みんな大好きハンバーグ
「いらっしゃいませ~」
今、私たち三人は施設内のコンビニにいた。
自分達が得たポイントと施設内の物価がどのような按配かを確認しに来たのだった。
「本当に何でも置いてあるんだな」
自分達が今まで生活していた環境では、日常雑貨などしか置いてなかったコンビニだけど
ここのコンビニは食料制限以前のコンビニを再現しているらしく品数や設備が段違いだった。
雑誌などの本、コピー機やコンサートチケットなどを取るための端末。
そして、食料品やチョコレートなどのお菓子類、飲み物も色んな種類が陳列されていてなんだか華やかだ。
「名前に偽りなしだね…」
店内にあるパッケージされた食品を手に取り値段や重さ、はたまた裏面印刷を確認したり、落ち着きのない様子の佐伯さん。
なんだかうれしそう。
私も見慣れない商品を手に取ったりして、コンビニというものを産まれて初めて楽しんでいた。
店内というと入り口となる自動ドアを抜けて右側を進んでいくと、雑誌や漫画のコーナーがあった。
ここでは雑誌や漫画は表現規制が非常にゆるくなっている様で、食に関する情報や政府に対する批評の文字などが表紙からでも確認できた。
表現規制のゆるさに感心していると、雑誌コーナーのラストを飾るエリアに女性の肌色成分大目の雑誌が所狭しと並べられていることに気づいた。
以前のコンビニを再現するっていってもこういう男性向け商品は必要なのかねぇ?
私が施設内で出会った人間は9割がた女性で、男性は講師陣くらいなもんだ。
ここでやる気なさそうに店番をしている店員も女性だし、仮に講師陣が買いに来ても気まずそうなものだけど。
それともこの本に見えるものは外見だけ似せたオブジェだったりするのだろうか。
考えていても仕方ない中身を確認するしかないな。
雑誌の端を恐る恐る捲っていく。
やはり肌色成分大目の画像がこれでもか、これでもかと掲載されていた。
私はこれは教育によくないなと憤慨しながら雑誌のページを捲っていった。
よくない、これはよくないよ…うわ!?この子大胆だなぁ。
ポンッ
ふいに肩を叩かれる。
「ヒッ!」
「そんな真剣な顔でなに見てんだ?あかり」
彩さんが不思議そうな顔でこちらを見つめていた。
あわてて雑誌を背中側に隠す。
「料理の戦略書…かな?」
「おお。やる気満々じゃん。内容が使えそうだったらさ、それをポイントで交換するのもいいかもな」
「そ、そうかもね。あ、でもさ他の商品も見ておかないと!なんたって3000ポイントしかないからね」
「確かにそれもいえてるな。他の商品も一緒に見ておこうぜ」
必死にごまかし、彩さんを先行させその隙に雑誌を元の位置に戻しておく。
多分ばれずに済んだであろう。
気を取り直し、本来の目的を達成せねば。
彩さんと調理に役立ちそうなものは手に取り、値段を調べメモっていった。
食材であったり、調理器具だったり、店舗内にないものはカタログで頼むことも可能らしく
カタログを一枚手にし、これで大体の目標は達成できたと思う。
「30ポイントになります」
「はい」
入り口で分かれた佐伯さんがレジカウンターの前にいた。
何かを交換したようだ。
うん?あるぇーポイントつかちゃったの佐伯さん??
「エヘッ。買っちゃった」
屈託のない笑顔でレジ袋を掲げる。
「実際にポイントを使ったらどんな感じか知りたくて。みんなの分も買ったから一緒に食べよ?」
悪気はないのだろうし、ポイントでもらえる対価を実際に体験することで今後のやる気に繋がるかもしれない。
ここは何も言わないで置こう。
「うん。ありがとう」
「おう」
レジ袋に入っていたチョコアイスを手に取り3人で食べながら帰途についた。
住居
「コンビニにある商品の物価はわかったけどさ、実際ポイントどうするよ?」
「いま三人で2970ポイントあるけどさ、私はこれで食材を買って料理を実際に作るのがいいと思う。実力をつけるのが脱出の早道だと思うな」
私はこれが正攻法だと思う。3人の総合力を上げてフードバトルに買ってポイントを貯めて仲良く3人で自由を勝ち取る。
「私はそれに調理器具を買うのもありかなって…」
「調理器具?包丁とか基本的なものだけで十分じゃないかな」
「確かに。あかりがあんだけうまいこと扱えていたし、俺はあれがあれば十分そうに思えたけどな」
「ううん。あかりちゃんは特別。私たちと同年代、ううん、大人でもあんなに包丁扱える人なんてなかなかいないでしょ。私たちはもっと包丁以外にも楽に調理できる術や道具を手に入れるべきだと思うな。例えばこれとか」
佐伯さんはコンビニにあったカタログを開き、ある商品を指差す。
「ピーラー?皮むき器のことか。これに頼っちゃって良いのかね。包丁の練習をしたほうがいいって講師がいってたばかりじゃん」
あんまり納得のいってないような顔をする彩さん。
「確かにそういってたけど…包丁の技術なんてそう簡単に上がるものではないと思うの。うちのお義母さんなんか料理暦長くても結局ろくに包丁扱えてなかったし、チームにあかりちゃんっていうスペシャリストがいるアドバンテージを生かして、それ以外での項目であかりちゃんをサポートしていくのがいいと思うの」
「まぁ、一理あるわな。でもさ、サポートっていっても俺らに何が出来るよ?料理なんかしたことないからさ正直思いつかん」
「そこは…私も思いつかないけど一緒に探っていこうよ。自分達の得意分野とか、三人の中でこれなら負けないって部分あると思うんだ」
「う~ん負けない部分ねぇ」
うんうん唸ってしまった二人。なにか妙案はないものか?
そうだ!
「ねえねえ!みんなでさレシピ見ながら何か作っちゃわない?このまま考えてたって答えなんか出ないよきっと。ね?」
実は提案をした本人が一番考えなしのなのだが、なんとなくあっているような気はしてる。
「試してみるのも悪くないな。それに考えているより俺の性に合うかも」
「さんせ~い」
二人の了承が取れたところで何かを実際に作ってみることにした。
まずは、レシピが必要だ。自分達の所持ポイントと料理の腕前と相談して決めることにした。
3人でカタログを見ながら議論すること1時間。
ついに試作する料理が決まった!
料理する品目 ハンバーグ
カタログに家庭の定番料理と紹介されている料理。決め手はレシピ本の表紙に授業で使用したたまねぎがあったことと
皿に盛られた完成図の肉汁たっぷりハンバーグを見た瞬間、彩さんがこれをどうしても作りたいと言い出したことが決定打。
気持ちも逸り、いますぐ作ろう!さぁ作ろうとなったのだが、レシピ本の交換ポイントを見た瞬間、我に返ってしまった。
レシピ本は一つの料理に三種類ずつ用意されており、それぞれ交換ポイントに大きな差があった。
三つ星の一番高価なレシピはいまの私たちの所持ポイントでは到底交換できない。
二つ星のレシピは交換こそ出来るが、余ったポイントで食材を買うと、ポイントが大分減ってしまい今後が心配。
一つ星は安く手に入るが、掲載内容に一抹の不安がある。一つ星のレシピがどのような内容か今のうちに知っておくのもありかもしれないが。
「3つ星は交換できるポイントがないから除外して、1と2どっちにしよっか?」
「安物買いの銭失いって言葉があるくらいだし、私は二つ星でいいと思うな」
「でもよ、二つ星レシピって高くねーか?これで一つ星レシピと内容があんまり変わらなかったら大分無駄じゃね?」
ここでも二人の意見が割れ、5分ほど言い合っていると両方の顔がこちらに向き、私がどっちにするか決めろという。
「私に決めろって言っても困っちゃうよ。うーーーーーーーーーーん」
ない知恵を絞って考える。
彩さんも佐伯さんも言ってることは間違っていないんだよな。
初めて買うレシピだし慎重にならざるをえないんだけども、結局これも買ってみないと中身わかんないんだよな…
うーーーん。
うーん。
!!
これだ!
「いっそ両方買ってしまうのはどう?」
「へ?」
「おいおいあかり大丈夫かお前?」
私の提案に正気か?といった表情が浮かぶ。
「二つ星は現状私たちが交換できる最高のレシピで、少し高いけど入手すること自体はマイナスにはならないでしょ?それと一つ星のほうは買って使い物にならないものってわかったら今後買わなくていいし、もしも使えるものだったら儲け物って思うんだ」
「ポイントがあるうちにどの程度使えるか確かめちゃうのもありか」
「一つ星要らないと思うけどなぁ私。でも、あかりちゃんが言うなら私はそれでいいよ~」
どれが正解かはわからないけど議論に時間を掛けっぱなしじゃ前に進めない。
ここは私の提案に乗ってもらったので、レシピ本を二冊買いに行くことになった
コンビニ
「ありがとうございました~」
早速ハンバーグのレシピ本2冊をポイントと交換し、中身を確認する。
当たり前のことだが二つ星のレシピ本のほうが詳しく調理方法が載っていた。
特に一つ星のレシピ本と違うのは、料理の画像が使われているところだった。
テキストのみでは完成図がイメージできないのだが
調理用語や食材名に詳しくない私たちでも、画像があることでそれが道しるべとなり、調理中の安心感が大分違う様に思えた。
二つ星のレシピ本の良さがわかったところで一先ずよしとし、掲載されているハンバーグに必要な食材を買い込んでいる間
佐伯さんがコンビニ内の端末を色々操作しているのを見て、パソコンなどの機器が本当に好きで、恋しいのだなとわかり
彼女のためにも早くここから抜け出さねばという気持ちが一層強まった。
ドサッ
買ってきた食材をダイニングキッチンに置く。
都合3人分作ることにしたので大分量があり重かった。
食材
タネ
合いびき肉(牛、豚)300g
たまねぎ 1個
パン粉 計量カップ1/3
牛乳 計量カップ1/3
卵 1個
塩、胡椒 少々
サラダ油 適宜
にんじん 中一本
ソース
ソース 大匙2
ケチャップ 大匙2
赤ワイン 適宜
「晩飯の時間にちょうどいいし早速作ってみっか」
自分が作りたいといっていたくらいだし、幼少時よほどハンバーグが好きだったのだろう
袖をまくり準備万端といった感じの佇まいの彩さんを見ているとこちらも気合が入る。
3人で作るのでみんなが見えるようにレシピ本を台の上に置く。
ページを固定するために何か重石になるようなものが必要だなと思っていると
佐伯さんがおもむろにブックスタンドを出し本をそれに固定し始めた。
「どうしたのそれ?」
「部屋にあったから持ってきたよ。便利だよねこれ」
とても広い家なのでこういうものがあっても不思議ではないので気にせず
佐伯さんに感謝をいうとみんなで料理に取り掛かった。
「先ずはハンバーグのタネを作りましょうってか」
「タネ?」
「ああ。必要な材料を混ぜたりして、もうこれを焼いたらハンバーグになるって状態のものかな?多分」
「へぇ~詳しいね」
誉められて嬉しそうな彩さんはレシピ本を見ながら料理作業の分担を割り振っていく。
たまねぎの調理は私。
作業手順の確認などは自分でやりたいとのこと。
各材料の計測は佐伯さんにおまかせして、手間のかかりそうなハンバーグをこねる作業はみんなでやろうということで決定。
いざ、調理が始まると私の分担であるたまねぎの調理はみじん切り後、フライパンで炒める作業はすぐ終わってしまった。
フライパンでの作業は、後日授業でやることになっていたが思わぬ形で体験することになった。
おっかなびっくりでガスコンロの火を着けた以外は、作業もてきぱきと進み、油で炒めた玉ねぎが黄金色に輝いていた。
フラパンからお皿に移し常温で粗熱をとる。とレシピ本に書かれていたのでそのとおりにする。
作業もひとまず終え、手持ち無沙汰になってしまったので、レシピ本を見ながら二人の作業を見守ることにした。
「少々ってどのくらいだよ…食材を休ませるだぁ?なぜ休ませるんだ?意味がわからん……ぐわー」
彩さんの様子を伺うとレシピ本のファジーな説明文の解読に少々てこずっている様だった。
「大丈夫?彩さん」
「お、あかりもう終わったのか。ってまぁ、そうなるよなあのスピードなら」
眉間にしわが寄っていた彩さんだったが声を掛けられたことで
少し安心した顔になったように思えた。気のせいかな?
「ちょっと見てくれよここ」
彩さんが指差す箇所を一緒に見ていくと、レシピ本に書かれている”料理を解っている人が相手もその事をわかっていること前提”で書かれているらしい文章に目がいった。
二つ星のレシピ本は確かに見やすくて今後も重宝しそうなのだが、こういった面を見るとこの本は料理の中級者推奨なのかもしれないなと感じられた。
「少々はう~ん…あんまり気にせず適当に入れたらいいんじゃないかな?ドバっといれずにサラ~っと」
あんまり納得いってないご様子の彩さん、一見ガサツに見えて意外と完ぺき主義者な面があるのかもしれないと思った。
しかし、三人で始めて作るハンバーグを早く一緒に食べたいのでここはスルーに徹する。
「食材を休ませるの部分だけど、効果は私もわからないけど冷蔵庫で冷やすんじゃないかな?この後、よく冷えたって文も出てくるし」
「……難しいな料理って」
「だね…」
料理の奥深さを少し垣間見ていると、一仕事やり終えた顔をした美少女が笑顔でそばに立っていた。
「あかりちゃーん彩ちゃん、出来たよ~」
「え!?」
「嘘だろ!?おい」
佐伯さん…私たち同じレシピ本を見たはずだよね?