2「暗証番号」
御厨みくりは、崖から転落して事故死したと発表されている。
しかし、なぜ御厨みくりが山に行き、何がきっかけで落下したのかは不明だ。
御厨みくりの死因が事故だと発表された事についても、『早すぎる』という声も挙がっている。
しかも死因が発表された後も、事件現場近くで警察が目撃されているのだ。
つまり『何かしらの事件に巻き込まれて御厨みくりは殺されたが、警察はそれを隠して事故と発表しているのではないか?』なんてゴシップが出てきている訳である。
「アホらしいとは思わないけど、まだ根拠のない噂でしかない」
人は謎に耐えられない。
夜の闇を払い、未知を開拓して発展してきたのが人間の本能だ。
知らない事は怖い、知らない事は不快と感じてしまう。
その恐怖と不快を収めるために、御厨を勝手に貶めるのは歓迎できない。
が、情報が少なすぎる中では仕方がないことかも知れなかった。
「ここか」
俺は田小山に確認した住所に到着する。
表札には『御厨』と書かれており、ここが彼女の家で間違いなさそうだ。
「どちら様でしょうか?」
インターホンを押すと、程なくして女性の声が返ってきた。
「初めまして、みくりさんのクラスメイトの御影と申します。田小山先生の代わりに、みくりさんのスマホを届けに伺いました」
「そうなんですか。今開けますね」
インターホン越しの声は訝し気。
生徒がなぜスマホを届けに来るのか、俺だって分からないし当然だろう。
「どうぞ、中に入って下さい」
御厨に似ている女性が扉を開けてくれ、家の中に通される。
玄関先でスマホを渡そうと思っていたので戸惑うが、断るのも野暮だろう。
知らない人の家の匂いに包まれながら、廊下を進んでいく。
掃除は行き届いていない様だ。
「お線香だけ上げさせて貰っていいでしょうか?」
「ありがとうございます。みくりも喜びます」
仏壇を見付けて、そちらの前に座る。
こじんまりとした仏壇には、黒髪の御厨の遺影が飾られていた。
中学の頃の写真だろうか?なかなかに美少女だった。
「お茶が入ったので、どうぞ」
「すいません。頂いたら、すぐに帰りますので」
「いいええ。みくりに、こんなイケメンな彼氏さんがいたなんてねえ」
「いえ、クラスメイトです」
「あら、そうなの?」
受け答えをしながら、紅茶の用意されたテーブルに座る。
御厨の母親?は、俺の分と自分の分のお饅頭をテーブルに置いて、自身も席に着いた。
「紅茶とお饅頭なんて、合わないかも知れないんだけど。買い物行けてなくて、ごめんね」
「どちらも好きなので、嬉しいです」
俺は紅茶を一口啜ってから、自身の鞄を空けた。
モバイルバッテリーを抜き、白いスマホを女性に差し出した。
「教師の田小山が預かっていたのですが、警察ではなく、まずご家族に返そうと思っていたらしくて」
「そうなんですね」
女性はスマホの電源を付ける。
「私みくりの事は、よく分かってなかったみたいで。悪い母親よね」
名乗られてなかったが、やはり彼女は御厨の母親だったらしい。
「年頃の子と親は、そんなものかも知れません」
「なんでみくりが死んだのかも分からなくて……一番ショックだったのは、みくりが亡くなっても、生活があまり変わらなかったことかしらね」
それはまあ……そんなものなのかも知れない。
……いや、さすがに薄情な部類か?
「このロックって開けられる?」
御厨の母親は、スマホのロック画面を見せてくる。
故人のスマホを開けるのはどうかとも思うが、母親であれば気になるのだろう。
「あ……」
と、突然御厨のスマホが鳴り響いた。
アプリに電話が掛かってきたらしい。
「こ、これどうしたらいいの?」
「え?」
御厨の母親が、慌てた様子でスマホを押し付けてきた。
スマホには「彼氏くん」の文字が躍っている。
御厨の彼氏?
俺は仕方なく通話ボタンを押し、音声をスピーカーにした。
「おい、みくり!連絡も寄越さずに、どうしたんだよ!ノブレスカイトの集会に出るんじゃなかったのかよ?」
電話口からは、品の無さそうな男の声がした。
「初めまして。お伝えしないといけないのですが、みくりさんはお亡くなりになりました」
「は?死んだ?あんた誰?警察?」
いきなり警察を疑うとは、上品な奴だ。
「私はみくりさんのクラスメイトの御影です。みくりさんのお母さんと一緒に、通話に出ています」
「は?意味分かんねーし」
通話がいきなり切られ、スマホはロック画面に戻ってしまった。
しかし彼氏……ではなく、『ノブレスカイト』とは。
ノブレスカイトとは、界隈で有名な半グレ集団だ。反社とも繋がりがあると言われており、いい噂を聞かない。
「一気にきな臭くなってきたな」
口にしてしまってから、ハッとする。
御厨のお母さんは、不安そうな目で俺を見ていた。
「きな臭いって、みくりが事件に巻き込まれたとか、そんな……」
ノブレスカイトの事は、お母さんも聞いた事があったのだろう。
不用意な発言をしてしまったのが悔やまれる。
「分かりませんが……どうなんでしょう?」
スマホのロックを解除してみれば、何か分かるかも知れない。
ロックの暗証番号は4桁の数字。試しに御厨の生年月日や出席番号を入れてみたが、当然開かなかった。
「暗証番号に心当たりはありますか?」
「う~ん……全く」
「そうですか」
「あの……スマホ預けるので、開けられるか試して貰っていいですか?」
「それは………なんでせしょう?」
「…………私が母親だから、というのはダメですか?」
それはズルい。
印象としては彼女は薄情な母親だが、それを確認する術などない。
「分かりました。でも期待はしないで下さい」
「ありがとうございます」
御厨の母親は椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。
軽々に引き受けてしまった事を早くも後悔する。
暫く御厨の思い出話みたいなものを聞いてから、家を後にした。
家の門をくぐる時に後ろを確認すると、また頭を下げられていた。
「どうしたもんかな」
御厨の顔見知りに『御厨って彼氏いた?』と送ってみると、『知るか』と返ってきた。
ついでに暗証番号も聞いてみたが、知らないらしい。
「……なんでだろう?」
なぜ暗証番号を知らないのかではなく。
ちょっとだけ、この件を調べてみようと思ってしまっているのは。