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九、勇者の役割

ティーダスに頭を下げたままの僕の体が、急に後方に引っ張られた。

驚きに声を上げる間もなく、視界が回って、硬い筋肉質の肩に荷物のように担ぎ上げられる。


「…お前ら、サシで話し合いする必要ありだな」


ジルが一言そうつぶやきと、ぐるりと向きを変えて隣室に続く扉へ歩き出した。

肩に担ぎ上げられた僕のか細い身体は、二つ折りのままギャロップで走る馬上の人のように揺れ、舌を噛まないために叫ぶ余裕もない。


「ティーダス、貴方もこちらにいらっしゃいな」


ステラが呆然としたままのティーダスの手をとり、後に続く。

扉が開き、僕は放り込まれるようにして、ジルの肩から自室のベッドに投げ込まれた。

大きく一回バウンドし、僕の視界が回転から水平に戻りきる前に、ステラがティーダスを押し込んで扉に手をかける。


「私も、ジルの言うとおりに二人で少しお話をなさると宜しいと思いますの」

「あ、時間稼ぎはあたしらに任せて置いてぇ」

「ああ、その為の準備は万端だ」

「分かったら、黙ってないで語り合え!いいな」


四人の言葉とともに、ステラが扉を閉めた。

痛いような沈黙が、部屋の中に満ちる。


「あの、ルークス…」


先に沈黙を破ったのは、震えるような響きをさせたティーダスの声。


「わたしを死なせたくないから自分を殺せって、どういう意味かな?その、よく分からなくて…」

「言葉通りだよ、勇者は魔王を殺す者だ。それは古からの勇者の役割であり、与えられた使命だ。勇者の存在意義、核でもある。それを放棄することは出来ない、放棄するとなれば…」


僕はティーダスの顔を見ないように視線をずらし、嫌な物を吐き捨てるように、その言葉を吐き捨てた。


「それは勇者の死亡をもってして、だ!」

「私の…死?」

「そうだよ、まだ分からないのかい?!ティーダスは、魔王を殺すために選ばれた勇者だ!その為の力が備わっている特別な人間だ、裏を返せば勇者とは魔王に匹敵する危険な存在なんだよ!」


僕は、王に命じられてやってきた騎士団達が隠れているだろう、魔森を見渡せる窓を指差した。


「彼らは、王にこう言われて来たはずだ。勇者の生死を確認しろ、死していたならそれでいい、魔王はお前達が倒せばよい、しかし、もしも生きて魔王に降っていたなら迷わず殺せってね!」


はぁはぁと息を継ぐ。

魔王とはいえ、この少女の身体は実に脆い。たった少し興奮しただけで、すぐに息が上がる。

魔王は魔を統べる力に特化した、魔力の塊のような存在で、勇者のように頑強には出来ていない。

何故なら、魔王はもとから倒される事を前提に、創造神が造り出した存在だからだ。

魔王は一時的な殺戮と破壊によって、増加し続ける人類を間引きするだけの者だ。

そして、その役割を果たせば、勇者の手によって滅ぼされ奪った生命力を世界に還元するだけだ。

魔王を滅ぼし、人類を救い、国を導く先達者になる勇者より強く造り出される訳がない。


「君は、僕を絶対に殺さなくてはならない。それが勇者に生まれ代わった、ティア…いやティーダス!君の役割な…」

「そんな役割なんていらない!!」


黙って僕の話を聞いていたティーダスが、突然叫んだ。

両の拳を、音がするほどにキツク握りしめ、まっすぐに僕を見つめたティーダスは、怒ったような泣き出しそうな、どっちにもとれる表情で叫び続ける。


「いらない!いらない!いらない!私はルークスを殺すために生まれ変わった訳じゃないもの!」


駄々っ子のように叫ぶティーダスの瞳から、我慢仕切れなかった涙が、ポロポロと溢れだして頬を濡らす。


「わたしは…わたしは…」


そこまで口にして、ティーダスは両の手で顔を手で覆い、その場に膝をついて泣き出してしまう。

泣いているのは確かに逞しい成人男性なのに、僕の瞳には顔を覆って声を殺すように泣く、か弱く小さな前世のティアが重なって見えた。


「ティア…」


僕はベッドから降り、泣き続けるティーダスに駆け寄った。

小さくしゃくりあげるその背中に、そっと手を当てる。今やその背は大きく、細いがしっかりとした筋肉に覆われてはいるけれど…。

やはり前世のティアの温もりを感じるだけで、僕は罪悪感に囚われてしまいそうになる。

何も言えないまま、ルークスの時によくそうしていたように、宥めるように優しくなで続けた。


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