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アルジェントがそれに気づいたのは数日経った後だった。
「……何かあったんですか?ヴェラお嬢様」
「え!?」
ヴェラは驚きに目を見張って、口をあんぐりと開け、アルジェントを見た。
「……何ですか?そんなに俺が喋ったことがおかしいですか?」
「ええ!だって、アルから私に話しかけることってそうそうないじゃない!というか、あなたが私の話に反応すること自体稀なんだから!!」
アルジェントはグッと言葉に詰まった。
ヴェラが言うことは誇張も何もない、紛れも無い事実だった。
しかし、毎日やってくる少々(いや、かなり)騒がしい客人の心配をするくらいには人の心が残っていたらしい。
ここ数日のヴェラの様子はおかしい。
いつもより騒がしいのだ。
但し、その騒がしさは無理をして元気に見せているといったようなものだ。
最初はいつもよりうるさいな、といつも通りBGMのごとくヴェラの話を聞き流していたアルジェントだったが、数日それが続くとさすがにおかしいと思い始めた。
これまでの様子から勘違いされているかもしれないが、アルジェントはヴェラのことが嫌いではない。
元々人付き合いが不得手なアルジェント。
その彼に自分から好んで近づいてくるような者などヴェラくらいしかいなかった。
彼女がいなければアルジェントはほんの少しの客と事務的なやり取りをして、それ以外はたった一人で過ごしていただろう。
現に彼女のいない春、夏、秋はそう過ごしている。
アルジェントは一人でない空間――――ヴェラがいる空間がそれなりに心地よいと思っていた。
つまり、毎日などという頻度ではなく、そしてもう少しおとなしくしていてくれれば、茶菓子を用意してもいいと思う程度には歓迎しているのだ。
恥ずかしい上、なんだか悔しいので絶対に言わないが。
「……で、どうしたんです?」
自分にとって都合の悪い色々を咳払いで誤魔化し、アルジェントは真面目な顔をして(傍から見ればいつも通りの無表情だが)ヴェラに問いかけた。
それにヴェラはキョトンとした後、頬を少し赤らめて本当に嬉しそうにはにかんだ。
「心配してくれてありがとう、アル。元気が出たわ」
ヴェラはとても機嫌がよさそうにニコニコと笑った。
しかし、それはアルジェントの問いの答えではなかった。
アルジェントはヴェラをじっと見続けたが、彼女はニコニコと笑うのみ。
どうやら答えるつもりはないらしい。
アルジェントは溜息を吐いた。
「アル、最近溜息多いわね。幸せが逃げてしまうわよ?」
「誰のせいですか、誰の。……まあ、言いたくなったら話して下さい」
いつも通り聞くだけ聞いてあげますから。
そう言ったアルジェントにヴェラは満面の笑みで頷いた。
◇ ◇ ◇
「バイバイ。また明日ねアル」
(明日も来るのか、やっぱり)
もはや癖になりそうな溜息をつこうとしたアルジェントだが今日のヴェラの様子を思い出し、それを飲み込んだ。
ヴェラと使用人の後姿をしばらく見つめた後、家の中に入った。
(本当に何があったんだか……)
いつも能天気で元気な者の様子がおかしいと調子が狂う。
ぜひとも早く復活してほしいと思う。
アルジェントはそう願った。
彼女に様子がおかしかった理由を知ったのは、それからすぐのことだった。
ありがとうございました。