導かれる真実
ローデリアが住んでいた建物、それはどちらかと言うと、家ではなく小屋だった。山小屋によくある造りで、中は部屋が二つほどしかないだろう。ミーアはずんずんと進み、そのドアを開けた。誰も住んでいないのに、鍵もかかっていないようだ。
中に入ると、埃っぽさ独特のムッとした空気が押し寄せた。「出て行ったときのまんまだわ」と窓が開けられ、それでやっと息がしやすくなる。簡素で固いベッドと石の机。浴室は湯船が無く、洗い場のみだった。壁に添えつけられた木の棚には、汚れた本が数冊。
「ここに、住んでいたと……?」
「ええ。母親が病に倒れた、八歳の時からずっと」
領民だって、もっといい部屋に住んでいるのではないか。そう言おうとした言葉をどうにか飲み込んだ。ミーアが渇いた声で、話を続けた。
「ローデリア様は此処に住み、世話をする一人の侍女意外と接触することなど殆どありませんでした」
「しかし、それでは、碌な教育も……」
「そもそもローデリア様は、最低限の教育しか受けておりませんから。国王様は、ローデリア様には教育は必要ないとの御考えでした」
「必要ない?」
「ローデリア様の母君は、元々庶民の出です。国王はその美貌は愛していたようですけれど、下賤な血は必要としていませんでした」
「そのように思っていたのなら、何故ローデリアが俺との結婚を望んだとき、許可をだしたんだ」
「望んだとき?」
問い返したミーアの瞳は冷たかった。
「アレイズ様、貴方いまだに、ローデリア様が貴方を望んだと思っているの?」
ひゅうと、身が凍る音がした。
すぐにアレイズは、父親の屋敷に馬車を走らせた。顔は青ざめ、心の臓は大きく音を立てていた。多くの感情が入り混じり、高ぶって汗が滲んだ。父親の言葉いかんでは、自分のこの半年の行いが、大きな罪になる――――、そう思いながら、しかしきっとそうなるという確信もあって、逃げ出したいとさえ思った。こんな気分になったのは初めてだった。
王都にある父親の屋敷に着いたとき父は留守で、古くからノーベラルト侯爵家に仕える執事のボロネイが、侯爵は友人との晩餐会に出かけていると教えてくれた。アレイズが騎士になる前は社交シーズンに住んでいた屋敷ということもあり、勝手知ったる場所とばかりに応接室に入り込み、椅子に腰掛けて帰りを待った。
父親の帰りは遅く、帰ってきたときには皺の増えた顔を赤くして酔っぱらっているようだった。機嫌良く笑いながら、突然やってきたアレイズに陽気な言葉を向けた。
「やあどうした、ローデリアの体調はどうだい?」
妻が体調不良で寝込んでいる、ということだけを、表向きは伝えてあった。まさか自殺未遂をしたなどとは言えなかったからだ。その事実を知っているのは、屋敷の使用人でも数人だけだった。
「父上、お尋ねしたいことが」
アレイズの出す冷たい声に気がついたらしく、父親の顔から笑顔は消えた。どうした、何かあったのか。威厳ある侯爵らしく、口調も改まる。
「ローデリアが、どうしても私と結婚したいと強く望んだ、と父上はおっしゃっていましたよね」
「あ? なんだ、そんな話をいきなり。それがどうした」
「それは、本当ですか」
父親をこれでもかと言う位に睨みつけて聞くと、その視線を受け、煩わしそうに溜息を吐いた侯爵は、あろうことか“意外に長くばれなかったなあ”とのんきに呟いた。その言葉に耳を疑う。
「もっと早くローデリアから真実を知ると思っていたからね、この頃は逆に、一生ばれないんじゃないかと思っていたところだ」
「それは……っ」
「ああ嘘だとも。私が王にお頼みしたのさ。初めは第四王女をと申し出たのだが、王は第三王女ならばとおっしゃってね。母親が庶子なのは嫌だったが、高貴な王の血が入っていることを考えたら、何も問題あるまい?」
「問題が無いだと!」
「無いとも。国王は、第三王女の事を貰いうけてくれるならば、これからの我が家の盛隆も約束してくれた。どうやらあまりローデリア様のことは好いていなかったようでね。王宮から追い出せるならと喜んでくれたよ」
一気に頭に血が上り、アレイズは持っていたグラスを放り投げた。鋭い音がして、ガラスの割れる音が響く。それをちらりと横目で見ながら、侯爵は肩をすくめた。
「今更怒ったことで何か変わるか? そもそも私は最初に言っておいたはずだ。あんな家の娘との結婚は認めないとね」
「あの時、功績をあげれば認めると言ったのは、嘘だったのか」
「勿論嘘だとも。大体、お前がティーゼ嬢と結婚したいと言い出すのが悪いのだ。ドミナント家などというのはまだ爵位を貰ってから一、二代しか経っていないし、そもそもあの家は爵位だって、他人のおこぼれでもらったような下賤な家系だぞ。認めるわけがなかろうが」
「なんていうことを……っ」
「なんとでも言うがよい。もうローデリアと結婚してしまったのだし、今更騒ぎたてた所でどうにもならんだろうに」
それ以上父親と会話をしていては斬りかかってしまいそうで、アレイズは怒りを震える手に納め、父の屋敷を後にした。家に戻る馬車の中、父親に対する今にも噴火しそうな怒りと、ティーゼに対する愛と、そしてローデリアに対する罪悪感が、心の中に浮かんでは沈んで行った。
気づくタイミングはいくつもあったはずだ。侍女が一人しかいなかったことも、たった三台の馬車で家にやってきたことも、刺繍があんなにも下手だったことも、夜会で国王がローデリアに声を掛けなかったことも。ローデリアはどれだけアレイズが冷たくしても文句一つ言わず、怒りの表情も浮かべなかった。彼女は何を思っていたのだろう。
王宮で孤独に過ごし、好きでも無い男に嫁がされ、その男から言われも無い罪で中傷を受け続けて、何を考えていたのだろう。
――――自害しようとするほどまで、追い詰めた。