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五、平和な日常

窓の外の小鳥の囀り、カーテン越しに届く柔らかな朝日の眩しさ。香ばしい香りは、スラ坊とスラリーヌが作っている軽めの朝御飯のものだろう。

聴覚、視覚、嗅覚…それらが混ざりあい、ゆっくりと眠りの縁から僕の意識を覚醒させていく。

魔王になり、城に居を構えてから変わらない、いつもの日常の始まりだ。


「ルークス、朝だよ!」


聞きなれない、低いけれど耳触りの良いハスキーボイスが、扉を打ち破る勢いで入ってくるまでは…だが。


「ティア…」

「あいかわらず朝が弱いのね!もう皆、食堂に集まってるわ。朝御飯にしましょう」

「…まだ早い」


布団を頭の上まで引っ張り上げ、ミノムシのようにくるまろうとしたが、そこは前世からの付き合いだ。慣れた手付きでサクッと布団を剥がされて、暖かい寝床の中からゴロリと外に転がり出される。

男性に生まれ変わり逞しくなったティアの腕力は、小枝のような細い少女に生まれ変わった現世の僕では太刀打ち不能。前世のように、布団の引っ張り合いになるどころの話ではない。


「はいはい、起きた起きた!着替えはいいから、まずは食堂に行きましょう。皆、お待ちかねよ」

「年頃の娘だというのに、寝巻きのままか?」

「中身はルークスだし、構わないわ」


くすくすと笑いながら、行きましょうと手を引かれる。懐かしいやり取りだな、と苦笑い一つ。

前世の僕らも、布団を巡る攻防を繰り返した後、こうして食堂に行って二人で朝食を食べていたっけ。前を歩く大きなティーダスの背中に、小柄だったティアの背中が重なって見える。


「皆、お待たせ!ルークス連れてきたよ」

「おっはよぅルークレナ、待ってたよぉん」

「ああ、全くだ」

「お早うございますルークレナさん…て、あなた寝巻きのままいらっしゃったの?」

「すげー寝癖だなぁ、どんだけの寝相だよお前」


わいわいと、挨拶やら非難やら呆れやら笑いやらが混ざった声が食堂に満ちる。

実は勇者御一行、ティーダスを含め全員が帰ることなく魔王城に滞在を決め込んでいた。僕を倒す事が出来ないため、国に帰れないから…らしい。

魔王の誕生とともに現れる魔王城は、魔王の死とともに消え去る…いわば魔王の命と力の象徴だ。勇者は相討ちしたとして生死を誤魔化せたとしても、城がデデンとそびえ立ったままでは魔王を倒しましたと嘘をつく事は出来ない。

そんなことは、口の端しにクリームつけて…。


「ケーキなんて食べてないよ?」


と、のたまうのぐらいバレバレの嘘だ。

うん、ほら?遅刻遅刻~とか言いながら食パン咥えて走る的な?ついでに曲がり角でイケメンズに体当たって、おっと、大丈夫かい?なんて抱き止められて、え?嘘、カッコいい…トゥクン!なんて、トキメキながら学校に行ったら転校生だったみたいな?今時の少女漫画ではやらないよってぐらいな有り得ない規模の嘘だよ。え?分かり難い?そうか、なんかごめん。


「とりあえず、朝食にしましょう。ルークスも座ってね」


つらつらと、くだらない事を考えている内にいつのまにやら席に座らされ、にこにこ顔のティーダスが正面の席につく。

そして僕を除く全員が、女神に感謝の祈りを捧げたあと、朝食を揃って食べ始める。僕がなぜ祈らないかって?魔王だからだよ。

いつもは僕が一人きり食べるだけの食堂も、今はとびきり賑やかだ。スラ坊もスラリーヌも、忙しそうだが、どことなく楽しげに働いている。もとより、家事をやらせる名目で造り出した二匹だ。

彼等にとってやりがいは増えれど、肉体的にも精神的にも負担はないはず。

それどころかニヨニヨと忙しく働いている姿に、今までにない充足感が見て取れる…楽しそうだ。


「とりあえず、城をどうするかが一番の問題だな…て、うめぇな卵!」

「ああ、口の中で溶ける感が旨い」

「んんんん…このパンも美味しいぃよねぇ」

「このお茶も美味しいですわね、ベーコンを食べても後口がさっぱりしますもの」

「本当?良かった!それ、ルークスの特別ブレンドなの。茶葉と薬草の配分が絶妙なのよ」


初めの警戒心は何処へやら。

勇者御一行は、魔王のプルプルな手下が作った朝食をパクパクと食べながら会話をしている。慣れって凄いな、毒が入ってたらどうすんだ?いや、いれないけど。


「お城さぁ、あたしが精霊に頼むのってどうかなぁ?わしゃわしゃわしゃあって、草で隠すのぉ」

「いや、バレるだろう」

「土地柄、魔王の力が強いようですわ…精霊の皆様は近寄るのを嫌がるのではなくて?」

「んじゃ、めんどくせーから叩き壊すか?」

「え?嫌よ、この家はルークスと私の新居だよ」


ん?いつの間に新居になった?


「じゃあじゃあ、お花は?お花でぇポポポポポンって隠しちゃうのぉ可愛くない?」

「いや、目立つだろう」

「だから、精霊の皆様は嫌がるのではなくて?」

「んだよ、もうめんどくせーから、ここは諦めて壊すしかなくね?」

「だから嫌って言ってるじゃない、新婚早々新居壊すってないわよ」


んん?新婚?僕らはいつの間に結婚したのかな?


「じゃあじゃあじゃあ、茨ぁ!トゲトゲのチクチクでグルグルに巻いちゃう?」

「いや、出入りに困るだろう」

「薔薇の精霊は、どの精霊よりも気位が高いのではなくって?魔王の城どころか命令される事を嫌がるに決まってますわよ」

「あーもうカッタるくね?壊そ、派手にさ、こうドッカーンて感じによお」

「だから壊さないでよ!ここ新居!新婚なのよ」


僕は、繰り返される五人の会話を聞き流す事にした。スラリーヌがいれてくれた薬草茶を飲みながら、しみじみと思う。

うん、今日も平和だな…と。

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