001 目覚めたら白い部屋
……チョコレート?
いや、多分これはココアの匂いだ。
眠っていた身体と感覚が、徐々に目を覚ましていく。
オレは真っ白なシーツに包まれ、これまた真っ白い部屋の、見慣れないパイプ製のベッドの上で寝ていたようだ。
よく病院で着せられるような、甚平型の寝巻きを着ている。
こんなものを着た記憶はない。
そういえば、オレは……。
《極秘の軍用ウイルス》とかいう物に感染した疑いを持たれて、どこかの病院に運ばれたのだった。
意識を失ったのは覚えているから、あの後で誰かにこの寝巻きを着せられたのだろう。
心配になってあちこち身体を擦ってみるが、どこにも痛みはない。
気分も悪くはない、というか中々に良い気分だ。
何が起こったのかイマイチ把握できていないが、おそらく、全てはもう無事に終わったのだ。
でなければ、こんなに意識がはっきりとはしていない筈だ。
思い返してみれば、病院に行く数日前から、食欲が無く時々頭がクラクラしていた。
暑さのせいだとばかり思っていたが、あれもウイルスの仕業だったのだろう。
少し安心したので、身体を起こして軽く伸びをし、もう一度周りを見渡してみる。
広さは十二畳ほどだろうか、窓が一つも無いだだっ広い部屋。
壁も天井もフローリングの床もいくつかあるドアも、全てがまるで作りたてのように真っ白だ。
その真っ白な部屋のど真ん中に、オレが寝ているベッドが置かれている。
ベットの横には銀色に輝くカートがあり、その上で白いカップに入ったココアが湯気を上げていた。
そのカートとベッドの他には、何もない。
エアコンも無いようだが、室温は非常に快適だった。
オレのスマホや財布は、一体どこに置いてあるのだろう。
そういえば、服も無い。
裸足で寝ているのに、靴もスリッパすらも無い。
点滴などの、良く病院にある治療用の器具も見当たらない。
また、少し不安になった。
通常こういう場合、ベッドにナースコール用のボタンがある筈だ。
ベッドの中を探ってみるが、見付からなかった。
状況から考えると隔離病棟の様な施設なのだろうが、何かが妙だ。
疑問は沢山あったが、裸足でこの床に降りるのもどうかと思う。
とりあえず、置いてあるココアを飲もう。
オレしかいないのに置いてあるんだから、多分オレのものだ。
無理矢理こんなとこに運ばれたのだ、ココアぐらい勝手に飲んだって良い筈だ。
ココア大好きなオレの横に、見えるように置いておく奴が悪い。
……ウマイなコレ!
濃厚なココアバターに、砂糖と大量の生クリームが加えられている様だ。
一般的なココアは乳化成分に粉乳、あるいは手の込んだものでも生乳を使用する。
それは大抵コストを優先した結果である。
しかし、このココアは生クリームを贅沢に使用している。
コストを度外視して味に拘った、なかなかに高級感あふれる逸品。
……などと、脳内でココアおたく的な品評をしていた時。
「どうです、お気に召して頂けましたでしょ。」
突然、後ろから声をかけられたので、びっくりして振り返った。
燕尾服というのだったか、結婚式の新郎が着る様な黒いスーツの若い男が立っていた。
年齢は20代の中頃だろうか、鋭い目つきを隠すように、薄い青色のサングラスを掛けている。
俳優のような整った顔立ちだが、無精ひげを生やし軽薄そうな表情をしている。
悪人という感じではないが、素行があまり良くなさそうなタイプだ。
手には、スーツケースのような黒い鞄を持っていた。
どう考えても、病院には似つかわしくない男だ。
「それ、結構ウマイですよね。」
男はニヤッと笑った。