お隣さんの変なやつ
ある日、貴族を乗せた馬車が領にやってきた。
それだけなら別に普段通りだが、今回は同格の貴族である辺境伯がやってきたのだ。
お隣さんらしく、親父は辺境伯の当主とお互いの領の情報交換などをしていた。
近くの使用人に魔眼を使って盗み聞きしたが、お隣さんの領の魔物が少し活発化していたらしい。
原因は魔王崇拝カルトどもで、すでに討伐済みだが一応近隣に情報共有しに来たのだとか。
……なんで俺がわざわざ盗聴しているのかというと、俺は今お隣さんの息子と会っているからだ。
そうでなかったら直接聞いていた。
「やあ、俺はセージだ。よろしくな!」
「……私はアルベルトフォンスだ。よろしく。」
挨拶をしながら、鑑定を……我慢した。
鑑定は対面で使うとヘイトを集めかねない。
鑑定したことはバレないが、嫌悪感は与えてしまうのだと何度も検証した結果わかったからな。
それに、鑑定に頼らない審美眼もほしい。
「アルベルトフォンス君は趣味とかある?俺は剣術を練習するのがある意味趣味かな。」
そういうセージの足運びはなかなか実践慣れした動きで、剣を振っただけの剣術ではないようだ。
「私はハーブを育てることが趣味でね。どれ、せっかくだからハーブティーで飲んでみるか?」
「いいのか?じゃあ頂こうかな。」
本当は育てたハーブをくれてやるのは嫌だが、邪険に扱うことは身分的にできない。
ピラ……ではなく使用人を呼んで、俺は渋々ハーブティーをごちそうしてやることにした。
「うん、香りがいいね。味も優しい感じで、ほっと一息つきたいときに飲みたいね!」
「……単体で飲むのではなく、クッキーを付け合わせで食べるといい。ハーブクッキーだ。」
「なるほど……おっ!美味しいねこのクッキー!」
セージがクッキーを食べている間に、チラッとそいつの後ろに控えている女性を見た。
身なりがよくって使用人かと思えば、どうやら奴隷のようだ。奴隷の証である首輪がついている。
ついでに獣人でもあるらしい。首輪と耳が目立たないように服がコーディネートされていたが、俺の審美眼にはその程度の隠蔽は通用しない。
丁寧に扱っているようで、佇まいは堂々としているしかなりリラックスした雰囲気を感じる。
見た限りでは、ある程度の武術を嗜んでいるようだし……相当金かけてんな、この奴隷に。
いや、俺みたいな奴隷ブリーダーの可能性もあるな。それなら安上がりで育てられるし。
……そうだ、ピラを見せて反応を見ようか。
俺は魔眼を使用人に使い、ピラを呼ばせた。
魔眼で命令する光景は、傍から見たら使用人がこっそり退室しただけに見えるだろう。
では、ピラが来るまで雑談でもするか。
「……セージ、君はそこそこ手練のようだが……剣術レベルはいくつだ?私は3レベルだ。」
「……俺も同じく3レベルだ!」
おそらく嘘だろう、足運びが下の上から中の下の壁を超えた動きだ。兵士を見て鑑定を鍛えたので、鑑定に頼らず剣術レベル程度ならわかる。
じゃあこの雑談は何だったのかというと、こいつが俺に隠し事をするかを見るためだ。
まあ結果は予想通り、嘘をついている。
俺はちゃんと足運びも偽装しているので、俺が嘘をついているとバレているわけではないだろう。
もちろん、バレている可能性もあるが。
「そうか。では手合わせでもするかい?」
「いや、遠慮しておくよ。俺の……父上が仕事を終わらせたら、俺もその時に帰んなきゃだしな。」
の、と言ったあとにわずかながら『お』と発音していた。普段は違う呼び方なのだろう。
……人間観察はともかく。やっとピラが来たな。
ドアを開ける音もなく部屋に入り、隠密スキルで気配を隠して俺のそばにピラはそっと控えた。
……やっべ、誰も気づいていない……。
隠密スキルが思ったよりも強力だ。
俺がピラの入室に気づいたのも、魔眼を使って入り口の使用人に思考盗視していたからだろう。
手癖で使っていたから、気づかなかった。
今から自慢するのも印象が悪い……だが俺の鍛えた奴隷を見せて、他人の反応を見たい気もある。
奴隷持ちの人と会話する機会はあまりない。
……よく考えたら、普通にセージの後ろにいる奴隷を話の種にすればいいか。
「セージ、話は変わるが……君の後ろにいる奴隷は、君が管理している奴隷なのかな?」
「っ!……気づいていたのか。」
隠密や偽装の気配はないし、気づいていたのかと言ったのは奴隷であることに……という意味か。
「スキルのない偽装程度、気づかないとでも?……それで、どうなんだ?君自身の奴隷かな?」
「……ああ、俺のだ。」
なんだか若干不服そうに、セージは答えた。
後ろの奴隷は少し嬉しそうにしたあと、主人の不服そうな声色にしゅんとした。
……何を不満に思ったんだ。わからん。
もし前世でSNSに投稿したら人道主義者あたりが噛みつきそうな言葉だったが……いや、人道主義者?
「まあ君が少し不満に思う気持ちもわからなくはない。だが少しは不満を隠したらどうかな?」
「あ、ああ……そうだな……。すまん……。」
指摘されてセージは返事をしたが、ちらっと奴隷を見てから少し居心地悪そうにそわそわした。
その態度で、俺の予想は確信に変わった。
「君は奴隷の人を物ではなく、個人として接しているのだろう?今のやり取りでわかったよ。」
「……君は、奴隷の人を物扱いしないのか?」
「そうだ。表立っては言わないがね。」
あんなものが物であるものか。物ならもっと素直に使われてほしいものだ。ものだけに。
それに物には物の、人には人の使い方がある。
それでいて粗雑に扱えばだめになり、持ち主がそのせいで怪我する可能性があるのは一緒だ。
「そっか、ごめん。君を誤解していたよ!」
「構わん。それで、後ろの子の名前は?」
奴隷ブリーダーじゃないとは、期待外れだ。
このあと俺たちは普段何を食べているものとか、最近興味があることなどを軽く話した。
こいつの奴隷が話に加わって楽しそうにしていたが、正直それより目の前の珍獣に戸惑っていた。
今世……っていうかこの国にもいるんだな、何故か奴隷制度が嫌いなやつ。被害者でもないのに。
ブブズズ王国(いつ聞いてもダサい名前)は軍国主義の侵略国家なんだがな。ダサい名に反して。
亜人愛護団体のことは聞いていたが、それは外国の団体であってこの国にはいないらしいのだが。
こいつの親も愛護団体なのか?辺境伯なのに。
今は大きな戦争がなくおとなしいが、この国は獣人の国に奴隷狩りも兼ねて出兵しているのだ。
だから市場には奴隷が多くいるし、そのおかげでこの国では物価がとても安いのだ。
俺は久しぶりにした社畜的愛想笑いでガキを見送り、見えなくなってからため息を吐いた。
お隣さんがよりによってこんな思想の持ち主だなんてツイてない……俺、奴隷ブリーダーなのに!
あいつみたいな変なのに絡まれないように、奴隷のしつけを頑張らなければいけなくなった。
じゃないと、あいつらに奴隷を格安で使っているとバレたらときに絶対面倒な因縁をつけられる!
なので奴隷共には言い訳を練習してもらう。
普段からとてもいい思いをしています、と言わせるのだ。それでごまかすしかない。
さて……どうやって無理なく言わせる?
俺は悩んだ。悩んだ結果、いい案が出なかったので……とりあえず問題を先送りにすることにした。
そして時は、無情にも普通に流れた。




