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二、記憶と思い出

どうしたらいいのだろう?

死闘が繰り広げられるはずだった玉座の間から、僕は自分の生活圏に勇者御一行を引き連れて戻って来ていた。

長い人気のない廊下の突き当たり、大きく無機質な扉を魔力で開くと、中は個室ではなく森の中。

獣道のような申し訳ないほどの小路を少し歩けば、小さな小屋が建っている。

前世に二人で暮らしていた、あの粗末な家だ。

豪勢な部屋に通されると思っていたのだろうか?いきなり開けたら鬱蒼とした森が現れ、意表を突かれたような顔をして着いてきた仲間達とは違い、懐かしげに目を細めたティーダスが馴れた様子で頭上から垂れ下がる蔓草を避けて進む。

ギィと音をたてる古い木の扉を開き、溜め息一つ、僕は勇者御一行を居間に招き入れた。


「狭苦しい所だが入ってくれ、僕はここで暮らしているのでね。ああ、席は適当に座ってくれ…今、お茶でも用意させよう」


僕は混乱する頭を大きく振ると、身の回りの世話をさせるため、王国に魔王復活をアピールする用にコネコネして作り出したドラゴンの残りを、更にコネコネして作り出した私生活補助要員である二匹のスライムにお茶の支度を命じた。

スライムは伸ばした体の一部を器用に伸ばして、イェッサーとばかりに敬礼した…と思う。

ニヨニヨと床を這いながら、キッチンの方へ向かって行くスラ坊とスラリーヌを見送り、僕は勇者御一行を振り返る。

記憶を便りに再現した小さな家のソファーに、ニコニコとする勇者と困惑している二人の青年が。

使い込まれて角が磨り減ったテーブル横に、お客様用にある一回り小さなソファーに二人の女性が座っている。


(お客様用にと言っても、前世での話だがな…)


魔王としてこの城を作り出してから、客なんか来やしない。当たり前の事だけどな。


「ねぇルークス?懐かしいわ…あの森もこの家も部屋の中も、昔二人で暮らしていた家を再現したのね!」


ティーダスが、両手を合わせて満面の笑みを浮かべる。

あい変わらず仕草も話し方もティアのままだ、勇者を見る両隣の青年二人の顔がドン引いているのが心に痛い。

お願いだから、そんな可哀想な子を見るような目で見ないで上げて?ティーダスは今、僕と思わぬ再会をしてテンションが暴上がりで、すっかり前世のティアに戻っちゃってるだけだから。

その筋肉と男性特有のゴツさを取り除いて、揺れる胸と丸いお尻をつけたら…ほら!昔のままのティアだから!!

…て、知らないか。知らないよね、うん、混乱するよね?いきなり凛々しき勇者が、内面だけ女性になっちゃったら…まぁ、色々と、うん、何かゴメンなさい。


「まぁ、暮らすなら、その…この家の方が落ち着くから」

「そう…そうかぁ…あ!寝室も昔のまま?二人で寝ていたベッドもある?ほら、私が作ったキルトのカバーは再現できた?上手に出来たってルークスが誉めてくれた」

「ああ、なにもかも昔のままだよティア」

「本当に?だったら嬉しいわ、思い出がたくさんあるの…両親とアナタとの思い出がたくさん…」


はにかんだように、頬を染めたティア…もとい勇者ティーダスが、上目遣いで合わせた両手を口元に当て、恋に恋する少女のように微笑む。あ、そこの赤毛くん、うわぁって言わないであげて。

その仕草は、ティアだった時には可愛かったのだよ、本当に。

勇者ティーダスがティアの記憶を語るように、僕にもルークスの記憶がある。

だからなのか、一人きりで人生の大半を過ごしてきた城よりも、ほんの一年程だが二人で過ごしたあの森の中の小さな家が、堪らなく恋しかった。

新しい器として魔王の御霊と融合し、その力の象徴でもある新魔王城を自分なりに再構築する際にあたり、僕は生活圏内のほぼ全てを、昔二人で暮らした森の一軒家に似せて再構築し、使用している。

魔王城然としているのは、外見と玉座の間に続く回廊。そして、最初に勇者御一行を迎え出た玉座の間のみである。

口調や仕草が変わるほど、ティーダスにティアの記憶が強く影響を与えるように、魔王である僕ルークレナにもルークスの記憶が色濃く影響を与えている。

過去の記憶に引きずられてしまうのは、仕方のないことだ。

微妙な空気感を漂わせた部屋に、ニヨニヨとした動きで人数分のティーセットと焼き菓子を乗せたワゴンを押しながら、スラ坊とスラリーヌが戻ってきた。


「わぁ!この香り、ルークスの焼き菓子ね!懐かしいわ、私、大好きだったの!!」

「ああ、知っているよ」


まさか再会するとは思っていなかったけど、今朝、無性に作りたくなって、起きてすぐに生地を練って成形し、焼くだけにしておいたものだ。

今思えば、虫の知らせだったのかもしれないな、と笑ってしまう。

人数の事を思えば、作りすぎたと反省したほど多めに焼いておいて幸いだった。

菓子云々で思い返してみれば、前世のティアは料理が壊滅的な腕前だったから、食事もほとんど僕が作っていたっけ。

僕が転がり込むまで、ティアは唯一作れたガリガリのパンを、しょっぱいだけのお湯みたいな野菜スープに浸けて食べていたらしい。


「これしか作れなくて…」


と、照れながら出してくれた初めての夕食を口にした途端、これからは僕が作ろうと固く心に誓ったのは言うまでもないよね。

当時皇太子だったから厨房に足を踏み入れた事すらなかったのに、初めて作った飯は数年間自炊してきたティアの飯より旨かった。うん…いい思い出だ。

などと過去の記憶に浸っている内に、スラ坊とスラリーヌがニヨニヨと腕らしき部所を伸ばして、器用にティーカップや焼き菓子を全員に配膳し終える。

さすがに魔王の手作り品を、プルプルニヨニヨとした魔物に出されただけはある。

赤毛のディフェンダーと黒髪のシューターらしき青年二人は、戸惑いを隠しきれず手を出しあぐねているようだ。

その一方で。

白銀の髪のプリーステスと黄緑色の髪のフェアリーテイマーと思われる女性陣二人は、ティーダスに笑顔で勧められるまま、紅茶や菓子に口をつけていた。

そういえば、勇者が激変した瞬間こそ驚いてはいたものの、その後はわりと普通にしていた気がする。

訝しげな僕の視線に気づいたのか、プリーステスの女性の方が、はぁ、と溜めていた吐息を漏らすと、手にしていたティーカップを置くと、ソファーにゆったりと座り直して口を開いた。


「初めまして…ですわね、平和主義の魔王さん。私の名前はステラ・アート、そこのお馬鹿な連中と比べて、私達女性陣が冷静なままなのがそんなに不思議でして?」

「あ、うん、まぁね」

「簡単なことでしてよ、ティーダスの中身がこうだって知っていたからですわ。まぁ、探し求めていた最愛の相手が、まさか魔王だとは思いませんでしたけど」

「「はぁっ!?」」


ディフェンダーの青年と、シューターの青年の上げた驚愕の声が、綺麗にハモった。


「そうなの、二人には会った早々と見抜かれちゃって…黙っててごめんね!」


両手を合わせて、えへって可愛らしく笑うティーダスを、二人の青年があんぐりと口を開いて見ている。

うん、そういう事はきちんと話そう、ティア。新しいお茶を、いそいそと用意してきたスラリーヌを見下ろしながら、僕は再度、深い溜め息をつきながら、空になったティーカップをテーブルに戻したのだった。



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