎるがどう言う訳か凄く疲れていてすぐに眠りについた。
次の日、朝早く起き家族と一緒に朝食を取っていた。
父親はすぐに出勤していき、母親は用事で優花を1人家に残して出ていく。
大学に行く準備をして、優花も家を出ていった。
家を出る前に沙希に電話をして一緒に大学に行こうと誘った。
そして、待ち合わせをしている場所の近くまで優花が来ると
“どうだ、あの小説消した方がいいかな”
そんな事をつぶやき、歩きながら携帯電話の画面を見つめ、小説のサイトに繋ぐ。
二車線の道路に差し掛かり、歩行者の信号を見ると、赤になっていて優花は道路ぎりぎりで止まり、信号が青になるのを待っていた。
道路の向こう側に待ち合わせの場所があり、沙希の姿も見えた。
携帯の画面が管理者メニューになり、優花は投稿した小説一覧の画面に行くためのボタンを押し、そして顔を上げ沙希の方を見る。
沙希は優花に気が付いたのか、手を振りながら小走りに歩道の向こう側に向かっていた。
優花は信号が青になったのを確認し、沙希に手を振り、そして道路を渡っていた。
道路の真ん中辺りに着た時、優花は足を止めた。
優花が見ていた携帯の画面に4作目の小説が映っていた。
『復讐』
その文字が携帯電話の画面いっぱいに赤く浮かび上がっていた。
優花は携帯を持つ手が震え始め、周りの人々の声や喧騒も何もかも聞こえなくなっていた。
そして「危ない、優花」そう沙希が叫んだ声で優花は我にかえり沙希を見つめた瞬間
キィー
けたたましく、車のブレーキ音が優花の耳元で聞こえたと思った時、すぐに鈍い「ドン」と言う音と共に、体に激しい衝撃が走り優花の体は宙に舞った。
その時優花の瞳には信じられない光景が映った。
飛ばされている間、時間がスローになり、優花を轢いた車の運転手が目に入った。
そこには見覚えのある人物が座っていた、それは優花の父親。
そして助手席にはあの女が。
スローだった時間が地面に叩きつけられた瞬間に現実になり、優花の体は人形の様に激しく何度も転がり止まった。
見開いた目で運転席から急いで出てくる父親の姿を見つめながら何か言おうとするが声が出ない。
「優花、優花、ああぁなんて事に、優花、優花」
父親の叫ぶ声
「優花、誰か、救急車を、お願い誰かぁ」
沙希の助けを呼ぶ声
優花は薄れゆく意識の中で聞いていた。
そして、優花を抱きかかえ、泣き叫んでいる父親のすぐ後ろの1人の女の姿が優花には見えた。
その女の口元が動き
「これで、復讐は終わりよ」
優花の意識は遠くに行ってしまった。
エピローグ
数か月が過ぎたある日
大学は暖かい日差しがさしていて、学生達は思い思いの時間を過ごしていた。
昼間の学食は学生達で溢れかえっていた。
「それ、美味しいそうね、沙希」
「うん、美味しいよ、新作の定食、優花も食べればいいのに」
「だめ、入院中に太ってしまったから、ダイエットしなきゃ」
「ふふ、じゃあ、私、優花の分も食べようかなぁ、デザートも」
「ずるいよ、沙希」
優花は事故の時、意識不明の重体だったが数日後意識が戻り、命は取り留めた。
何か所かの骨折の完治に時間がかかったものの、後遺症もなく元の体に戻れた。
入院中、最後の小説『復讐』を優花は携帯で読んだ。
内容は、1人の女性がお腹に子供が出来た事を、婚約者に報告をしに行く時に、ひき逃げ事故に合ってしまった所から始まっていた。
女性は轢かれた時、車の運転手の顔をはっきり見ていた。
そして、男が偶然目撃していた少女の父親だと言う事が分かり、少女の父親に復讐をするために、霊となり少女を不幸に落とし入れ、そして最後には父親自身が少女を殺すと言う物語になっていた。
優花は読み終わる、自分の父親があの時のひき逃げ犯だと言う事が分かった。
優花は自分が父親に轢かれた事より、あの時女性を轢いて逃げた父親が許せず、父親にその時の事を問いただし、そして自首する事をすすめ、父親は警察に行き逮捕される事になった。
優花は大学を辞めるつもりでいたが、何とか親類とかの支えもあり大学生活を続ける事が出来てる。
学食を出た2人は
「優花、これからどうする」
「そうね、私、バイト代が入ったから、買い物に行こうか」
「おお、私にも買ってくれるなんて、太っ腹な優花様」
「なにを言ってるの、沙希は私に付き合うだけ」
「えぇ~、そんなぁ、優花様お願いします、何か私にも」
「だぁめ」
2人はそんな事を言いながら走って大学を出ていった。
その光景を、1人の女性が優しい笑顔で見送って、そして消えていった。
End