魔王との戦い!()
もう終わりです。長かったですね()
おれはブランシュ・ハイアー。
樹齢3X年。人間のころから数えてだが。
この間モンスターが呪いでおれを木にして以来、パーティに気づかれずに無視されたため、ダンジョンでしばらくそのまま暮らしている。ぼーっとしていると、体感時間の違いか、いつしか数年があっという間に過ぎていった。
「はあ!」
だれかがおれを切ろうとしている。
おれは刃をはじく。かたい木の幹となったおれの胴体は生半可な剣を受け付けなかった。
「うわーかたい!」
「魔王を倒したパーティにいたっていうあの宿屋のおっさんも、切れなかったらしいぜ」
「へー」
ひとびとの試し切りを何度も受けたが、おれはかすり傷くらいしかつかなかった。
「うわ、やっぱりだめか」
若者たちは立ち去った。刃こぼれした剣を次々捨てて。
「こんな感じでしょうか」
近くの泉の女神が聞いた。
「ああ、いい感じだ。この調子でどんどん鍛えるぞ」
おれは言った。女神は笑った。
「嬉しそうですね」
おれは笑った。木も悪くない。こうして修行して強くなるのは、なんであれ楽しい。
ただの戦士だったころより、今までにない強さに向かえている気がする。
しばらく、そんな日々が続いた。
「ここか」
ある時、老練な剣士が人々に連れられてきた。
「たくさんの人々がいどみ、おおくの剣が破れた......そばに散る残骸がその剣たちか」
「はい、師匠。この木に当たった大王ダンゴムシも一撃で倒れました」
「ほう」
老人剣士は弟子の少女の言葉にうなずいた。なんかあの少女は見たことあるような。
老人剣士は和風の刀に手を当てた。
それから一瞬の輝き。
「はっ!」
気がつくと、緊張感漂う掛け声とともに、いつしか一閃が駆け抜けていたらしい。
おれは焦った。さすがに死んだか。
まさか、まさかもう半分になっていて、徐々に体がずれて、倒れてしまうのか。
「やったか?」
「ま、まさか師匠、もう?このままあの木は徐々に幹がずれて、倒れると......」
しばらくすると、師匠は言った。
「......あ、刃こぼれしとる」
「帰りましょう、師匠。」
師匠たちは帰っていった。のこった人々が近づいてくる。
「すごい木だ。これは」
「ぜひ王に知らせ、国の研究所にて調べて貰おう。すごい成果が出るかも知れん」
え?え?え!
「さあ、帰って国に報告だ」
ええー?
「大変なことになりましたね」
「そんな気がする。」
おれはブランシュ・ハイアー。ついにおれの硬さで国が動く。というと、実感がやっと湧いてきた。
「国に研究されたら、どうなりますかね?」
「ここは辺境だが、中央の城下町では、あらゆる素材が研究されている。おれは木だが、盾とかそこらにされるくらいかな」
「メタルソードの時代に木が?でも、あなたならきっと負けませんね」
「防具として最強を目指す、か......」
「城下町に行っても、頑張ってくださいね」
すると、まただれかが来た。
「ま、まだあったか?あれが噂の呪木......おそろしくかたく、あらゆる剣を刃こぼれさせたという......国が動くときいて、つい来てみたが」
さわやかな雰囲気にマイペースさのある鎧の男は、昔おれを見失って以来、帰ってしまった勇者だ。
相手に悪気はないと思うが、ここで会ったが百年目。
「はは、ついあの戦いで用いた最強の剣を持って来てしまったぜ」
するり、と鞘から引き抜いたのは、派手な金色と赤い装飾がまぶしい伝説の雰囲気をまとう剣。泉の女神が叫んだ。
「あれは、勇者が用いた伝説の剣!」
やっぱりこいつはあの魔王と戦っていたのか。そういや近所の宿屋に元仲間が、とかもあったな。おれたちとこんな辺境のダンジョンに来ていたのはなぜだろう。あまりこいつが自分を語ることはなかったから、知ることはなかったが。
「くくく、本物の勇者にあらゆる罪をなすりつけて、この魔王みずからあいつの剣であいつを倒してやった......その剣がかなわないわけがない」
は?
おれは絶句した。そこの泉の女神も「はい?」と小さく声を漏らす。
「ふははは、ふはははは!わが最終奥義を受けて倒れぬものはいない!滅びよ!」
男が剣をかかげ、勇者の剣で見たこともない禍々しいオーラを放つ。ほんとにこいつが魔王なら、おれはこんどこそ終わる......。
「くらえ、ファイナルダークネス!」
あー、いかにもな技。さよなら世界。
「させません!」
泉の女神が水を撒き散らして何か魔法を使ったらしい。体が少し温かい気がする。
「うおあああ!」
おれも頑張って耐えた。魔王は以前世界を滅ぼしかけ、勇者が世界を救ったという。
が、それがこいつのいうように嘘なら。
魔王が今も目の前で、こうして勇者になりすまして、平和になったはずの世界に潜んでいる。というなら。
負けるわけには......!
ごわ〜ん。
木を今までに叩いては刃こぼれさせてきた、ことごとくの剣のときと同じ音。
「え」
魔王らしき男は呆けた表情でアゴを垂らして立ち尽くした。
「な、なんてことだ......わが最終奥義が......」
うーん、一応なんとかなったか。まあ耐えたからよしとしようか。
魔王はそれから見た目だけ第二、第三形態になってさらに挑戦したが、あまり変わらなかった。しばらく魔王はがんばっていたが、やがて血相を変えて言った。
「もういい!」
魔王はおれを引き抜くと、ダンジョンを突き抜けて空へ飛び立った。
「うわーーーー!?」
眼下にひろがる丸い地平線。雲を突き抜け、魔王は血走った目でおれを見た。
「破壊の神たるこのおれが、木一本ごとき破壊できんことはない!」
どうやら、これが最終決戦のようだ。
おれはたかが木。年も人ならそろそろあれだが、木ならまだまだ。こんなおれが魔王に一矢報いることなどない。そもそも、破壊されないくらいじゃ......。
いや、違う。
いつか、どうせすべてを裏切り破壊しつくすつもりだろう、今はふらふら余裕こいて人間のふりをしている、この魔王。
その心を折れれば、きっと大きなダメージを与えられるだろう、心に。
そのためにも、やはり負けるわけにはいかない!
「うおあああおああ!」
木ながらにおれは叫んだ。魔王はまんまるに世界が縮んで見えるまで地面から遠ざかると、またまっすぐ落ちていった。
「これで終わりだ!」
地響き。あのダンジョンも、あたりの村々も、おおきな衝撃に砕け散る。
それでもおれは無事だった。ふらふらと土煙のなか、魔王は言った。
「これで、勝ったか」
しかし、おれを見ると、ぱたりとそのそばに手をついて座り込んだ。
「嘘だ......」
それから、どうやら魔王はおれを研究しにきた国家の人々の総攻撃を受けて空の果てへ消えたらしい。すっかり生気が抜けたように表情が死んだ魔王はもはや国家の敵ではなかったらしい。
いつ帰ってくるかとひやひやしていたおれは、元・泉の女神にいわれた。元・泉の女神はダンジョン内の自分の回復の泉を失い、ふらふらとそのへんに漂っていた。
「大丈夫ですよ、宇宙の果てまでいきましたから、あの魔王」
「宇宙って?」
「空の、果ての果てです」
おれは国の研究機関に研究されなかった。
されていたら、もしかしたらバラバラにされて何かにされていたかもしれない。元・泉の女神も喜んでいた。
「よかったですね」
おれは魔王の攻撃を耐え抜いた伝説の木として、もとの場所に植え直された。
これから、また根付いた場所を元通りにしたいが、あいにくおれは木だ。仕方がないので、見守ることにする。このあたりがもとの自然を取り戻すまで。
しかし、ある日、だれかがおれのもとに現れた。ちょっとした魔法少女みたいなやつ。
「あんたがブランシュ・ハイアーね」
「お前は?」
「あんたに呪いをかけたやつよ。転生したの。あんたはまあ、すっかり木になりきって......」
「はあ」
「わたしがかけたのは、たかだか誤認の術くらいなのに、なに魔王の心まで折っちゃってんのよ」
「はあ」
「あんたね、いい?あんた、人間なのよ。木じゃないの。ただ、魔法で誤認してただけ。あ、呪いか。」
「つまり?」
おれのぼんやりした問いに魔法少女はおすらく怒って説明した。
「つまり!ただ魔法による思い込みで木になりきって、立ち尽くして動かず、魔王の攻撃すらも勘違いだけで耐えきったのよ!あとは一切、木として、何もせず!」
「は?」
おれは体のこわばりが解けて感じた。首がひさびさに回ったような気がする。いや、あちこち見渡せるぞ。ひさびさだ。
「や、やった、戻ったぞ」地面を蹴って飛び上がる。これも驚くほどになつかしい。
「もともとよ。まわりまで誤認させるのはともかく、魔王のあんな攻撃まで......あそこまで木になりきるだけで耐えるとは、まるで大誤算だったわ」
「まあ、心の力というか。それだけだったのかもしれないな、たしかに。よくわからんが」
「でも、魔王にすらその心で勝てたなら、大したもんだわ」
魔法少女は言うと、さっさと帰っていった。
おれはおもむろに、ふと自分の腹を殴ってみた。痛い。誤認がとけ、おれはただの人間の強さに戻ってしまったらしい。
これからどうしよう。
とりあえず、魔王が真に消えて幸せな世界で、おれはまた立ち尽くすばかりだった。
木としてでなく、もう人だが。
「そういや......あの魔王、強かったな......あのときもおれはほんとは、ただの人で......あのときの剣も、あの老人の刀も......あ」
ぐしゃり。
おれは魔王やもろもろに受けたダメージをすべて思い出すとともに、崩れ去った。
その痛みが今更になって、自分を殺す程度のものだったと気づくと、あとはあっという間だった。
人は思い込みで強くもなるが、それが思い込みだったと気づくとそれは失われるのかもしれない。
願わくば、せめてましな来世のあらんことを。
――――――
その戦士は斧を得意としていた。
かつては村外れでさまざまな木を切り倒して、人々を助けていた。
やがて冒険者ギルドで働くようになったが、ある時近隣のダンジョンで失踪。あとから、それはダンジョン内の細い若木の付近だったとされる。そのダンジョンはやがて魔王らしき存在によって破壊された。
(冒険者の足跡 辺境のギルド編の とある戦士の項より)
ありがとうございました。