004 目の前に広がる江戸の町
エレベータに乗っていると、また少し不安が襲ってきた。
米軍の関係者に会うまでは安全だろうと思ってはいるのだが、エレベーターが異様に長すぎる。
「この施設は、どの辺にあるんですか?」
ジョニーが今、詳しい事を話してくれないのを承知で聞いてみる。
とにかく、何か話していないと不安が大きくなってしまいそうな気がする。
「そうですね。分かりやすく言えば、東京のかなり上の方ですよ。」
かなり上の方って何だよ、と思わなくも無かったが、要するに東京都内にあるのだろう。
極秘の軍用ウイルスがどうとかいう事態なのだから、首都である東京都内の施設に搬送されたのは理解できる。
しかし、自宅のある静岡から、随分と遠くに連れて来られたもんだ、とも思ってしまう。
オレは今十八歳で、一応まだ高校生だ。
夏休みとはいえ、予定にない一人での遠出だという事に、さらに不安を掻き立てられた。
オレだって、何度か東京に行った事くらいはある。
状況が違えば、面白がる事も出来たかもしれないが、こんな状況では不安が勝る。
エレベータから降りると、そこは『江戸の町』だった。
何を言ってるんだ、と思われるかもしれないが、他に表現のしようがない。
時代劇でよく目にする様な、『江戸の町』だ。
またも唖然として、オレの足が止まる。
知っている『江戸の町』との違いは、歩いている人間の姿形や服装だ。
「……コスプレイヤーだらけじゃん。」
和装の人の他に、西洋ファンタージー風の衣装を着た人達が道を歩いている。
侍や着物の女性に混じって歩いているエルフやドワーフ、なかなかにシュールな光景だ。
確認可能な範囲では、ほぼ全ての人がコスプレしている。
それも、かなり本格的なやつ。
ロボットドラゴンが置いてあった『謁見の間』の兵士の甲冑も、本物として十分通用しそうな出来映えだったが、人数はせいぜい二十名ほどだ。
しかし、ここには百人どこじゃない人数のコスプレイヤーが居る。
もしかしたら今は営業時間外で、オレの他に客が居らず、彼らは全員スタッフなのかもしれない。
何にしろ、多分ここは、江戸をテーマにしたゾーンなのだろう。
それにしても、広い。
日光に映画撮影用の江戸村があるが、こちらの方が比べ物にならないほど広い。
あちらは山や丘などで視界を上手く区切って広く見せていたが、最も長い場所でも200メートル程だった。
こちらは、見渡す限り全てが『江戸の町』で、数多くの商家や屋台に櫓、城や武家屋敷、河や橋といった物が見える。
数km以上あるのは間違いないだろう。
以前《江戸まるごとVR計画》みたいなタイトルの動画を見た事があるが、まるっきりあんな感じだ。
信じられない程の広大なスペース。
……いや、ちょっと待て。
さすがに、これほど広大なテーマパークの噂を聞いた事が無いのはおかしいな。
東京都も場末は結構田舎だ、と聞いた事はあるが、流石にこの広さの土地は余っていないだろう。
建設中で東京以外のもの、だとしてもこんなすごいテーマパークなら噂ぐらいにはなってる筈だ。
何かが、おかしいぞ。
もしかして、ウイルスの影響で記憶の一部が欠落していたりするんだろうか。
だから、このテーマパークの存在を覚えていないとか。
それに、今は真夏の筈なのに、Yシャツ一枚のこの姿で全然暑くない、ってのも変だ。
ちょっとまて、他にも『何か』わからないが、すごい違和感を感じるぞ。
なんだろう……?
オレは無性に『何か』が気になって、ジョニーがいる後方へと振り返った。
「どうです。なかなかの再現度でしょ。俺の後ろ側の方にあるのが江戸城。ここは日本橋というか、2017年でいうと東京駅付近になります。」
ジョニーは、頭の後ろで手を組んで退屈そうにしていた。
なるほど、ここは日本橋辺りという設定なのか。
「ホント、超凄いですね。凄過ぎです。」
そんな事よりも……そうだ!
つい今降りたばかりの筈のエレベータは、どこにあったんだろう?
すぐそこにあった筈だが、白い塀があるだけでエレベーターの入り口が見当たらない。
それどころか、上を見上げても天井が無いのだ。
やけに青い空、そして悠然と動く雲が見えるだけだ。
これは一体全体どういう事なのだろう。
オレは、ウイルスのせいで頭がどうにか……。
いや、またもあの、最新の科学技術を使った視角トリックなのかもしれない。
そもそも、エレベータに乗るときも突如エレベーターが現れたように見えたのだから。
今回も、本当にエレベーターがどこにあったのか、全く分からない。
実はここは室内で、見えているものの殆ど全てが、視角トリックを使ったものなのかもしれない。
広大に見える遠景も、壁や天井をスクリーンにした映像に過ぎないとか、ハリボテだったり……。
で、夏なのに涼しいのは、エアコンが効いてるだけ。
だとしたら、聞いた事がない程の物凄い技術ではあるが、辻褄は合う、のかな?
「よし、準備完了だな。じゃ、みんな演技止めて!ジンさんに説明始めるぞ!」
ジョニーが大声で指示をすると、今まで自然に動く通行人のようだった人達が全員、こちらに向かって歩いてきた。
ちょっとビックリしたが、これは想定の範囲内ってやつだ。
やはり、全員がここのスタッフだったのだろう。
集まったのは、総勢百名以上の団体さん。
これだけ人数がいるという事は、トリックでより広く見せているとしても、結構な規模だ。
団体さん達は非常にキビキビとした動きで、軍隊や学校の朝礼のように綺麗に整列して並んだ。
驚かす為というよりは、『スタッフは全員、貴方を重要人物として扱っています。』という演出の様にも思える。
当然ながら悪い気分はしないが、言い知れない恐怖も感じた。
これだけの人数を統率できる何者かが、オレの現状の背後にいるという事だからだ。