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プロローグ

浩岳高校2年生の御影は、同級生の御厨みくりの進路指導を行っていた。

クラスメイトに進路指導をされる事に不機嫌になる御厨みくりだったが、それは教師から面倒ごとを押し付けられても気にしない御影を慮ってのことだった。


御影は話をする内に、御厨みくりのあり方に深い興味を持つ。


彼女が返った後に、もっと話をして見たいと感じた御影だったが、その思いが果たされる事は無かった。

翌日、御影は御厨みくりが死んだことを聞かされるのだった。

俺の目の前には、髪を金に染めた女生徒が座っている。

彼女の態度は悪く、顔には露骨な不満が滲み出ていた。


着崩した制服に短く切られたスカート。一見するとギャルのいで立ちだが、メイクは控えめで、爪なども小綺麗に手入れされている。

不良と優等生の間のちぐはぐな印象を受ける。


彼女の名前は御厨みくり。浩岳高校の2年生で、絶賛進路指導の最中である。


まあ、その進路指導を受け持っているのは俺なのだが、別に俺は教師ではない。

浩岳高校に通う2年生で、御厨みくりの同級生である。


「なんで担当教師じゃなくて、あんたが私の進路指導する訳?」

「田小山先生が忙しいらしくて、俺が任された」

「違うし。なんでそれを受けるのか聞いてる訳」

「クラス委員だからな」

「はあ?答えになってないし」


彼女は髪をイジリながら、そっぽを向いてしまう。


答えになっていないのは知っている。

答えてないのだから、当然だろう。


『生徒指導をクラス委員に丸投げする様な先生に、生徒指導を行って貰いたいか?』


本心はそんな所だが、リスクを冒してまで彼女に伝える事もない。

俺がネガティブな事を言っていたと、彼女を通して先生方に伝わるとよろしくない。


「なんでもいい。御厨は今回の考査で最下位だった訳だが」


俺は手元の紙を見ながら、彼女に話しかける。


「なんであんたが、私の成績を貰ってる訳?田小山おかしくない?」

「これは俺がクラスメイトに聞いて調べた数字だ」

「きも」


その言い方は傷ついてしまう。


「御影さあ、先生の御機嫌うかがいして楽しい?」

「楽しいと思ってやっている奴はいないだろう。必要だからやってるんだ」

「あんたさあ、天才じゃん。大学受験の内申点なんて大した事ないんだし、好きに生きたらいいんじゃん」

「断っておく必要もないだろうけど、俺は天才じゃないぞ。学校内では成績は良い方だけど、全国模試ではまだまだだ」


御厨は舌打ちして、再びそっぽを向いてしまう。

何が気に入らないのだろうか?


「私さ、中学までは天才だったんだよね。成績だって学年一位だったし。でも高校入ったら普通で……なんかさ」

「高校は同じ偏差値の奴が入るからな。あと御厨の成績は普通じゃなくて最下位な」

「……うざ」


ぴえん。


「教師に扱いやすい奴だと思われて、なんの得があるの?」


御厨の話は飛び飛びだ。

一々それに付き合うのは疲れるが、進路指導中なんだから相手の話に合わせるのは必要な事だろう。


「義務教育っていうのは扱いやすい人材を作る工程だから。教師に成功体験をして貰うには、そうした方が良いんだよ」

「は?先生育ててんの?逆じゃない?」

「逆じゃないさ。社会に出たら自分より賢くない人達に溢れてるんだ。その人達に気に入られて、自分の味方になって貰う練習としては、教師はうってつけだ。つまり教育……反面教師だな」

「先生って賢くないの?」

「平均以上だとは思うけど。でも旧帝大を出て教師を目指す人なんて殆どいないだろ?本当に賢い人がやる職業じゃないのさ」

「そりゃそうだけど……」


御厨はモヤモヤしている表情だ。


「御影はそんな修行みたいな学生生活で、楽しいの?」

「改めて聞かれると……楽しいのかな?」


頭の悪い大人に気に入られる練習は今後役に立つと思うし、そもそも教師と揉めない学生生活は悪くないとは思う。

楽しい生活の為に大事な事だけど、それ自体が楽しいに分類されるのかは難しい所か。


「御影が教師を操るのが快感だっていう奴じゃないなら、楽しい訳じゃないと思う」


俺が難しい顔をしていたからだろうか?

彼女は言い難そうに絞り出した。


なぜそんなに言い難そうなのか?


「それが難しい所で、本当に俺は楽しんでいないのかが分かり難いんだ」

「そんなの分かる訳ないじゃん」

「かな?」

「御影優しいじゃん」

「は?」


なぜ突然そんな話になるのか?


「御厨は難しいな?」

「どういう意味?」


御厨みくりは身を乗り出して怒る。

しかし、彼女の怒りはたいてい瞬間的だ。すぐにいつもの不機嫌顔に戻って、椅子に座り直す。


「御影って怒らないじゃん」

「それは知識によるものだ」

「知識?」

「問題が起きても、『どうにかなる』場面が多いだけさ、人は自分の対応できない事が起きた時に怒るものだ。例えば嘘を吐かれても、事前に嘘だと分かっていれば怒る程の被害にはならない」

「凄い事じゃん、それ」

「凄い?」

「優しさは知識ってことは、私も優しく成れたかもってことじゃん。でも成れてるのは御影だけってさ」


そんなこと考えた事も、言われたこともなかった。


「何アホみたいな顔してんの?」


俺は酷い顔していたのだろうか?

御厨みくりは力を抜き、綺麗な笑顔を見せてくれた。


思わずドキリとした。心疾患でも患ったのだろうか。


「……いや、話が逸れている所か始まってない」

「あはは、やっと気付いた」


こっちが彼女の素なのかと思う程、上品に笑う。


「いいから進路指導の書類を作らせてくれ」

「ああ、そういう事?なら想像で書いといてよ」

「俺は君の事を良く知らない」

「いいんじゃない?私だって私の事は良く知らないし」


御厨みくりは席から立つと、手をひらひらさせて進路指導室から出て行った。

挨拶のつもりなのか、犬に指示を出している気分なのか。


「時間的には及第点か」


時計を確認すると、進路指導と同程度の時間は経っていた。俺は御厨みくりが進路指導室にいた時間を書き込んで、書類の作成を始める。


この書類を提出すれば、俺が……というよりも田小山先生が進路指導を行った事にはなる筈だ。

御厨みくりが密告をすれば話は変わってくるが、彼女だって進路指導のやり直しは望まないだろう。


「いや、彼女のことは分からないな」


あんな綺麗に笑う子だとは思っていなかった。


まあ、分からないまま進路指導の資料を作るのはどうかとは思う。ただ彼女の知り合いに希望大学などは聞いているので、ありきたりな事では埋められる。


本来なら教師が行っていた事なのだから、それで問題ないだろう。

教師に語る未来なんて、紙よりも薄っぺらい事だろう。


「将来の夢……か」


ふと書類を書く手が止まる。

彼女の将来の夢は、調査通りに「獣医」と記載した。しかし俺としては珍しい事に、彼女が周りに口にしていない、本当の夢が気になったのだ。

そんなものが有るのかは分からなかったが、明日聞いてみようなんて、柄にもない事を思った。


その予定は果たされることはなかったのだが。


翌日の教室で、御厨みくりが死んだことを聞かされた。

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