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望まない結婚  作者: 小鶴
第一章
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王宮の夜会②

「祝辞が遅れましたけれど、ご結婚おめでとうございました。五人を代表して申し上げますわ」


 システィナ嬢の強烈な一言で、会話の火蓋が切られた。ローデリアは咄嗟に扇を広げ、自分の顔半分を隠す。今から自分がどのように言われるか分かっていたからだ。自分の中に巻き起こりそうなどの感情も、顔に出す訳にはいかない。


「ありがとうございます」


 言葉を返しながら頭だけで小さなお辞儀をする。その口調が気に入らなかったのか、何が嫌だったのかは分からないが、少女たちは眉を吊り上げた。


「驚いた、白々しいのね!」


 黄色のドレスを着たステイが、信じられないわと目を見開きながら周りに同意を求めた。何のことかしら、と目元に微笑みを持たせる。


「いやだ、惚けていらっしゃるの?」

「社交界では貴方の噂でもちきりなのに」

「噂は本当だったのね。貴方、我儘娘なのでしょう」


 しかし勿論、少女たちの攻撃は続いた。我儘娘。社交界の噂になど疎いローデリアは、その言葉が自分を指していることに一瞬気がつけず、理解した後に下唇を噛んだ。そんな呼ばれ方をしていた等、気が付きもしなかった。いつからそんな風に呼ばれ出したのだろう。結婚してからだろうか。持っているお金をつぎ込んで、教師を雇ったのがいけなかったのかもしれない。結婚した娘がそんなものにお金を掛けるのは、よくなかったのかもしれない。


「その服もきっと、おねだりしてアレイズ様に無理矢理買わせたのでしょう?」


 落ち込み降下していく気持ちの中で、耳に入った言葉に“違う”と言い掛けて、ローデリアはすんでのところで言葉を飲み込んだ。 今此処で違うと否定してしまったら、アレイズが服も買ってくれない夫だと公然と批判するに等しい。しかし買ってもらったわけではなく、不用意に嘘をつく訳にもいかない。く、と黙り込んだローデリアに何を思ったのか、ほらやっぱりね、と少女たちはくすくす笑った。

 義姉妹さまたちにそっくり。

 ローデリアは思った。彼女たちはローデリアが何かするたびに、その分不相応さに笑い、ローデリアを貶した。出自の悪さから貶されて当然と雖も、その小鳥が鳴くような笑い声にはいつだって傷ついた。


「それで、“略奪”した気分はどう?」


 海のような青いドレスを着たレイクリーが聞いた。続けてまた、少女たちが鳥の合唱のように話しだす。


「本当、第三王女の我儘は昔から有名だったけれど」

「まさか、恋人のいる男をねだって」

「自分の夫にしてしまうんだものびっくりよね」

「他の三人の王女たちとは大違い!」


 何それ。知らない。

 その根も葉もない噂に息が止まりそうになるのをどうにか耐えて、浅く息を吐きだした。私とアレイズの結婚は、そんな風に私が希望したことになっているのか。どうして、とは思いながらも、しかし何故、とは思わなかった。誰がそんなことを言いだしたのかは、検討がつく。

 目だけでこっそりと父王を盗み見る。厄介払い、と言ったのはミーアだったか。きっとローデリアがねだったことにして、王宮から追い出したかったに違いない。

 返事も反論も返すことはできなかった。自分の言うことを信じてくれる人などいやしないのだから。

 くすくす、くすくす。少女たちの笑い声は頭に響いた。


「口がきけなくなったの?」

「最低な人ね」

「どうして同じように育って、姉妹でこうも違うのかしら」


 さざめく言葉たちが、次々と襲いかかってくる。

 聞き流せばいいと思いたいのに、次の言葉はひゅうと心に飛び込んできた。


「人を、不幸にして楽しいですか」


 今まで一言も発していない、ティーゼの声だった。ローデリアを強く睨みつけているというのに、瞳には涙の膜がはり、そこにある炎がゆらゆらと燃えていた。

 楽しい訳がないじゃない。思わず叫び出したくなるのを、ぐっと堪える。扇を持つ手に力が入った。


「私、失礼しますわね。貴女方のような美しいお嬢様方を、一人占めにしては殿方に怒られてしまいますもの」


 口から絞り出すようにそう言うと、背中を向けて早足にその場を立ち去った。あの状況から、どうせ誰もローデリアを助けてくれないことは分かっている。周りの人間は皆、彼女に投げかけられるあからさまな不敬の言葉を、知らぬふりをして耳だけを向けていた。それは皆が思っていることを明確に示していた。ローデリアは我儘な娘。夫に金を使わせる女。

そしてなにより、ティーゼのあの泣きそうな瞳に、心が痛んだ。


 そそくさと逃げてきたものの、移動したとしてどこか行きたい場所がある訳も無く、ローデリアは仕方なく広い会場を歩きながら、少女たちから離れることに専念した。人混みを器用に避けながら、なるべく扇で顔を隠す。こんなにも人がいるのに、味方が一人もいない人間も珍しいものだ。こんな女を妻にして、アレイズも苦労していることだろう。自分のことなのに他人事のようにそう思えた。





 屋敷に帰ってくるとあれよあれよと言う間に服を脱がされ湯あみをさせられ、柔らかな生地の夜着に着替えさせられて、そのままベッドに倒れ込んだ。不在の間に家女中によって整えられた部屋とベッドは、清潔で乱れが無い。


「お疲れ様でございました」


 ミーアの労わり声が耳に入る。あんなに無遠慮だったはずのミーアは、今ではすっかりと優秀な侍女になり変わっていた。それはいいことなのに、何故だか今は、憎らしい。前のようにくだらないことも悪態も、なんでもぽんぽん話してくれていれば気がまぎれるのに。

 小さく溜息を吐くと、脱いだドレスを片付け終わったのか被服室から出てきたアリーに言い付けた。


「アリー、こんな時間に悪いのだけれど、温かい飲み物を貰える?」

「勿論です。今、お持ちいたします」


 頭がぐるぐると回っていた。今日は粗相なく夜会を終えられたのか、それを考えながら眠りにつこうと思っていたのに、思いがけない邂逅でそれを考える余裕が無かった。直ぐにアリーが持ってきてくれた優しい味わいの紅茶を、ちいさく飲み込む。


「アリー、今日のドレス、とても素敵だったわ。あなたのおかげね」

「……いいえ。ローデリア様の刺繍が見事だったのでございます」

「まさか。私、刺繍の腕は無いの。近くで見たら、きっと他の人のものよりも汚いでしょう」

「そんなことはございません。ローデリア様の刺繍は、職人にもひけをとりません」

「……ありがとうアリー。優しいわね」


 褒められる会話に慣れられず、そこで会話を打ち切った。屋敷の使用人たちは、裏で何と言っていようと、ローデリアの前ではきちんと仕えてくれた。それだけで、幸せなことだ。


「ローデリア様」

「何?」

「聞いてもよろしいでしょうか」


 会話を打ち切ったばかりのアリーが再び口を開いたことに驚きながら、もちろんいいわと返事をした。使用人から話しかけられるなど、中々無いことだ。


「ローデリア様は、生涯をアレイズ様と添い遂げる気ですか」

「アリー!何てことを」

「いいのよミーア」


 聞かれた内容に面喰ったけれども、なるほど彼女の立場を考えたら聞きたくなるのも仕方が無いことなのかも知れなかった。前から侯爵家に仕えていた人間として、アレイズが嫌っているローデリアの侍女を一生続けていくのは嫌だろうし、何よりこれほどまでに嫌われているのだから、婚姻関係を継続させたいと思う方が疑問なのかもしれない。

 ローデリアはもう一口お茶を口に含むと、ゆっくりと飲み込んでから口を開いた。


「そうね。この国では、一度婚姻を結んだら、そこから離縁するのはとても難しいし、そう言う意味では、添い遂げる可能性が高いわ」

「そう、ですか」

「あ、でも、ええ、きっと、私たちは離縁するから、安心して頂戴ね」

「え?」

「御兄様たちは、私のことを好いていないから、不謹慎だけれど国王様が崩御なさった後、国に貢献してくださっているアレイズ様が離縁したいと言えば、直ぐに許可が出ると思うの。本当はすぐに私が居なくなるのが一番いいのだと思っているのだけれど、私、この家を出たら行くところがなくて――――」

「ローデリア様!それ以上はおやめ下さい」


 アリーを励ます様に、自分がいつかは居なくなることを説明していると、それを大声で遮ったのはミーアだった。半ば怒ったような顔で、「そのようなことをおっしゃるものではありません、ご自愛ください」と睨みつけている。久しぶりに見たミーアの怒り顔だった。

 ごめんなさいもう言わないわ、そう謝った後に、自分の口から出た言葉を反芻した。アリーを安心させようと出てきた適当な言葉だったが、意外にも的を射ていた。けれどきっと、父王の崩御など遠いに違いない。そうなると、私がてっとりばやく此処から居なくなれたらよいのだけれど。

 そう思って、ふとローデリアの頭に、王宮を出る日に国王と話した時の事を思い出した。そう言えば、と記憶を辿る。“もしもの時”に備えてと渡されていたものがあったのだ。

 すっと降りてきたその考えに、どうして思いつかなかったのだろうと自身に驚いていた。

 もっと前に思いついていれば、アレイズ様に恥をかかせないようにと様々な努力をする必要もなかったのに。


その思い付きは、すうっとローデリアの心に馴染んだ。


 多少の逡巡はあったものの、アレイズの怒りに満ちた顔と、ティーゼの涙のこぼれ落ちそうな瞳を思い出して、その迷いも消えた。どうせ私は、いらない人間なのだ。

 そっと、不自然にならないように口を開く。


「ねえ、ミーア」

「はい」

「実はこの頃、あまり体調がよくなくて。明日お医者様を呼んできて貰えないかしら」

「はい、分かりました」


 よろしくね、と言ってベッドに潜り込むと、侍女たちは音も無く部屋を出て行った。明かりの消えた闇の部屋で、静かに目をつぶり、自分の呼吸音に耳を傾ける。


 これなら、もう人を不幸にしなくてすむ。


 その気持ちが、ローザリアを心地良い眠りへと誘った。



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