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純愛に嫌われる  作者: 河篠てる
日常にサヨナラを。
2/9

怪物と愛

 その扉は無慈悲にも開かれた。

 その事が全てが現実である事を突きつける。

 涙は枯れていた。目尻が赤く腫れているのは何となく分かった。そんな哀れな姿で惨めな話をしなければならない事が私の心を深く傷つける。

 自尊心とは無縁と思っていた。だけれども、人として地まで堕ちると、私のような人でなし1歩手前にも一丁前に自尊心があったのだな、感慨深くなる。勿論、皮肉だ。


 扉から出てきたのは會澤君。普段、とても優秀な彼は笑顔を浮かべていた。それが自信から来るのか、他人を喜ばせたいのかは私には分からない。もしかしたら、彼は内心で周りの人間を見下していたのかもしれない。

 だが、彼は少なくともこの事で罪悪感を感じないような人間ではない。その証拠に彼は罪と不安で整った顔を歪めていた。


「唯子は上かい」


 静かにそう尋ねる声は少しだけ力が入ってしまう。會澤君は酷く怯えた様子だった。それを見て、一瞬申し訳無く思う。しかし、他でもない彼が私の幸せを奪ったのだと考えるとその罪の意識も立ち消えた。私は確かに憎しみを感じていた。そして、所詮負け犬に過ぎぬ我が身を疎ましく思った。


「…はい。もう少し気持ちを整えたいと…」


「そうか…そうか…。ふふふ」


 思わず零れでた笑みに彼の顔が更に歪む。何を訝しむ事があるのだ。

 これ以上可笑しな事など無い。部下との行為を目の当たりにした私が、浮気された滑稽な男がこの場に居るのに、彼女は二階の寝室で未だ事実を拒み続けているなんて。

 前など向けていない。子供のように喚き散らして、壊れてしまいたい。それでも、私には由香が居た。我々の醜い諍いにあの子は巻き込めない。その一心で拳を硬く握り締め対面に座す男を見つめている。

 それなのにと、生まれて初めて妻に苛立ちを覚えた。だが、私との子であるから愛着が無いのかもしれないと考えれば、それもそうかもしれないと勝手に納得した。


「…井垣さん。俺は唯子さんを愛しています」


 その言葉は彼らしかった。自分の意思を伝えられる良い部下だ。だがその事が疎ましい。


「そんな事はどうでもいい」


 彼の気持ち等関係ない。そんな情報は要らない。私から妻が離れていった事に変化は無い。私が未だ妻と半ば意地で呼び続けるその本心が揺らぐ事は無い。大切なのは、妻が會澤君と私とどちらを選び、由香を、大切な娘をどう育てていくかだ。後は同じ職場なのも気分を害するから、仕事をどうするかくらいだろう。

 そこに彼の感情は必要ない。妻がもし、會澤君を選ぶのなら妻は彼について行けばいい。そして私が職場を変え、由香を育てて行けばいい。


 だと言うのに、會澤君、君はどうしてそんなにも皺を重ねるんだ。その目を鋭くするのだ。私の考えは愚かで稚拙で異常だと糾弾するかのように。確かに私は怪物だ。人が恐れ慄くそれでは無い。醜く排斥されるべきそれだ。だが、私はこれだけは、ここだけは間違えてはいない。決して。

 そうさ。私のくだらない自尊心も独占欲も要らない。話すべくは如何にして愛するモノを守るかだ。その為なら私は心を殺そう。怪物となろう。それでいい。


「やはり、井垣さんは唯子さんを愛して等いない。唯子さんを幸せに等貴方には出来ない」


 静かに、確かにその目には憤りがあった。真っ直ぐに見詰め返す。彼は私の言葉を待っていた。


「お前のような卑怯者が愛を語るのか」


 私は感情のままに言葉を吐き出す。ああ駄目だ。私は父だ。愚鈍ながらも娘を支えなければならない。だと言うのに、あれ程感情を捨てろと言い聞かせたのに。「それもまたどうでもいいことだ」と論から排するべきであったのに。

 悲しみに暮れていた心はいつしか囂々と叫び続ける。この男を赦すな。裏切った妻を憎め。


 私の一言に対して彼は確かに嚇怒した。その開かれた口からは何の音も響かない。言葉を紡ぐ事さえままならない程の激情によるものなら、いよいよこの場は滑稽な寸劇に違いない。


 彼を真っ直ぐに見詰めた。

 何時しか訪れた沈黙は一向に破られることは無かった。沈黙を破る演者を二人で待ち続けた。


 仕事から帰ってきてそのままのスーツには掌の血が滲んでいた。

こんな感じで気がむくままにちびちび書いていきます。

とはいえプロットから逸れることはないんですけどね。

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