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第9話 ヴェスティア公爵領ニーシア

 ヴェスティア公爵領首都ニーシア。


 ルミナス大陸北部に領土を持つ大国、サンクト王国の中でも、アラタ達が滞在したノーセン村も含む西部地方に広大な支配域を持つのがヴェスティア公爵領だ。北方は海に面し、豊かな自然に恵まれたこの地は漁業農業共に盛んだ。


 ヴェスティア公爵領を治める家は二百年の歴史を誇る名家で、街の東方にそびえたつオーバーヴェスト城を本拠地とする。


 現在のヴェスティア公であるライアンは文武両道の名君として知られ、東方魔大陸との戦いが続く今においても、市場は活気に溢れ民は安寧の生活を送っている。


 首都であるニーシアも鉄壁の二重城壁に囲まれた城塞都市で、サンクト王国西部の要として魔族の侵入を拒んでいた。そんなニーシアの門前にアラタ達はたどり着いていた。


「ほほう、五百年前のこの地は単なる農村だったと思うがなあ……」


 検問の行列に並びながら、ルノワは感心したように立派な城壁を眺めていた。

 五百年前と不自然にも文化は変わっていないみたいだが、人は営み続けているのだ。農村が大都市になり、またその逆にかつて栄華を誇った王国が荒廃していることもあろう。


「なあルノワ、領主の蔵書を調べる必要があるって言っていたよな? また催眠でもかけて入り込むのか?」


「今の私の力でこの規模の都市全体に催眠をかけるのは無理だな。領主の館にだけって策もあるが、そういった要人の周りの兵士は、得てして魔力耐性が高い。領主自身もな……」


 この世界では幻術などによる攻撃の対策として、魔力耐性が生まれつき高かったり、訓練で向上させた人間が要人警護を務めるようだ。確かに要人警護が操られて自らの主人を殺害する、なんてことになれば洒落にもならない。


 また、貴族も生まれつき魔力が高い者が多いため催眠が効きづらい。

 ヴェスティア公爵は男性だが、男よりも女の方が魔法的な才能が豊かに生まれてくることが多いため、この世界では貴族の党首が女性であることは珍しくない。


 そうこうしているうちに、検問の兵士から「次のもの」と呼ばれた。


「ほう、異国からの旅のものか? 行商ではないな、このニーシアに観光にでも来たのか?」


 魔族との戦争中ということもあってか、異邦人の装いの者に対してそう尋ねる兵士の声は厳しい。

 甲冑のガチャガチャという音は、まるでアラタ達を威嚇しているようだ。


「ええ、素晴らしい街並みが見ることができると聞きまして。ああ、これをご覧になってください」


 ルノワは素晴らしい笑顔で用意していた回答を述べ、懐からあるものを取り出して兵士に渡した。


「これは……? ノーセン村の村長からの保証状(ほしょうじょう)か?」


 ルノワが渡したのはノーセン村のクオチ村長に書いてもらった身元保証上だ。もちろん催眠により書いてもらったものだが、別に嘘は書いていない。


 内容は「村の近くに現れた凶悪な魔獣(まじゅう)を旅のアラタとルノワに倒してもらった云々」といったものだ。つまり信頼できる旅人なので身元は私が保証します、なので是非ニーシアの町に入れてください、ということだ。


「ノーセンの村の民が世話になったようだな。ニーシアは君たちを歓迎する、入れ」


 すっかり態度を軟化させた兵士は、左手を挙げて都市内へ入るよう示した。

 アラタ達は礼を言うと、二人分の通行税二千ルミナを支払い、城壁をくぐり抜けた。


「ここがニーシアか! ――おっ、あいつはまさかエルフか!? あっちは獣人? なんかこうファンタジーってかんじだなあ~!」


 ヴェスティア首都ニーシアに住んでいるのは人間種だけではない。ドワーフも含めたエルフ種の各部族、西方大陸(せいほうたいりく)の出の獣人やリザードマン、中には友好的魔族もだ。


 そんな元の世界ではお目にかかることができない種族を見かけ、アラタは感嘆の声をあげた。


「はしゃぎ過ぎだ馬鹿者。エルフや獣人なんてそう珍しくもないしジロジロ見るな。むしろお前の方がここでは珍しい顔つきだ」


 周囲からの視線を感じ、ルノワがたしなめた。彼女の言うように、このサンクト王国の町では見かけない人種の顔立ちで、頭髪はプリン頭のような中途半端な色のアラタはひどく目立っていた。


 もっともたしなめているルノワの方も、ここらの人種とは違う見た目でなおかつ美貌の持ち主の為、人の目を集めていたのだが。


「もうじき夕暮れだ。おすすめの宿もクオチ村長から聞いてある。急ぐぞアラタ」


 ルノワはニーシアの基本的な情報と共に、村の者がニーシアの町を訪れた時に利用する安価で使いやすい宿をクオチ村長から聞いていた。


「おう! 腹も減ったし早く行って飯にしようぜ!」


 アラタたちの入ったニーシア南門からそう遠くなく目的の宿は見つかった。”輝く黄金鳥亭(おうごんちょうてい)”という名のその宿は、小さいが小綺麗な造りだった。


 宿に入ると、看板娘らしい可愛らしい小さな女の子がトコトコと歩いて寄ってきた。一階が宿泊者以外も利用できる食堂になっていて、大勢の人間で賑わっていた。二階が客室になっているという。


「いらっしゃいませ、輝く黄金鳥亭へようこそ! お食事ですか、宿泊ですか?」

「ああ、宿泊でお願いするよ。食事はすぐ食べたい。部屋は一つで十分だ」


 アラタが食事は何が出るのだろうかと、ぼーっと考えていると、ルノワは優し気な笑みを浮かべながら女の子にそう答えた。


「いや、ルノワ。部屋は二ついるだろう!」

「なんだ? 一部屋でいいだろう、私のことは気にしなくていいぞ」

「俺が気にするわ! 現代っ子の俺には個室が必要なんだよ!」


 アラタはノーセン村での緊張した夜を思い出していた。これから毎日あの状況だと、年頃のアラタにとっては嬉しいというより気恥ずかしい気持ちが先行してしまう。


「なんだ、()()エロいことを考えているのか? いいか? 金は有限だ、無駄遣いする訳にはいくまい」

()()ってどういう意味だ! だいたいお前封印されていた年齢的におばあ……うっ!」

「おばあ……何だって? アラタ、次同じこと言ってみろ、どうなるかは分からんぞ? そして部屋は一つ。いいな?」


 美人なだけに怒りを込めた顔は迫力がある。というか、これぞ邪神といったようなオーラだった。世の中には触れてはいけないものがある。その一つがこれであろう。


 お金が貴重であるという点は確かにそうだったので、アラタはしぶしぶ了承した。


 輝く黄金鳥亭での夕食は、非常に美味しくボリュームがあった。中でも看板メニューだというポタージュは絶品で、材料はネネカウというアラタの聞いたことの無い食材だったが、口の中で広がる風味が心地よかった。


「明日からも忙しいからな、早く寝ろよ。おやすみ」


 満腹になったからか、ルノワは部屋に入るなりそれだけ言って寝息を立て始めた。

 アラタもそれにならって、村長宅よりいくらか造りの良いベッドに横になった。


「……眠れない。隣に眠るこいつは500歳、隣に眠るこいつは500歳……」


 ふと横を見れば、すぐ隣で安らかに眠る美女。視覚情報には抗えず、お年頃のアラタの身体はやはりいっこうに眠くなってはくれなかった。

読んでいただきありがとうございます!

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