夢が運んできた想い出はイヴの夜に実を結ぶ~クリプロ2017参加作品~
クリプロ2017参加作品
小さな男の子の体が砂浜の上をぐるりと転がった。何度も何度も転がって、ついには大の字になって空を仰ぎ見た。
「太一は弱いな」
そう言って、太一の顔を覗き込んだのは同じ年頃の女の子。更にその上から日焼けした真っ黒な顔が重なり、白い歯を見せた。
「でも、根性だけは認めてやるよ」
女の子の兄であるその少年はゆっくりと太一に手を差し伸べた…。
スマートフォンのアラーム音が鳴る。太一は体を起こしスマートフォンを手に取る。アラームを解除すると、そのままの姿勢で目を閉じて、今まで見ていた夢の内容を振り返る。そして苦笑した。
子供の頃、近所に住んでいた兄妹とよく遊んでいた。妹の方は太一と同じ年だった。その二つ上の兄とよく相撲を取った。海岸の砂浜で毎日何度も相撲を取った。夢に出てきた場面は兄妹と会った最後の場面だった。何度やっても勝てない太一に妹の方が声を掛けたのだ。
「ん? 待てよ…。あの後も美由紀は何か言っていたな…」
美由紀は妹の名だ。美由紀が何を言ったのか太一は思い出せなかった。勝てない悔しさでちゃんと聞いていなかったのだ。その日の夜、兄妹の家族は町から出て行った。あとから聞いた話だが、父親が事業に失敗して借金をこさえ、夜逃げしたのだとか…。
「まあ、いいや。でも、なんで今更あんな夢なんか…」
太一はベッドから抜け出すと、身支度もそこそこに家を出た。今日は本社から新しい上司が赴任して来る。遅刻するわけにはいかない。
太一がオフィスに到着するのと同時に始業時間を伝えるチャイムが鳴った。
「危ねぇ! ギリギリセーフだ」
ホッとしたのも束の間、部長から注意の声が飛んできた。
「こら! 小田切、こんな日くらい時間に余裕を持って出て来んか」
「すみません!」
太一は勢いで頭を下げた。そして、顔を上げると、部長の隣に居る女性がクスッと笑った。
「あれ、まさか、新しい上司って?」
「察しがいいな。今日付けで本社から赴任してきた樫本さんだ。歳はお前と一緒だが、本社で実績を上げてこちらへ赴任して来た。いいか、小田切! 年が一緒だからってなめるなよ」
「なめるだなんて、とんでもない。よろしく願いします」
太一はそう言って深々と頭を下げた。
太一と樫本は年末にオープンする店舗の改装工事に携わっていた。ところが歳の瀬だということもあって、内装の職人がなかなか確保できないのだ。このところ、毎日深夜まで工事が行われていた。そして、この日、12月23日を迎えていた。オープンまであと1週間。あと3日で内装工事を終えないと商品展示が間に合わない。床の仕上げを残したところで充分な職人の数が確保できていない。
「足りなければ増やせばいいのよ…」
確かに樫本の言う通りなのだが、それが居ないから太一は焦っているのだ。
「取り敢えず、ここに二人居るわ」
「えっ? どこに?」
辺りを見渡す太一をよそに、樫村は上着を脱いで腕まくりをして床材の箱を開けた。
「え~! 僕らでやるんですか?」
「さあ、貼るわよ」
そう言って、1枚塩ビタイルを貼って見せた。
「上手いもんですね。本社でもこんなことやっていたんですか?」
「普通のことだけやっていたって人より上には行けないの、分かるでしょう? だから、やれることは何でもやるの」
「若いのに苦労してきたんですね」
「苦労なんか子供のころから慣れているわ」
「えっ?」
「ううん、なんでもない」
二人は夜通し床貼り作業を続けた。その甲斐あって、朝には床貼りを終えた。
「なかなかやるじゃねぇか」
職人の親方が二人に缶コーヒーを差し出した。
「メリークリスマス! あとは任せな。これ飲んでしばらく休んでな」
「ああ、もうイヴなんだね。ありがとう。じゃあ、もうひと頑張りお願いします」
太一と樫本は缶コーヒーを持ってバックヤードへ下がった。既に、商品が運び込まれている。
「いや~、疲れた」
「相変わらずね」
「えっ? なにがですか?」
「太一は弱いな」
「えっ!」
太一の脳裏にあの時の風景が蘇って来る。
「太一は弱いな」
覗き込む女の子の顔。
「でも、根性だけは認めてやるよ」
真っ黒な顔から覗く白い歯。
「太一は弱いから、私がお嫁さんになってあげる」
「あっ! 思い出した!」
太一は樫村の顔を見る。穏やかな笑みを浮かべた樫村の顔と美由紀の顔がリンクする。
「主任の名前って、もしかして…」
「今頃気がついた?」
「名字が違ったから気がつかなかった」
「そうね。あの後、両親が離婚したの。私は母方に引き取られたから」
クリスマスイヴ。ウィンドウの外には多くのカップルが行き交う。二人の頑張りもあって内装工事は1日早く、この日の夜に完了した。あとを店舗スタッフに引き継いで、二人は現場を後にした。
「私ね、太一が同じ会社に居るのを社員名簿で知ったの。それで、約束を守りたくてこの町に戻って来たのよ。憶えてる? あの約束…」
「太一は弱いから、私がお嫁さんになってあげる」
そう言って、美由紀は太一のおでこにキスをした…。
メリークリスマス!