六、平和に終わりは付き物です
六人で過ごしだして一ヶ月近くがたつ。
魔城をどうするかを考えてはいるものの、五人の意見は全く合わない。基本、僕は口を出さないので、毎日のようにアレコレと話す五人を眺めながら、三度の食事と午後のティータイムを共に過ごしている。家事支援要員であるスラ坊とスラリーヌの二匹は、一気に五人分の仕事が増え何かと忙しそうだが楽しそうだ。
「魔王は魔城を離れられないって、不便ね」
小屋の裏庭で、ベルベットベリーの小さな赤紫色の実を詰みながら、ティーダスが溜め息とともに呟いた。僕は幾粒かまとめて詰んだものを、足元に置いた編み籠の中に入れる。
「仕方ないよ、この城は僕ら魔王の制御力を増幅する装置みたいな役割を果たしているからね。城から離れれば離れるほど、魔物を制御する力が弱くなる。僕が産み出さなくても、魔力溜まりから自然と生まれでる魔物もいるから…」
「ルークスが制御しないと勝手に人を襲うんだよね、分かってる。でも、王国の人はそんな事は知らないんだよ、ルークスが魔物を王都に近づけないように制御してるなんて」
「まぁ、宣戦布告で竜を飛ばしちゃったし」
「ああ、あの黒い竜?」
ティーダスが、詰んだばかりのベルベットベリーを口に入れた。ティアだった頃も、実がなる季節には良くこうして二人で詰んでいたが、今のように籠に入れるよりも口に入れることの方が多かったのを思いだす。
「見たの?」
「うん、仕事先で小麦袋を担いで歩き出したら急に真っ暗になって。空を見上げたら、黒い大きな竜が王城へ向かって飛んで行ったのを見たわ」
「良かったよ、きちんと竜と判断されて」
「あんな大きな竜を作るの大変じゃなかった?」
「小さく作ったよ、それを一時的に魔力で大きくしただけさ」
「ああ、それで王城の上空を何度か旋回した後に消えた…ううん、小さくなったから消えたように見えたのね」
「竜には、元に戻ったら魔城の回りにある森に戻って、自由に暮らしていいって言ってある」
「だから居ないのか…小さい竜、触りたかった」
残念そうに話ながら、また、ティーダスが口の中にひょいひょいとベリーを入れていく。ティアだった時もそうやって食べてばかりいたから、詰んでいるのは実質、僕一人きりだ。だから作業時間が長い割には、いつまで経っても籠は一杯にはならない。
でも、二人で何気ない会話を交わすこの時間が好きな僕はイライラする事はない。ただ、生食で食べすぎるとお腹を壊すことがあるから、適当な辺りで注意する。
「ティア、食べすぎると舌が紫色になるよ」
「え?あ、やだ、つい」
ベルベットベリーは布を染めるにも使う実なので、生食でたくさん食べると、舌が紫色になり三日間はそのままだ。
二人で実を詰んでいた時に、子供の頃に食べすぎてお腹を壊した上、その事をからかってきた男の子達にあっかんべーを仕返したところ、トカゲ女というアダ名を付けられたと悔しげに話してくれた。理由は舌がトカゲのような色になっていたから、らしい。
「舌、紫になってる?」
あーと口を開けたティーダスに、僕は苦笑いをこぼしながら、どれどれと覗きこもうとした。
その時だ。
鈍い韻をともなって、僕らの後方で爆音が響いた。続いて鈍い地響きが、城を小さく揺らす。
「なに?!」
「魔森だ…」
僕は踵を返すと、小屋の庭から森を駆け抜け、扉を開くと廊下へと飛び出した。
そのまま廊下を駆け、玉座の間の後方、赤いビロードのカーテンをくぐりバルコニーへ走り出る。
かなり近い魔森の中で、煙が上がっていた。空には黒い竜が一頭、口から赤い火を吐き出しながら何かと応戦しているのが見える。僕が造り出した暗黒竜だ、間違いない。ならば応戦相手は…。
「ルークス!」
「なになにぃ?」
「何が起きたんだ?」
「どうしましたの?一体なんの騒ぎですの?!」
「敵か!?だったら加勢するぜ!」
僕を追いかけてきたティーダスと、騒ぎを聞き付けてきた四人が、同じようにバルコニーから魔森の上空で威嚇するように咆哮する竜を見て眉をしかめた。
「あれは僕のアンコちゃんだ」
「アンコちゃん?」
「暗黒竜のアンコちゃん、王国に宣戦布告をさせに行ったあと、魔森に放牧していた」
「俺的に思うけど、お前のネーミングセンスって悪いよな」
「同感だ」
「暗黒竜だからアンコちゃんというのは…」
「にゃははは、あたしでも付けないよぉ」
思わぬダメ出しの嵐に一瞬胸が痛んだが、僕は文句を言いたいのをぐっと堪えた。一応、前世から言えば一番の年上だからね。広い心で受け止めよう、大人なんだから、うん。
「アンコちゃんには魔森で自由に過ごす代わりに、一つだけ指令を与えておいた」
僕は慎重に魔力をコントロールしながら、アンコちゃんの体を元の大きさに戻し、同時に僕の手元に空間を歪ませて魔森の上空からアンコちゃんを強制的に引き戻した。
大きな竜が突然消え、僕の腕の中にヨークシャーテリアほどの小さな黒い竜が唐突に現れる。アンコちゃんは驚いたのか、金色の瞳を幾度か瞬かせたが一瞬で状況を理解すると、僕の腕の中から這い出しぐるりと首元に巻き付いた。
「ギュウ…」
「やっぱり来たか」
短い自由だったな…とショボくれるアンコちゃんの背を撫でながら、五人の顔を順に見渡しながら僕は重い口を開いた。
「王国騎士団がやってきた、魔王を倒すために」
五人は僕の言葉に驚く事もせず、誰が言うでもなく煙の上がる魔森の場所を無言で見つめた。