005 くノ一とダークエルフ
オレの目の前に、百人を超えるコスプレイヤーが整列している。
江戸の町人、侍、エルフ、ドワーフ。
そしてそれらを従えるのは、黒い燕尾服を着た謎のイケメン、ジョニー。
その背後には整然と広がる江戸の街並み。
なんじゃこりゃ、まさに非日常の風景。
「じゃ、オツウとカイリー、前に来て挨拶して。」
ジョニーが呼びかけると、二人の女性がオレ達の方に来た。
簡単に説明すると、一人は『くノ一』でもう一人は『ダークエルフ』だ。
そういえば、エレベーターに乗る前のジョニーが『くノ一』『ダークエルフ』がどうのと言っていたような覚えがある。
女性の内の一方『くノ一』が、オレの目の前で片膝を着いた。
オレとあまり変らない年齢であろう、小柄で可愛らしい少女だった。
全体的に売れっ子アイドルの様な明るい雰囲気だが、どこかしら凛としたものを醸し出している。
くの一の衣装、といってもリアルな物ではなく、セクシーさを売りにしたTV番組用の衣装の様なのを着ていた。
かなり長そうな黒髪は、簪でポニーテイルのようにして束ねている。
「オツウと申します。以後、よろしくお願い致します。職業は忍者で、色気で誘ったスケベな男を、酷い目に合わせるのが得意であります。」
随分と変わった自己紹介だが、要するにテーマパークにおける役の説明だな。
色気うんぬんという設定があるのは、やたらと露出度の高い忍者風の衣装を着せる為なのだろう。
もし本物の忍者がこんな格好をしていたら、間違いなく一発で忍者だとバレるか、バカだと思われるだけだ。
しかしまぁ、色々な批判を乗り越えてでも、この格好をさせるのに十分な商業的価値があるのは、男として理解出来る。
この娘自体については、運動神経は良さそうだし、クナイの様な物を帯に刺しているから、アクションショー等をやるのかもしれない。
「あぁ、よろしくお願いします。よく、状況が飲み込めてないけど。」
オレの答えを待っていたかのように、もう一人の女性である『ダークエルフ』が跪いて頭を垂れた。
こちらは、白髪に近いような銀髪を靡かせた褐色の肌と金色の瞳の美人だった。
オレやオツウよりは、少し年上だろうと思われる。
エルフ耳、とも呼ばれる笹上に尖った長い耳が銀髪の合間から出ていた。
耳や瞳や髪は兎も角、肌はおそらく天然の物だ。
彼女の家系は、色々な人種の血が混じっているのだろう。
こちらも、やたらと露出度の高い衣装と武器を身に着けている。
金色の模様の入った黒い鎧なのか黒い水着なのかハッキリしない物、前方を網状の紐で留めた長く黒い革手袋と揃いの革ブーツ、黒革のガーターベルト。
そして、腰には鞘に入った細身の剣を身に着けている。
「カイリーです。ダークエルフの族長の娘で一族の戦士長でもあります。色気で誘ったスケベな男を、酷い目に合わせるのが得意です。」
ん、二人の台詞後半が全く同じだったような。
両方ともやけに露出度が高いから、セクハラ対策なんだろうけど……。
これって、完全にオレに対する警告なんじゃね。
だよな、オレしか客がいないんだから。
いくら何でも、失礼だろコレ。
オレは敢えて、訝しげな目線でジョニーを見た。
「ストーリーに沿うなら、この二人はもう少し後に出てくるんですよ。オツウは兄をカイリーに殺されてて、その復讐を果たす為に行方を追う、って感じで。」
テーマパーク上の設定なのだろうか。
ジョニーは、全然聞いてもいない事を説明し始めた。
オレが訝しく思っているのは、この二人の出現時期ではないのだが。
「オツウには、『ジンさんの恋人のライバル』って設定もあるんですよ。まぁ、肝心の『ジンさんの恋人』ってのがいないんで、今のところ演出のしようがないんですがね。」
地味に心を抉られているが、それは置いておくとして、恋人のライバルという演出?
このテーマパークに、カップルで来場した場合の話だろうか。
斬新な発想だな、それ。
だが、自分の彼氏がオツウの様な娘に誘惑っぽい事をされたら、本気で怒る彼女も居るんじゃね。
「……そんな演出をしたら、カップルの側が喧嘩になっちゃうんじゃないですか?」
ジョニーは何度も頷いた。
「でしょうね。だから男の側には、徹底して気がない事を証明する行動が必要になります。ハッキリと、恋人の方が好きだと言うとか、オツウを無視するとか……」
なるほど。
そういう行動を取るっていうお約束があるなら、女性の方は気分が良いのかも知れない。
まぁ、だが、答えにはなってないな。
「オツウさんに本気で怒っちゃう彼女が、絶対に居ると思うけどなぁ。大丈夫なんですか?」
またも、ジョニーは何度も頷く。
「そういう時は、カップルのどちらかが、こうすりゃいいんです。」
そう言うとジョニーは、オツウの背中から剣を抜いて、オツウの首を刎ねた。
血飛沫が舞い上がって、首が地面に落ちて転がった。
オレは、首が無くなったオツウの体がゆっくりと膝を着いて倒れるのを、意外と冷静に見送った。