(1)RPGから始めた。(プロローグに代えて)
2016.06.17 大改正しました。
1月3日。
オレは正月休みの 暇潰しのために、昨年末に買ったゲームのパッケージを開いた。
昨年の5月1日に発売されたこのゲームは、チュートリアルとして作られたモノだ。それでも十分楽しめるというふれ込みだった。
それなのに、中々(少し謙遜)のゲーマーであることを自認するオレが、発売後半年以上たった年末になって、やっと購入した。
理由?
そうだな、コレがチュートリアだったから。いや違うな、それだけではない。
見知らぬ製作メーカだったこと。そして、そのジャンル。加えて悪意満載の噂も その一つだ。
発売当初、このゲームは中途半端なモノと評価されていたのだ。
これ等は全て、一般人の、ゲーマーではない部外者の評価だったのに、これに まんまと惑わされてしまったのだ。
それらの偏見に対して、オレの側にスキがあったことは否定出来ない。詳しく調べることもせずに放置していたのだから、言い訳の余地はない。
しかしながら、この作品は、発売後二週間にして コアなゲーマーの中で一気に評価が上がった。
愚かにも、オレはコレを見過ごしてしまったのだ。
結局、友人が ド嵌りして勧めて来るまで気付けなかった。
無念!
曰く、品質が非常に高く、丁寧で適切なチュートリアルでありながら、十分に堪能できる内容を持っている。
加えて、そのような仕様でありながら、未だにコンプリートした者が一人もいない。という、とんでもない内容だった。
チュートリアルを完済できないって どういうことだ。
詳細に調べると、この作品、作家さんが凄いのだ。日本指折りの、いや、世界でも一流どころが揃っている。
さすがのオレも、その錚々たるメンバーの名前を確認した時には、正直なところ少し引いた。
指揮をとっている者は匿名だったけれど、このチームを率いるのは大変だったろう。
いや本当に。癖の強い完璧主義者ばかりを集めているように見えたのは、きっとオレだけではなかっただろう。
なお、完成版は鋭意作成中らしい。
ハード、ソフト込みで二〇万円(税別)。なかなかの出費だった。
これには三組の入・出力端子があり、ディスクドライブも三つある。
本体一つで三人まで、別々に遊べるということなんだろうか。ならば、お買い得と見るべきなのかも知れない。
だが違っていた。
三人で遊べるのは正しいようだが、このソフトはDVD三枚を使う設計となっていた。大容量だからハードと一体にした。が正しいようだ。
完成版は別売りになるのだろうが、どれ程の設定容量を必要とするモノか、それを思うと何だかソラ怖ろしく感じる。
このゲームの特徴は、オンラインソフトなのに他者の介入を認めていないところだ。操作と記録容量だけを無限大にした、ソロプレイ用ソフト。という立ち位置なのだ。つまり、プレイヤーは自分自身が主人公になるわけだ。
とりあえず、スイッチ・オン。
まずは、っと。起動すると『ゲーム選択』の画面だ。
乙女ゲームとRPG。
乙女ゲームには吹き出しが付いていた。
「キャラクターの仕様を詳細に作成する場合には『乙女ゲーム』を選択してください。乙女ゲームの完成度によりキャラクタの性能が ほぼ決定致します」とあったが、オレは迷わずRPGを選んだ。
乙女ゲームなど やっていられるか、バカらしい。
アバターの作成。これも既存のキャラクターを使用することにした。まずは試験運用、というわけだ。
だが、オレは たった三時間で挫折した。いや、実質三十分弱か。
■■■
そう、RPGの画面は素晴らしかった。
このゲームは問題の起こったフルダイブ型VRのようなヘッドマウント型ではないが、付属のアイマスクと手袋を装着すると視覚・嗅覚と触覚を体感できる。聴覚は密閉型ヘッドホンだが、多分バランス感覚も これによっているのだろう。
動作は脳波検知方式、マスク内での発声を言語として出力するタイプではない。
アバターの動きも とても滑らかで全く違和感がないのだ。
それは、そう、本物よりも本物らしかった。
街中のNPCは まるで生きているように見えた。ソフトでAI機能を搭載している、と吹き出しで説明があった。
ふむ、確かにチュートリアルだ。
その『最初の街』を探索していたら、気付くと二時間近くも経っていた。
急いで初期付属の装備を整えて街から外に出ることにした。
「すげえ!」
目の前に広がるのは、まさにファンタジー。BGMがないので、環境を すごくリアルに感じられた。緩やかな空気の流れ、微かな風の音、鼻孔をくすぐる草と土の匂い、踏みしめた大地の感触、身体の重ささえ分かるようだ。
これで試作だなんて信じられない。呆然と立ち尽くしていて、またもや無駄な時間を費やしてしまった。
ふと見るとスライムがいた。水色の一般的なタイプで、高さは天辺のトンガリ部を除くと約八〇センチメートル、横幅は一メートルより少し大きいくらいだ。微妙に変形しながら 小さくジャンプして移動していた。
ああ、初期にレベルを上げるための定番モンスターだ。と思って、一発叩いた。
柔らかい感触が跳ね返ってくると共に、吹き出しのメッセージが表示された。
「技術及び力量が不足しています」
え? スライムってレベル上げ用じゃないのか。
そういえば自身のステータス画面を見ていなかったことに気付いた。
えっと、スキルは『叩く』しかない。レベルは……1か、初期だもんな。
あれこれしている間に、オレを無視して移動するスライムが目の端に見えた。
後で考えると、あまりにも理不尽であったと思うのだが、その時は無性に腹が立った。「舐められた」と感じたのだろうと思う。
オレは、スライムを追いかけて、叩いた、叩いた、叩いた……。
吹き出しは出ていなかったが、全く効いていない ということは 何となく分かった。
スライムがオレの方に向き直った。
何度も叩かれて腹がたったのだろう。まあ当然といえば当然だったのだが
まあ、これも 後から思ってのことなのだが。
オッ、やる気か。と身構えた瞬間、奴の触手が素早く伸びて、オレの身体に衝撃が走った。
ブラックアウト。
「ゲームオーバです。あなたは死亡しました」という吹き出しが 赤く点滅している枠内に表示された。ゲームは自動的に終了してしまった。
注意事項が表示された。
「本ゲームでは『セーブして選択肢をやり直す』ということはできません。途中退場する場合にのみ自動的にセーブされます。
なお、ゲーム中に死亡した場合、そのアバターは再使用できませんので ご注意ください」
あっけにとられて画面を見ていたら、いつの間にか後ろに立っていた妹に指摘された。
「キャラクターを造り込まないと、このゲームじゃ先に進めないらしいよ。
実際にやってた友人が言ってたから間違いないわ」
「ツ・ク・リ・コ・ム?」
茫然として 指摘されたのと同じ言葉を呟いたオレに、あきれたような声音の返事があった。
「そうよ。造り込んで、スキルを上げて、仲間を集めて、それからじゃないと外に出ても何もできないそうよ。速攻で死んじゃうんじゃない?
だって外じゃレベル1なんでしょ? 勝てる相手なんて いるわけないじゃない」
「……じゃ、乙女ゲームの出来が大切ってことか?」
「当然でしょうね、キャラ造りは乙女ゲームでするんでしょ?」
「……」
確かにそう書いてあった。
■■■
このゲームには個人運営の攻略ブログが思ったより多くあった。確かに妹の言う通り『造り込み』が大切、と言うより必須らしい。
しかし このゲーム、高価ながらも上々な売行きなのに、正規攻略本が 未だ一冊も発行されていない。それどころか、発売から もう半年以上過ぎているのに その予定さえない。
何とも妙な話しだと思っていたら、某ブログに「このゲームは あまりにも自由度が高すぎて、決まったルートが見つけられなかった」とあった。なるほど、そうなんだ。
でもさ、チュートリアルなんだよな、このゲーム。
だったら……完成版って、どんなシロモノになるんだろうか。
後で知ったことがある。いや、このゲームの攻略ブログに載っていたことなのだが、情報元は不明らしい。
入・出力端子が三組というのは、セーブを三つという可能性のことだ。つまり、三人のキャラを主人公に、関連付けて平行して遊べるという意味らしい。
確かに接続端子の近くに常時未接続になっているが『関連付け』のスイッチがあった。
オレも やろうとしたけれど、ダメだった。いや いや、同時に三つなんてオレには無理だったってことだ。
それぞれの時間経過と互いの関連性を調整し、個別にスキルを取得しなければならない、当然ステータスの調整も必要だ。その上で、キャラ毎にゲームを進めるなんて、とてもじゃないが出来るわけがなかったのだ。
ただ、これはオレだけではなかったようで、今まで誰も出来ていない『可能性』だけの話しらしい。
じゃ、そんな殆どゼロの可能性など載せないでほしい。
これは、三人でも遊べるが、関連付けも不可能ではない――出来るかもしれない。と言うのが正しいようだ。
どこかの勇者が挑戦すれば良いのだ。……ガンバレ!