こんにゃく破棄はさせませんっ!
私、ディルアーノ=シア=ハルトムーンは小国コルトネの王女である、ようは貴いお身分というやつだ。
しかし次期国王は第一王子のお兄様の役目であるしお兄様がいなくても私は次女なので女王にすらもなれない。
私に残された選択肢はこの国の貴族と結婚をするか他の国の王族に嫁ぐかのどちらかだった。
そして私が選んだのは後者、他の国に嫁ぐことだった。
我がコルトネ国からそう遠くない場所にある大国オーガルドへ私は嫁ぐことになった。
といっても正式に結婚が決まったのではなく婚約をしただけだ、お相手はオーガルド王国の第二王子、アルフレッド=デ=オーガルド様だ。
こんな大物とどうして婚約することができたのかはわからない。
この話はお父様が突然持ちかけてきたお話だからだ。
よくわからないままあれよあれよと準備が進み、私は単身オーガルドへと赴く事になった。
お父様のお話では、しばらく私をオーガルドで暮らさせて認めてもらい次第アルフレッド王子と結婚することになっていた。
これはこの国の言葉に慣れるためでもある、コルトネとオーガルドでは使っている言語が違う。
私はまさかオーガルドへ嫁ぐとは思ってもいなくてオーガルド語の勉強をしたことがなかった。
だが婚約話がきたせいで止むを得ずオーガルド語を覚えなくてはならないはめになったのだ。
しかし私は運動は好きでも勉学は苦手である、必要最低限の単語は覚えることはできたがそれ以上の勉強がなかなか進まない。
私は言葉が中途半端なままオーガルドへと嫁いだのであった。
そしてこの国に来てから一年、ようやく大分単語数が増えて、なんとか日常会話を話すことができるようになったのだがーー
「婚約を破棄するっ!!」
今日、私は突然オーガルドの王城へと呼び出されて王の間へと向かうとアルフレッド様の隣には一人の女性が涙を浮かべながらしがみついていた。
そしてアルフレッド様は私に宣言なさった。
この部屋にいる人達も何故か私を睨みつけている。
私何かしたかしら?
「こん……?」
だが、何と言ったのか聞き取れなかった。
アルフレッド様は剣の腕が立ち、勉学もよく出来るお方だ。
だが気持ちが高ぶると大変に早口になるためにアルフレッド様の言うことを半分くらいしか私には理解することができない。
私的にはこんにゃく好きと聞こえた。
どうしてこんな王の間でこんにゃくが好きなことを宣言するのだろうか。
もしかするとアルフレッド様にしがみついている子がこんにゃくが好きなのかもしれない。
私にはどちらなのか分からなかった。
「……何故そんな話を?」
「とぼけるな!貴様がコーネリアを階段から突き落としたのは調べがついてるんだぞ!」
アルフレッド様が隣にいる女性をぎゅっと抱きしめながら怒鳴る。
「えっと……?」
とぼけるな!までは聞き取れた。
その後はなんと言ったんだろうーー“貴様がこんにゃくを海藻から作ったのは調べがついてる!”かな?
またこんにゃくか。
そもそもこんにゃくの作り方なんて私知らないよ、王族としてのマナーの勉強と言語の勉強はやってもこんにゃくの作り方なんて知ってるわけーー
いや待てよ、確かこんにゃくは芋から作るとどこかで聞いたことがあるような気がする。
もしかするとアルフレッド様はこんにゃくが磯臭いから海藻から出来ていると考えているのかもしれない。
それにしても何故私がこんにゃくを作ったなどという話になったのだろうか。
「どこからそんな話が出てきましたか?身に覚えが全くないですよ」
「ふん、言い逃れはできんぞ。もう何人かの証言が出ているのだ。階段から突き落としただけではない、コーネリアにバケツで水をかけた、陰口を言い続けたそうだな。私のコーネリアをここまで虐げるとは貴様は断罪に値する!」
こんにゃくでバケツを満たした!?海藻を追い続けた!?私のこんにゃくをここまで虐げるとは断罪に値する!?
アルフレッド様どれだけこんにゃく好きなのよ!?
バケツいっぱいになるくらいこんにゃくを食べたいのかしら、流石に匂いでむせると思うのだけれども。
これがこんにゃく愛の成せる技というやつかしら。
「アルフレッド様がどれだけ(こんにゃくを)愛しているかは分かったです。でも、私は(こんにゃくを)そこまで好きなわけでもないしやる理由もないです」
「な……いくら政略結婚でも言ってもいいことと悪いことがあるぞ!」
いくら精製?今度はいくら!?
いくらに至っては作るもんじゃないでしょう、あれは取るものだ。
確かサケとかいう魚の卵だったはず。
というかこんにゃく好きじゃなかったのか、まぁ海鮮類が好きなんだろう。
だが私はこんにゃくもいくらも好きではないのだ、むしろお魚はムニエルが大好きなのだ。
「そもそも私がそれを、やる時間ないです。この国来てからずっと勉強、言葉もマナーも。他のことやってる暇ないです。先生に聞けば勉強やってるのすぐわかる」
「ではコーネリアが嘘をついているとでも言いたいのか!」
こんにゃくが嘘をついているとでも言いたいのか?
知らないよ、こんにゃくの言葉なんて私には聞こえないよ。
どうしてそんなにこんにゃくに執着なさるんだ、まさか初めての体験がこんにゃくだったとか?
こんにゃくでアレをすます男の人もいると聞いたことがある。
もしそうならこんにゃくに私が負けたみたいで悔しい。
普段は温和な私の胸にも怒りの火がついた。
「そこまで言うならもう私知りませんっ!それだけアルフレッド様がこんにゃく好きならこんにゃく食い続けたらいいです!こんにゃくそんなに好きじゃない!」
「こん……?え、こんにゃく?」
アルフレッド様がポカンとした顔になりました。
ついでに言えば他の人達も訳がわからないよとでも言いたげな顔です。
私何か間違った事を言ってしまったのだろうか。
それでも火がついた私は止まれなかった、出来ることなら母国語でたくさん言ってやりたいことはあるけども語彙の乏しいオーガルド語では言い切れない。
それでも私は言ってやる。
「こんにゃくを作っただのこんにゃくがバケツいっぱい食べたいとか知らないです!コックに言ってください!このこんにゃく野郎!」
言ってやったよ、こんにゃく野郎と。
何人かの大臣が吹き出した、たとえ断罪されても構わない、こんにゃく王子として名を馳せるがいい。
「待て、待つんだディー。凄い話が食い違ってる気がするんだが!?それにこんにゃく野郎!?ディーはそんな事を言う性格だったか!?」
アルフレッド様が何やら困惑していた。
怒った私は一味違うのです、それも普通のこんにゃくと糸こんにゃくくらいには。
だがアルフレッド様の言う食い違いとは何だろう?
もしかしてこんにゃくではないーーとなるとやはりいくら、いくらなのか!
「じゃあいくらですか?いくらを食べたいんですね?それなら手が真っ赤になるまで食っとけばいいです!」
「いくら!?どこからいくらが出てきたんだ!?さっきまで何を聞いていたんだ!?」
「もう知らないですーー!!こんにゃくに心を売り払ったアルフレッド様は人じゃない!こんにゃくです!」
泣いて逃げ出そうかと考えていたその時、玉座の方から笑い声が響いてきた、玉座に座っていた王様だ。
王様は笑いをなんとかこらえながら私達に声をかけてきた。
爆笑一歩手前、みたいな顔である。
「ふ、ぐふっ、ふふっ、もしかしたら、もしかしなくてもディアルーノは婚約をこんにゃくと間違えたんじゃないか?まだディアルーノは言葉に不慣れであるしアルフは凄い早口だったからなぁ。いやアルフじゃなかったな、こんにゃくだったな」
「婚約破棄をこんにゃく好きと間違えた?いやそんなバカな……」
アルフレッド様の言葉は今度はしっかりと聞き取れた。
婚約……破棄?
頭の中で言葉を並べてその意味を理解する。
「うぇぇっ!?私そんな大事な話してたの!?な、なんでそんな話に!?」
王の間に呼び出されるから大事ではあると思っていたがまさか私の婚約に関わる話だったとは、道理で途中から話が変だと思った。
だがどうしよう、すごく失礼なことを言ってしまった、面と向かってこんにゃく野郎って言ってしまった。
それにもしかしてアルフレッド様の隣にいる女性に失礼な事でもしてしまったのだろうか。
赤くなった顔がどんどん青くなっていくのが分かる。
慌てふためくそんな私をアルフレッド様は可哀想な子を見るかのような目をしていた。
そりゃそうだ、婚約とこんにゃくを聞き間違えるなんて可哀想な子でしかないよ。
プルプルと震える私にアルフレッド様はため息を吐かれた。
先ほどまでかんかんに怒っていたが今のアルフレッド様は一周して落ち着いていらっしゃる。
「なんかディーを見てると凄い不毛なやりとりをしてる気がしてきた。よくよく考えればディーがそんなことをやるはずもなかったな。すまんディー、一旦この話はなしだ。もう一度取り調べてみる」
「ど、どうしよう!?こんにゃく作ったら許してくれますですか!?」
「頼むからこんにゃくから離れてくれっ!」
そういえばアルフレッド様の隣にいる女性もなんだか顔が真っ青になっている気が……。
それから数日もしないうちに私の冤罪が証明されました。
どうやらアルフレッド様の隣にいた女性、コーネリアさんは私に代わってアルフレッド様に取り入ろうと城の者達を買収したり、色目を使っていたそうです。
また丹念な取り調べの元、コーネリアさんの家が税金の横領などをしていたことも発覚しコーネリアさんの家は領地取り上げの上、平民に降格させられコーネリアさん自身は修道院へと入れられたとか。
アルフレッド様は私に誠心誠意をつくして謝ってくれたのでもう怒っていません。
それにこんにゃくにアルフレッド様を取られるくらいなら相手が人間なだけマシです。
簡単に浮気されてそんなに魅力がなかっただろうかと落ち込みましたが言葉もうまく通じないようでは仕方ないです。
けど少しくらいなら鬱憤を晴らしてもいいと思うのです。
あの事件があった後一週間ほど王様に許可をもらって私はアルフレッド様に仕返しをやってます。
「ディ、ディー、もう許してくれ。もうこんにゃくは見たくもないんだ」
青い顔で首をふるふると横に振るアルフレッド様、そんな彼を私は満面の笑みで追い詰めます。
「いいえダメです!あと三日間は朝昼晩とこんにゃく尽くしです!王様にも一週間のこんにゃく尽くしの刑に処すことを許してもらってるです!ほら口を開けてくださいっ!」
「やめてくれぇぇぇぇ!!!」
アルフレッド様の口にずっぽりこんにゃくを突っ込んだ。
こっそり捨てようとしても無駄です、私が直々に食べさせてあげますから。
絶対こんにゃく破棄はさせませんよ!
こんにゃくの作り方
①こんにゃく芋をすり、水に入れます
②すったこんにゃく芋を糸が引き照りが出てくるまで練ります
③凝固剤を水に入れて凝固剤水溶液作ります
④それを練ったこんにゃく芋に混ぜてさらに混ぜます
⑤型に入れて形を整え20分くらい放置
⑥沸騰した湯に型から取り出したこんにゃくを入れ40分くらい茹でます
完成です。
もしよろしかったらご自宅でもこんにゃく作ってみてください。
※細かいところは省略しているので実際にお作りになる際はちゃんとしたHPをご参考にください