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プロローグ

2017年8月


まだ午前中だというのに、室温計が示すのは三十二度。

今日もまた、嫌になるほど暑い。

六畳一間しかない自室の空気は、蜃気楼のように歪んでいる。

節約の為とはいえ、エアコンを使わず我慢するのは限界になってきた。

これでは折角の夏休みも、苦行にしかならない。

近年の日本は、猛暑という言葉を聞き飽きるほどに、暑い夏が続いている。

科学者に拠れば、『地球温暖化の影響』という事らしい。

『地球温暖化』ではなく、より正確に『大気構成変動』とするべきだろう。

これで冬が暖かいならまだ良いのだが、夏が暑く冬は寒いのだから。

そもそも、『温室効果ガス』なんていう呼び方が悪い、暖かくなる一方だと誤解してしまう。

寒暖の差が激しくなるって事は、『砂漠化』してるって事なのかもしれんだろ。

たんなる高校生のオレに、どうにかできるレベルの問題じゃないな。



ガリガリと梨味の棒アイスを貪りながら、そんな事を考えていた時だった。

突然、オレの見るもの全てが回転し、暗転するようにして意識が遠くなっていく。

意識が遠くなる、などというのは歯の治療中に経験した事があるだけだ。

オレは貧血で倒れるようなタイプではない。

おそらく、熱中症というやつだろう。

手足が思うように動かせず、少し痙攣しているようだ。

もしかすると、これは本当に危険な状態なのかもしれない。

脱水症状がかなり進んでいるのだろう。

こまめに水分を補給していたが、それ以上に汗が出ていた気がする。

しばらくすると少し治まったが、またも意識は徐々に遠くなっていき、視界が歪む。

オレは残っていたアイスを噛み砕いて、半ば強引に飲み込んだ。

意識が朦朧とする中、急いでエアコンの電源を入れる。

電気代がもったいない、とか言っている場合ではない。

ベッドへ移動しようと立ち上がってみたが、まずい、フラフラして倒れそうだ。


「これは、ヤバイ……。」


このまま気を失って床に倒れたら、怪我をするかもしれない。

ゆっくりとその場にしゃがみ込むが、意識はさらに遠くなっていく。

何とか、ベットの上まで移動しないと……。

確か、熱中症ってのは十分な水分と塩分を取って冷暗所にいないと、脱水症状になって……。

そんな事を考えながら、オレは体を引きずってベッドの方へと移動した。



目覚めると、部屋は薄紅色に染まっていた。

既に夕方なのだろう。

オレが倒れてから、六時間以上経過しているという事になる。

気を失った前後の事は良く覚えていないが、何とかベッド上まで這っていけた様だ。

なんとなくまだ意識が朦朧としているが、これなら動けそうだ。

脱水症状時は水分補給が重要だが、同時に塩分とミネラルを摂取しなくてはならない筈だ。

でないと、いわゆる水中毒のような状態になってしまいより脱水症状が進むらしい。

立ち上がって移動し、冷蔵庫から塩分を添加した野菜ジュースを取り出して飲んだ。

本来なら、経口補水液の様なものを摂取すべきなのだろうが、買いに行くほどの元気はない。

部屋は冷えているし、救急車を呼ぶほどではないだろう。

とはいえ、まだ少しフラフラするから、心配といえば心配だ。

もっと、身体を休めた方がいいのだろうが……。

ここ最近、暑さのせいだと思うが、ずっと食欲が無かった。

そうめん位しか食べた記憶がない。

今日はさらに食欲がない。

しかし、腹が減っては戦はできぬ。

買い溜めしてあったプロテイン入りゼリー飲料を、無理矢理胃に流し込む。

野菜ジュースも飲んだし、とりあえず必要なカロリーや栄養素は摂取できただろう。

とにかく、今日はエアコンを着けっぱなしにして、さっさと寝てしまう事にする。

もし、明日の朝なっても調子が悪かったら、近所の病院に行く。

そう決意すると、半分無意識にスマホのタイマーを朝の七時にセットした。

ベッドの薄い夏蒲団に潜り込むと、すぐに意識が朦朧としてきた。

やはり、あまり調子良くなってはいない様だ。



うつらうつらとしながら、明日行く事になるかもしれない、近所の病院の噂を思い出した。

兄達によると、その近所の病院の医者は、アメリカで軍事研究者をやっていたらしい。

その頃の報酬によって、自分の病院を建てる事が出来たのだという。

金を得る為に人を殺す事を躊躇しないエリート主義者、という話だった。

確かに軍事研究に関わっていたのなら、そういう人間の可能性もある。

時々近所で見かけるが、そうであってもおかしくないようなイメージの見た目だった。

しかし、能力は非常に優秀だという話だ。

ちゃんと診てくれるなら、人格よりも能力の方が重要だとも言える。

多分、兄達の嫉妬が、かなりの割合で入っているのだろうし。

とにかく明日の朝、あの医者に診てもらおう。

オレは布団に潜り込むと、すぐに眠ってしまった。



翌朝、目覚めると酷いインフルエンザのような症状になっていた。

これはもう、病院へ行くしかないだろう。

ふらつく体を無理やり動かして、百数十メートル先にある近所の病院に向かった。

何とか無事に、目的の病院に辿り着いた。

永遠とも思える診療の待ち時間を、なんとか耐え抜いたオレ。

ついに顔を合わせた医者が発した第一声は、それはもう衝撃的なものだった。


「今すぐ、知り合いの病院へ移送する。君がまだ生きているのが不思議だ。」


殆どオレを見てもいないのに、血相を変えてそう言い放ったのだ。

オレは意識が朦朧としている上に呆気に取られて、マトモに答える事も出来なかった。


「えっ?冗談ですよね……?」


呆然としている間に、いくつもの皮の紐のついたベッドに括り付けられた。

さらに、口を酸素マスクの様なもので覆われる。


「君は私が開発に関わった、極秘の軍用ウイルスに感染している。こうせざるを得ない。感染からすでに五日は経っている筈だ。助かる見込みは、限りなくゼロに近い。」


医者は一瞬、申し訳なさそうな顔をした。


「感染の経路は、ほぼ間違いなく、私のなんらかのミスだろう。こうでもしないと、君だけでなく、周辺の住民が、みんな感染して死ぬかもしれない。そういう事態だ。すまない。」


とんでもない事を言い出しているが、嘘とも思えない。

これで、オレの人生は終わりなのかもしれない、という事だ。

慌ただしくて、感慨にふける暇もない。

オレは酸素マスクで何かのガスを嗅がされて、さらに意識が遠くなった。

クロロホルムというやつなのか、別の麻酔薬のような物なのだろうか……。

そんな事を考えながら、完全に意識を失った。

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