杖と呪文
Aクラスに移動してから初めての授業は、魔法における呪文についての座学のようだ。
呪文……前に受けた魔法の授業では、魔法の発動をサポートするものとだけ教えられた要素だ。
実際のところ、呪文は一体何なんだ?呪文を詠唱することでその呪文に対応した魔法を発動できるというのは、若干不可解な現象でもある。
俺もなんとなくでオリジナル呪文とかを唱えたりしていたが、割と適当な呪文でも発動したし……。
学者向けの本にもあまり書かれていない、すなわちあまり重要視されていない知識だ。気になる。
「魔法に対する呪文の影響なのですが、皆さん呪文のある共通点に気づきませんでしたか?」
テレイン先生がそう言うが、共通点ってなんだ?そもそもあまり呪文を気にしたこともないな。
……たいてい命令形で、術者の器以上の魔法を使う場合は魔力に言及する文言がある……くらいか?
「先生!呪文が発動するのは詠唱を終了してからですが、呪文が魔力に影響を与えるのはその呪文を文字に起こした場合に読点が書かれる部分です!」
「はい、その通りです。色々な流派の魔法がありますが、おおよその呪文では詠唱中に火が出るなどの影響が魔力に現れますよね。」
あ、違かった……そっちか。確かに言われてみれば、火球を飛ばす魔法はまず火球を出すな。
そして詠唱し終えたタイミングで、すでに作られている火球が飛んでいく……という感じだ。
同じくクリエイト・ウォーターも水を出して、詠唱し終えてから水が重力に従って……ん?
そういえば、初めてみた魔法のクリエイト・ウォーターを唱えたメイド……杖を使っていなかったな?
杖を使わず魔法を使えるのが驚かれるほどの高等技術ならば、メイドが使えるのはおかしくないか?
いや、あいつが魔法が得意だった可能性もあるにはあるが、だったらメイドなんかやっているか?
「……先生、あまり今回の授業とは関係がないかもしれませんが……杖を使うことで、魔法の発動に対してどのような影響が出るのですか?」
「ええ、呪文と同じくらい杖も重要です。杖は魔法の安定性を上げるのに、とても重要な役割を持ちます。杖を使わず呪文を詠唱するのは、生活魔法を唱える場合か術者の技量が高い場合ですよね。」
……知ってて当然、って態度で言っているな。
それよりも、生活魔法って単語が気になるな。俺が読んだ本では言及されたことのない単語だ。
「極論では、魔法を詠唱するのに杖も呪文も必要ないです。実際、先程質問してくださったアルベルトフォンスさんは魔法の授業で杖も呪文も使用していません。ですが一般的には、魔法には杖も呪文も必要だと常識のように考えられています。それを何故かがわかる方は、いらっしゃいますか?」
「はい、先生!」
そう言って手を挙げたのは、ジョレーヌだ。模範的優等生のように、素早く手を挙げていた。
背筋もピンとしていて、委員長系の雰囲気だ。
「ではジョレーヌさん、どうぞ。」
「呪文も杖も両方基本的には安定性にいい影響を与えますので、魔法の黎明期……今よりも大規模な戦争が多く、そして術者の平均的な練度が低い時代で戦力を手早く多く用意するために、杖と呪文がセットで発展したからです!」
「はい、おおよそその通りですね。付け加えるならば、魔法の黎明期とも呼ばれる時代で主に魔法を使っていた種族のエルフが、杖と呪文を使っていたのを人間が模倣したからですね。」
魔法の黎明期……歴史の話は苦手だ、ポンポンと固有名詞が出てきやがる。暗記したくない。
だがエルフが人間よりも先に魔法を使っていたというのは、面白いタイプの歴史だと思う。
昔にどっかのエルフが人間の1人に惚れて、馬鹿なことにそいつに魔法を教えてしまったのだ。
そしてその人間が他の人間に魔法を教えまくった結果、人間は№1の人類種になったのだ。
当然エルフは激おこ、裏切り者とその恋人をインフェルノして互いの間の溝が深まったのだ。
……そうか、そのときに教えた魔法が杖と呪文で発動させるタイプの魔法だったんだな。
「さて、次は呪文が他の魔法の発動方法と比べてメジャーな理由ですね。まず最初に思いつくだけでも、呪文は他の発動方法と合わせやすいというメリットがありますね。」
他の発動方法といえば、魔法陣とか触媒を使ったり、精霊などの超常的存在と契約してその力を借りるなどの方法が思い当たるな。
そしてその大半が呪文と相性がいいと考えたら、呪文がメジャーな発動方法になるのもわかる。
一方杖は触媒や精霊とは重複してしまう役割が多く、そんなに他の要素との相性は良くないな。
「それと魔法を発動する際、特別な事情がなければ魔法のイメージを思い浮かべて発動させますが、呪文はそのイメージを補佐する役割もありますね。」
何かを思い出すときに口に出すとしっかり思い出しやすくなる的なあれだ、魔法は発動イメージがブレると望まない結果になるから大事な要素だ。
「そういった理由から呪文は……っと、もう休憩時間ですね。では一旦休憩しましょうか。」
そう先生が言った数秒後にチャイムが鳴り、黒板に書かれていた文字が別の黒板に移動した。
その光景はなかなか衝撃的だったが、先生は特に気にすることもなく元々使っていた方の黒板に次の授業用のグラフなどを用意していた。
魔道具の効果や用途に疑問を感じたときこそ、鑑定スキルの出番だ。図書館に行ったり先生とかに質問攻めするよりも、手早く解決できる。
【魔道具/文字移動可能黒板
チョークで書いた文字や絵を、自身の別の場所に移動させることができる黒板。
文字だけなら、10フィート内にある同じ制作者が作った文字移動黒板にも移動させることができる。】
……それで、なんで文字を移動させるんだ?
必要な情報が出てくれないときがあるのが、残念なスキルだ。知りたくない情報が出るときもある。
黒板を2枚用意すればいいんじゃないか?そう思わざるを得ない。すごいっちゃすごいんだけどね。
最新の機材だからと適当に導入しちゃったのか、黒板2枚ではなんともならない事情が……あ。
今みたいに生徒のメモ用と次の授業用で使い分けている場面を考えていたが、多分違うな。
本来の使い方は、長文が1行に収まらなくなったときの修正用か。きっとそういうことだ。
開発者が想定していたかどうかは知らないが、1つの道魔具でいろんな用途があるのは素晴らしい。
俺も魔導具には汎用性を持たせたいものだ。特化型もいいが、一芸に特化するより汎用性がある方が人気や親しみのある魔導具になるだろう。
……それはともかく、そろそろ休憩時間が終わってしまいそうだ。次の授業は何だろうか?
えーっと……うげっ、王国の歴史!暗記系の授業とかは苦手だと思っていたのにこれだ。
まあ要点だけ抑えて、あとはピラに頑張ってノートにまとめてもらうか……その方が覚えやすい。
それにテストで歴史の問題が出ても、相談ありなら余裕だろうしな。相談なしなら他の科目を勉強して、苦手な範囲は最初から捨てた方がいい。
そう考えて俺は、気楽な態度で授業を受けることにした。もちろん、一応声を聞いてはいた。
……最初のうちは、ちゃんと聞いていた。だが、だんだん声が雑音に聞こえてきて……。
……案の定、授業の内容は覚えられなかった。




