007 恐ろしい予感
首無しで腹に大穴を開けたロボットのオツウが、楽しそうに激しく踊っている。
バック転やブレイクダンスのような動きを混ぜた、不思議な踊りだ。
オレは、呆然とそれを眺める。
機械に興味があるので、いくつかの踊る最先端ロボットの動画をネットで見た事がある。
それらは、こんなに人間とそっくりなアンドロイドではなかった。
というか、過去に動画サイトで見た物は人間よりもずっと小さく、形だって無骨な物だった。
人間大のロボットは、まだ技術的に当分先の事だと聞いていた。
現状では、歩行もままならないと。
オツウロボットは、人間にそっくりな事が凄いだけではない。
大きく損傷しているようにも見える状態で踊っているのだ。
いくら軍用の技術転用がされているのだとしても、コレは凄過ぎる。
遠隔操作されているのか、AIによる自動制御なのかは分からない。
しかし、これなら十分に戦争の実戦で、兵士としての運用が可能だろう。
オレは、心底からゾッとした。
つい先程のとぼけた一連のショーを、暢気にウイルス云々の『口止め用の接待』だと思っていたが、『口止め用の脅し』だったのだ。
これ程の技術を見てしまえば、逆らう気なんて起きる訳がない。
相手は、死を恐れる事のない機械仕掛けの兵士だ。
人間そっくりで、かなり近くで見ても区別がつかない。
その上、かなり破損された状態でも人間並みの、あるはそれ以上の動きをする事が可能だ。
しかも、今目の前で見たように、破壊されても構わない使い捨ての兵士なのだ。
オレに対して性能を見せる為だけに一部を破壊したのだから、間違いない。
実戦使用できないほど貴重ならば、あんな事はしないだろう。
もしオレに、日本の警察やガードマンの警護がついたとしても、こんなのに武器や爆弾を所持して近付かれたら、警護なんて全く当てにはできない。
日本での米国の政治力を考えれば、必要になった時に、使い捨ての攻撃を躊躇う理由も無いだろう。
「……これは、効果抜群ですよ。そちらの指示には従います。」
オレは情けない事に少し涙目になりながら、引きつった笑顔でジョニーに告げた。
ジョニーは何度も頷いた。
「とりあえずは、そうしてくれると俺も助かりますよ。あ、それで、この場に居るのは、俺も含めて全員がオツウと同じタイプのアンドロイドです。」
ジョニーの言葉と共に、その場に居たほぼ全員がヘルメットでも脱ぐかのように頭を首から外した。
オレは、あまりの事態に声も出ない。
「ちょっと、ジンさん。女の子の頭を、そんなに手荒く扱っちゃダメですよぉ。」
手に持っているオツウの頭を、無意識に強く押さえつけてしまったようだ。
ジョニーは唖然としているオレを一瞥すると、離していた頭を首にくっつけた。
「これだけだと、こっちの実力は分かっても、遠い未来って感じがしないでしょうから……。ちょっとみんなで、空を飛び回りますね。」
数人が、ワイヤーで引っ張られたように、ゆっくりと空中に浮かび上がる。
直後、オレの頭上で、アンドロイドによる、アクロバット航空ショーが始まった。
推進装置や翼が一切無いジョニー達が、もの凄いスピードで縦横無尽に空を駆け回っている。
……すっげー変な夢を見てるんだな。
それしか有り得ない。
オレは、この加速した混沌状況のおかげで、むしろ冷静さを取り戻した。
一体、どこからが夢だったんだろう。
近所の病院でウイルス云々言われた辺りから後は、全然リアリティがないよな。
だとすると、熱中症で倒れた後の夢って事か。
随分と時間が経ったような気がするが、夢の中だとこんな感じなのだろう。
「ジンさん、ちょっと頭を元の場所に戻させてもらいますね。お腹の穴の方は修理したんですが、頭部をもう一個作るのは変ですから。」
いつの間にか腹の穴が塞がったオツウの身体が、自分お頭部を取りに来たので返す。
色々気になる事はあったが、夢なんだし、深く考えてもしようがないだろう。
おそらく、目が覚めた時には、全て忘れてしまうのだ。
変ってはいるが面白い夢だから、楽しめばいい。
「ジンさん、夢だと思い始めましたね。では、悪役ダークエルフとしての、初仕事を始めます。」
カイリーが近付いてきて、オレの左手を握った。
次の瞬間、オレの体を激しい痛みが襲う。
これまで感じた事が無い、電流が体を通っているかの様な痛みだ。
「ウワァ!いってぇ!いってぇって、言ってんだろ!やめろ!」
痛みの発信源は、間違いなくカイリーの手の平。
オレはもがいてカイリーの手を離そうとするが、どうしても外れない。
右手を使って強引に引き離そうともしたが、カイリーの褐色の細い指は、ほんの少しも動かせなかった。
「夢でないと証明するのは、非常に難しいんです。痛みを与えるのが最も有効、という結論が出たので、こういう手段に出ました。」
やっとカイリーの手が、オレの手から離れる。
オレは呼吸を荒くしながら、カイリーを睨んだ。
カイリーはいつの間にか、どこからか鞭のような物を取り出して手に持っている。
嫌な予感がして、顔を歪める。
まさかとは思うが……。
「残念ながら、ジンさんにはこういう趣味がないようですが。二度と夢だとは思わないよう、十分に痛みを味わっていだだきます。」
カイリーはニッコリと笑うと、ピシッという音を立てて鞭で地面を叩いた。