第1話 無茶で無謀な男
期末テストも終わり、明日から夏休みという解放感に駆られた夜、夏の夜のあまりの暑さにアイスでも買おうかと家を出てコンビニに立ち寄ったのが約二時間前。
「お前があの戸塚をボコったっていう鈴木新だな……?」
「ああん? 戸塚? 知らねえな、何のことだ?」
コンビニの前にたむろしていた同じ学校の大柄なヤンキー先輩に詰問され、新は聞かされる身に覚えのない自身の武勇伝にただただ困惑するばかりであった。
この手の手合いは下手に出るとつけ上がるので、とりあえず強気で返してみたが、戸塚という名を聞いてもさっぱり思い浮かぶことは無い。
鈴木 新は常日頃、よく喧嘩を売られる高校生だった。
何も気弱だから標的にされやすいというわけではなく、その見た目に原因があった。生まれたころには既に亡くなっていた、写真の中でしか会ったこともない祖父の隔世遺伝だというその髪は、まるで染め忘れているプリン頭のように中途半端な金髪をしていた。
兄弟は黒髪の中、自分だけ中途半端な髪色。この髪色のせいで高校入学早々教師からはにらまれ、ヤンキーからは調子に乗った新入生と思われていた。
新はこの髪色が災いを呼ぶ不便なもの、といった認識はあったが特別染めようとも思わず、遺伝元となった祖父の母国であるアメリカをいつかは訪れてみたいと思うほどに愛着はあった。もっとも、不勉強な新は英語をまるで喋ることができないのだが。
「てめぇふざけてるんじゃねーぞ! 1年3組の戸塚を入学式早々ボコったって話じゃねーか! あの格闘技をやっているとかいう戸塚だよ!」
「あっ……」
新はそこまで言われてようやく思い出した。格闘技をやっているかは知らないが、確かに入学早々に同じ新入生である長身のヤンキーにケンカを売られたのだ。
でもボコったというにはいささか語弊がある。確かに襲われた当初1発2発の殴り合いはしたが、すぐに新はかなわぬことを悟って逃げの一手に転じたのだ。その逃走劇の途中、ずっこけた長身ヤンキーが結構な長さの階段を転がり落ちたのであった。
グシャッと嫌な音が聞こえたさすがにヤバイ感じの落ち方だったので、すぐに救急車を呼んだ新だったが、長身ヤンキーは複雑骨折で今も入院中のはずだ。
なのでボコったのではなく、その長身ヤンキーこと戸塚君とやらが自分でずっこけて階段を転げ落ち、怪我を負ったのであった。
「あのですね。それはあんた、いや、先輩の勘違いで……」
「ごちゃごちゃうるせぇ!」
「話聞く気ねえのかよクソ!」
言うが早いか殴りかかってきたヤンキー先輩の太い腕を避けて、代わりに一発叩き込んだ。ヤンキー先輩が怯んだ隙に、逃走するべく身をひるがえした新だった。近所のコンビニに出かけるだけの為、半袖Tシャツにジャージとラフな格好だったが、サンダルではなくスニーカーを履いていたのが幸いした。
よく喧嘩を売られる新だったが、売られた喧嘩に最後まで付き合うことはそうなく、どちらかというと逃げ足と打たれ強さが自慢であった。だいたい、夜のコンビニの前でメンツをかけた喧嘩なんてまさしく不良少年の代名詞のようなことに付き合う義理はなかった。
「てめぇ鈴木待てやこらああああああ!」
「待てと言われて待つかよバカ!」
自慢の逃げ足で夜の人通りの少ない道を駆け抜けに駆け抜け、昔は古墳だとかいう小高い丘の藪の中に新が逃げ込んだのが1時間半ほど前。
それから藪の中で蚊と悪戦苦闘しながら30分ほど息をひそめて身を隠し、そろそろいいかと藪を出ようと思って歩き出した新であったが、歩けど歩けど明かりが見えない。
「おかしいな。もう1時間近く歩いているぞ?」
暗いとはいえ小学生のときには友達と遊んだこともあるこの丘、とても迷子になるとは思えなかった。それにこの丘のまわりは住宅地、どの方向に歩いても15分もあれば民家か道に当たるはずだった。
仕方ない、スマホの地図を確認するかとポケットから取り出して見れば。
「嘘だろ? 圏外……?」
新のスマートフォンは、あろうことか圏外を表示していた。現在位置が分からないし、電話をかけて助けを呼ぶこともできない。
「こんな住宅地で圏外とかあるか普通?」
新は誰に言うでもなくつぶやいて、どうするかと頭をかいた。近所の藪で迷子になって遭難。小学生じゃあるまいし、友人たちのかっこうのネタにされると恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
「――グルル」という不気味な唸り声を聞いたのはそのときだった。野良犬か? 恐る恐る振り返り見てみると、恐怖を抱かせるには十分の、赤く凶悪に光る二つの眼光がこちらを見据えていた。
新は考えるよりも早く振り返ると、逃げ出した。
「なんなんだあれ! 絶対野良犬じゃないだろ! 狼か何か!?」
日本では絶滅したはずの狼を新が思い浮かべたのは無理もない。逃げる新を追いかけてくるその獣は中型犬の倍以上は大きく、獰猛な牙に噛みつかれたらひとたまりもないだろう。赤く光る眼とあいまって強い恐怖心を抱かせるには十分だった。
追い付かれまいと必死に逃げる新だったが、ただでさえ足を取られ走りづらい藪の中、こけないように走るだけで精いっぱいだった。
「アオーーーーーーーーーン!」
このままでは追い付かれると焦る新に追い打ちをかけるように、左右から別の気配が走り寄ってきた。それはやはり二つの鋭く光る赤い眼光を持っており、同じように恐怖感を感じさせる獰猛さを感じさせた。おそらく先ほどの遠吠えで仲間を呼んだのだ。獣は仲間と共に追い詰めようという魂胆なのだ。
――このままでは遠からず獣達の餌になる、そう思った時、新は直感的に立ち止まった。
「――ッ! やべえっ!」
結果的に新の直感は正しかった。
暗くて気づかなかったが前方は崖で、すべてを飲み込むような真っ暗な闇が底知れず広がっていた。対岸までは遠く、とてもジャンプできるような距離ではないだろう。立ち止まった新に気づいたように、獣達は囲みこんでジリジリと距離を詰めてきているようだった。
「これ以上は逃げられねえ、狼と戦って勝てる気もしねえ! 無茶でも無謀でもやるしかないか……!」
新は自分の頭の出来の悪さをよく理解していたし、この選択肢が追い詰められた末の博打的な考えであることも理解していた。
「それでも生きたまま食われるよりかはマシだ……!」
意を決した新は、助走をつけると勢いよく跳躍した。想定はしていたが、やはり対岸には届かずに新の身体は宙を舞った。
深い闇の中を落下していく新の頭の中には、勝ち誇ったような、嘲笑うかのような獣達の遠吠えが、ただただ響いていた……。
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