七、与えられた役目
「ありゃあ俺の隊に間違いねぇな、団長もいる」
魔森の木々の中に所々仕掛けた魔樹の眼を使い、森の中を進み来る王国騎士団の姿を鏡に投影して見せると、ジルが顎に人差し指を当て目を細める。幾つかの眼が捉えたものを、次々投影していくと、別の隊の姿にハヤタが小さく舌打ちをした。
「あれはオレの弓隊だ、副師団以下、全員が別師団に統合されている…勝手なことを」
「ハヤタのところだけではありませんわ…あの菫色のケープを纏った聖人達は、私の聖教会の上級聖魔法士団の者達ですのよ。私が居ませんのにどなたが許可を出されたのか、帰ったら調べなくてはなりませんわ」
「うーん…さすがにトトサマは兵を出してないみたいだねぇ、エルフはいないよう~」
とりあえず精霊使いはいないなぁ、とシルセナ呟くと、エルフ同様に中立であるべき聖教会が聖魔法士を派遣するなど言語道断、とステラが両腕を組む。
「わたし達がいつまでも戻らないから、国王が問答無用で召集したのね…わたしを勇者にした時みたいに」
ギュッと両腕の拳を握りしめ、ティーダスが俯く。僕は五人を見つめながら、小さく唸り続けるアンコの背をなぜていた。
どちらかといえば、心は落ち着いている。
魔王は倒すべ存在であり、魔城は消すべきモノだ。
僕自身はすでに死ぬ覚悟はある、勇者として生まれ、次の生を魔王にと選んだルークスの時から。
魔王は代替わりをしながら、百年から二百年間隔で生まれる、いわば自然災害のようなものだ。
それは、神の恩恵を多く受けて造り出された人間という種だけが増えすぎないよう、間引きを行うこの世界の創造主たる者の意思の担い手だ。
魔物を生み出し、人を襲いその命を奪い、魔城で大地の生命エネルギーを奪い取る『一時的な破壊』が魔王の役目。やがて人間が数を減らし、自然に害を与えない程度になると神に選ばれた勇者が現れる。
増えすぎた魔物を淘汰し、魔王の命をもって間引きの役目に終わりを告げ、魔城に溜め込んだ生命エネルギーを大地に返す『一時的な再生』が勇者の役目。
魔王と勇者は、正反対でありながら同じ存在だ。なぜなら…破壊と創世を司る神が造り出した、対たる存在なのだから。
「この辺りの地図はあんのか?」
ジルが言うので、前世で作らせた地図を出してやる。
時代は幾代か替わっただろうから王国の方はさっぱりだが、魔王の居城が出る魔森の辺りは不可侵地帯だ、殆ど変わらないだろう。
ジルが空中に現れた地図を手に取り、手近にあった食卓に広げる。隣からハヤタも覗きこみ二人で幾つか指差し首を横やら縦やら動かしては考え込む。
「騎士団が攻めこむとしたら、この辺りからだと思う。森の木々の合間に隠れつつ夜を待って、合図とともに正面突破をかけるはずだ。人間だからって見くびるなよ、こいつら夜目が利くぞ」
「聖魔法士がいますわ、騎士にも弓隊にも加護を付加しているはずですものね」
「合図は弓師団が請け負うはずだ、たぶん、魔城の右手側から弓をいる。右側にある山肌から狙えば、城内にまで攻撃が届く…少なくともオレの師団なら」
「なら、あたしがドライアドさんに頼もうか?右手の山肌には蔓草がたくさんあったよねぇ」
「うん、あるよ。ミナモハナ草の蔓だから、結構、頑丈よね?ルークス」
ん?
「私が魔城の周りに結界を張りますわ、今からですから、あまり満足な結果には至らないとは思いますけれど」
「あ、だったらわたしも手伝う!勇者だから聖魔法は使えるよ」
んん?
「あ、じゃあじゃあ、ついでにぃウンディーネさんにも声かけちゃう?」
「シルセナ、だったらついでにノームにも声かけろよ。正面辺りの土をグチャグチャ泥々にして、穴でも開けてやれ。面白ぇぞ」
「にゃはははは、ジル天才だぁ」
「だったらシルフィも呼べ、弓の天敵は風だ」
「ちょっと待ってぇっっ!!!」
「「「「「 ん? 」」」」」
僕の心からの叫びに、五人全員が振り返る。
「ん?じゃないよ!?なんで君達、普通に魔王城を守ろうとしてんの?君ら勇者御一行様だよね?魔王を倒しに来たんだよね?てか、ティアは勇者ティーダスだろ!魔王を倒す者だろ!」
一気にまくし立て、ハァハァと肩で荒い息をする僕を見つめた五人は、互いに目を合わせると
真顔で答えた。
「なんでってお前、魔王って感じしねぇし?」
「私達、この城に何だかんだで長期滞在してましたでしょう?」
「なんというか、愛着?か」
「それにぃ親友の恋人だし、友達だし?」
救いを求めるような僕の目に、満面の笑みを浮かべたティーダスがパンッと両手を合わせる。
「結局ルークスの事が好きなのよ、皆も!」
呆然とする僕の腕の中で、アンコがキュウ?と小首を傾げて見せた。