三、勇者御一行と魔王のティータイム
「お前らいつから…?」
「貴方達が鈍すぎるのですわ」
ステラは白銀のフワフワした長い髪を片耳にかけながら、薄くソバカスのある鼻先の眼鏡をクッと指先で持ち上げる。
小柄な体をしているが、背筋は真っ直ぐに伸ばされていて毅然とした態度を崩さない。眼鏡の中で知的な光を宿す瞳は少し吊り上がり気味で、まるで夏の森を思わせる深い緑色だ。話し方も落ち着いていて、いくぶんお姉さんらしく見える。
「私達と別室は分かりますが、貴方達とも別室って変だと思いませんでしたの?基本的、食事以外に貴方達の誘い断っているじゃありませんか、特に入浴です、気付きなさい」
「そうそうお風呂ぉ、二人とわざわざ時間ずらして入ってるじゃなぁい。誘われると露骨に避けてるしぃ、気になって聞いちゃったら男性となんて恥ずかしいってぇ…あ、あたしはシルセナ・ゴード、見た通りエルフ族~よろしくぅ魔王ちゃん」
シルセナが、手をヒラヒラさせてウフッと笑う。少年のように肩辺りで切り揃えられた、薄黄緑色のサラサラとした髪に囲われた卵形の顔の中に配置された備品は、さすがエルフというだけあって圧倒的な美の集合体だ。
少し垂れぎみの大きな二重のピンク色した瞳は、髪と同系色の長い睫に縁取られ、これ美味しいねぇ、と焼き菓子をモグモグする赤い唇は、少しだけ間延びした声音を紡ぐだけで、どこか官能的な響きすら感じる。
ステラは驚いたような二人に挟まれて、もじもじし始めたティーダスを見ながら、一口紅茶を飲むと続きを話し出した。
「男性同士ですのに、恥ずかしいってどうしてですの?て訪ねたら、前世の記憶を持っている上に元は女性だったと打ち明けられましたわ」
「うんうん、旅に出てぇちょうど一週間目くらいだったかなぁ?」
「「一週間目かよ!!」」
再び驚愕の声が綺麗にハモる。
マジか…と呆然と自分を見つめる四つの瞳に、居心地悪そうにティーダスがもぞもぞ動く。
「しかも、黒い髪で赤い瞳の方を見つけると、老若男女問わずにすぐさまお声をかけますでしょ?その理由もお聞きしましたの」
「そうしたらさぁ、前世の恋人がそうだったって言うんだよねぇ。自分も、前世と性別は違うけどぉそれ以外はホクロの位置まで同じだからぁ、恋人も同じに違いないってぇ」
「生まれ変わっても忘れられず、その方を変わらず愛してるとまで仰るでしょう?だから、他の男性と部屋や入浴を共にしたくないと」
「大変だったよぉ、旅の間、三部屋とれない時もあったじゃん?そんな時は、三部屋取れたぁって嘘ついて、あたしらと一緒に寝たりしてねぇ」
男性陣と違い、女性陣の視線は生暖かい。
前世と変わらない、泉のように澄んだ青い瞳を潤ませて、大きい体を小さく見せようと努力しながら、ティーダスが白い頬を桜色に染める。
「あの、二人とも誤解しないでね?ステラとシルセナと同じ部屋で寝た日も確かにあったけど、別に何もないよ。その…女子三人で恋話したりしてただけだから」
「女子…」
すっかり、勇者としての仮面が剥がれた上に、自分自身を女子と断言したティーダスの急変ぶりに、赤毛のディフェンダーらしき青年が呆然と呟く。うん、分かるよ、その気持ち。確かに剣片手に玉座の間に駆け込んできたティーダスは、凛々しく勇者然としていたからね。
そんな同情的な僕の視線に気付いたのか、赤毛の青年とパチンと目が合った。
体格はがっしりとしていて、真っ直ぐそうな性格を表したような太めの眉も髪と同じ燃えるような赤い色。その下のアーモンドアイは、朝焼けのように鮮やかなオレンジ色だ。
「あ、えーと、俺まだ名乗って無かったよな?」
「僕もだな、改めて…魔王のルークレナだ」
「ルークレナ、俺はジル・セダンダだ。それからこっちの奴は…」
「ハヤタ・ナギ、だ」
異国の者だろうか?三人とは明らかに服装も顔付きも違っている。
きなり色の肌、灰色の髪と細く一重の藍色の瞳。涼しげな目鼻立ちは綺麗に整ってはいるが、造りが全体的に薄目の印象を与える。言葉も少なく、表情もジルのようにコロコロと変わらないところを見るに、もとより寡黙な質なのか。名前だけ告げたハヤタは、シルセナに促されて、ようやく目の前のお茶に口をつけた。
「ジルとハヤタ、ステラにシルセナ…魔王討伐に呼び集められた国の推薦者だよ。ジルは王国騎士副団長、ハヤタは弓師団の師団長、ステラは聖教会の次期枢機卿候補、シルセナは精霊を従えるエルフ族の王女様、皆とっても強いの」
「ティーダスだって勇者だろ」
ジルが焼き菓子を手に、ティーダスを見る。
ティーダスは困ったように眉を寄せて、首を横に傾げた。
「皆とは違うよ?私は仕事してたら、突然王様の使いの人達が押しかけてきて、水晶に手をかざせって言われてかざしたら光ったのよ。そうしたら偉そうなお爺さんが、勇者だ!て叫んで…」
「ちなみに、その偉そうなお爺さんは我が聖教会のトップですわね」
「そうなの?」
「勇者の居場所を見つけ出すよう、国王直々に申し使ったのですわ。あなたを見つけ出すのに半年はかかりましたかしら?何せ、金髪、碧眼、男児、十代後半から二十代前半、孤児院出身者としか、数日間の祈りでも読めませんでしたの。」
「預言の魔女は?彼女ならもっと詳しく…」
「いないよぉ、魔女は皆ぁ魔王ちゃんが前世で討伐しちゃったもん」
「え?」
ティーダスが、弾かれたように僕を見る。
ああ、困惑してるな。困惑した時に、丸めた指を親指でなぞるのはティアの癖だ。本当の事はティアには言えない、全ての元凶になった預言の魔女を許せなかったなど。許せなかったから、魔物の討伐にかこつけて魔女の血筋を絶ったなどと。
「なん…」
「…そういえば、さっき、孤児院の話をしたな」
「え?あ、うん…私、生まれてすぐに捨てられたらしくて孤児院で育ったの。知ってる?ルークスティア孤児院って、あなたが創設した一番初めの施設でしょ?そこにいたの!名前に気付いて院長先生に聞いたら、ルークス国王が創設した国内で初めての孤児院だって教えてもらったわ!!」
私達の名前がついてて嬉しかった、とティーダスが青い瞳を潤ませて微笑む。
「あなたが造り上げたこの国はとっても素敵な国よ、どこの国よりも豊かで人に優しい。親が居なくても食べ物に困らない、清潔な寝床にも。孤児にも平民も貴族も、誰もが平等に教育も医療も受けられる。文字や算術が出来ない人が居ない国なんて、他にはないもの!」
「それが君の夢だったからね」
学校に通って文字を習い本を読みたかった、怪我をした両親を医者に見せたかった、算術が分かれば働いた給金を誤魔化されなかった、それらはティアが僕にした、たわいもない日常の話。
僕が造り上げた国は、そんなティアの夢を一つ一つ具現化したものだ。何度か政策上つまずく事も多かったが、でき得る限り叶えていったつもりだ。
あの森の中の小さな家で、ティアと二人で語り合った夢の産物を。
「初めて習った授業で、歴史上最も偉大なる王だって教わったし、肖像画も見たわ。私の記憶にあるあなたより、ずっと年が上だったけど」
「…君を殺したあと、僕はずいぶんと無駄に長生きしたからね」
僕の言葉に、ティーダスが固まった。
驚いたように見開いた青い目が、僕を捉えてすぐに不安げに揺れる。先ほど誤魔化した魔女の一件も、思い出したのかもしれない。
「無駄じゃないわ」
「無駄だったよ、君を失った日から僕の人生は死ぬ瞬間まで無意味で、無駄な時間の繰り返しだった。適当な意義や名目を与えて日々を過ごし、それがたまたま成功して国を豊かにした。偉大でも何でもない、仕事に没頭する事で、僕は君を殺した罪から逃げ続けたんだ」
あの日、ティアの遺体は想いでの詰まった家とともに焼いて葬った。
葬りきれず消えずに残った悲しみと怒りの感情は、討伐の名のもとに魔物にぶつけた。魔女にももちろん、刃を向けた。
国に戻ってからは粛清と称して貴族を叩き、ほとんどの首をすげ替えた。毎日を政務に没頭する事で夢を見る時間すら削り、徹底的に逃げ続けた。
「歴史でどう語られているかは知らないけれど、自分の罪深い行いを思い出すことから逃げて得られた結果だ。君からは罵られて当然で、誉められる事はしていない」
「ルークス、私は…」
「君からだけは、認められたくない」
僕の言葉に、座が、しん…と静まり返った。