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やさしい温もりで目覚めた

 ――手が暖かい。

 それと風邪で学校を休んで心細かった時、母がずっと側にいてくれた時の様な安心感があった。

 なんだかわからない疲れでもう少し目を閉じたままでいたかったけど、何かに導かれるようにして目が覚める。



「――かり、大丈夫かあかり!」

 目を開き、声の主のほうを向く。

 私の手を強く握っている暖かい手の持ち主は――彩さんだった。

「痛いよ……彩さん」

「お、悪い」

 謝る彩さんだったが、握る手を緩めだけで私の手を離すことはなかった。



「ここは……?」

 見知らぬベッドの上だったため、率直な疑問が口をついて出た。

「医務室だよ、あいつらが特別に用意してくれたんだ。それより、なかなか目を覚まさないから……心配したんだからな」

「ちょっとクラっとしただけだって、そんな大げさだよ」

 


 私を心配してくれてなのか、それともずっと看病してくれていたのか、彩さんの目は真っ赤になっていた。

「心配するに決まってるだろ、一日中ぶっ倒れたままだったんだぞ、お前」

「え、嘘っ……」

 


 確かに長く眠りすぎたときのような気だるさを感じる。

 けど、どうしてこんな事になっているんだっけ……。

 頭が思うように働かないからか、なかなか答えにたどり着けない。

 彩さん達とハンバーグ料理を作って……観客が一杯いる会場で見世物になりながら誰かと勝負したはず…………。



 ――そうだっ! 思い出した。

「ねぇ、彩さん。あの子達は? 南中ハンドボールの子達はあの後どうなったの」

「それは……おれにもわからない。けど、お前が欠席した今朝の授業には三人ともいなかった」

「そんな、それってもしかして――」

 心の奥底に、今まで感じた事のないような黒いものが這い寄って来そうな――



「ただいま~。アイス買ってきたよ。あかりちゃんそろそろ起きた?」

 部屋の空気が重苦しくなりそうなタイミングに颯爽と現れたスミちゃん。手には中身のぎっしり詰まった白いビニール袋を携えていた。

「少しは空気読めよ、お前は……」

「彩ちゃん、ひっどい。いいもんっ、そんな意地悪なこと言う人にはお土産あげませーん。あかりちゃん、おはよう~。起き抜けのアイスいっちゃう? おいしいよ」

 


 ビニール袋の中には予想通りスミちゃんがハマッているチョコアイスだった。

 フードバトル中の約束どおり勝利のご褒美として買ってきたのだろう。

「こんな時に冗談はやめろよな、スミ」

 う、彩さんの機嫌が宜しくない。

 私のことを思っての事だと解っているけど、美少女同士の喧嘩など見たくない。

 それにこれ以上ネガティブな要素に正直耐えられそうになかった。



「ちょっと、二人共! 私の為に争わないで」

 だから、思い切ってふざけてみた。

 このセリフ一度でいいから言ってみたかったし、逆によかったかも。

 絶世の美少女二人が同性である自分を取り合う最高なシュチュエーションなど普通ありえない。

 大岡裁きのように私の腕を掴み引っ張りっこして欲しい。もげない程度に。

 で、言ってやるんだ

 


「もてるってこんなにつらい事だったんだねぇ、アハハ」って。

 実際はそんな状況ではないけど、改変して妄想するだけならタダだし誰も傷つけない。

 外に漏れたら一大事だけども。



「冗談はさておき。あかり、お前なんて顔しているんだよ……」 

「あかりちゃん、流石の私もその顔は……女の子としてどうかと思うよ?」

「へっ、そんな酷い顔しているの、私?」

 二人共、息ぴったりにうなずく。

 喧嘩しそうな雰囲気が霧散してホッとしたが、相当ひどい顔をしていると言われ気になった私は思わず自分の顔を触る。

 どこもおかしいところ無いような?



「ひどい顔ってもんじゃねーよ。ほらっ」

 そう言って、彩さんは空いたもう片方の手で身支度用の鏡をこちらに向けてくる。

 そこには目元にクマを浮かべ、涎を垂らしているだらしない顔の女の子がいた……私だった。

 これは確かに仲のいい同性でも引くわ、決して中学生の女の子がしていい顔ではない。 



「まぁ、そんな冗談言えるくらい回復したなら、おれ達は先に戻ってるぞ」

「ちょっ!」

 焦って思わず、彩さんの手を強く握り返してしまった。

 回復しかけた明るい気持ちが急にしぼんでいく気がしたのだ

 多分二人がいなくなると聞いて心細くなったんだと思う。

 冗談を言って、場を和ませてみたけど一人になってしまうと昨日あった事を思い出してしまいそうで心が痛む。



「なんだよ、あかり」

  こういうつらい時は意地を張ったり、恥ずかしがったりせず自分に正直になって素直な気持ちを伝えたいと思った。

「もうちょっと一緒にいてくれたっていいじゃない……いじわる」

「お前なぁ、ガキじゃねぇーんだから」

 


 素直に気持ちを伝えたというのに彩さんの反応がよろしくない。

 スミちゃんをさっきからちらちらと見つめているし、一緒に部屋に戻って休みたいのかもしれない。昨日から看病してくれていたみたいだし、それも仕方ないかと思っていると、スミちゃんが助け舟を出してくれた。

「別にいいじゃない、一緒にいてあげれば。私は先に戻ってあかりちゃんの快癒祝いを準備しておくよ」

 


 ウィンクをして病室から去って行くスミちゃんを見送ると、室内は沈黙に包まれた。

「わかったから一緒にいてやるから、手をいい加減離せ。手汗でべチャべチャして気持ち悪いだろ」

「気持ち悪くないもん……」

 今はこの汗ばんだ暖かい手が私に安心感を与えてくれている。

 彩さんは少し困った顔をしているが、これがわがままだとわかっていても今はこの手を離したくはない。

 だから私は彩さんに手を逃さないように両手で暖かい手を包み込んだ。



「はぁ……本当にどうしたんだよお前。昨日まではあいつらに鉄拳制裁食らわしてやるとか意気込んでいただろ」

「言ったけどさ……彩さんは平気なの? 怖くないの」

 気を失って寝ていた私と違い、考える時間も多かった彩さんはあの子達があの後どうなったかを絶対想像したはずなのだ。



「怖くは……あるけど。実際どうなったかなんておれ達にはわからないだろ。そういう事でいちいち悩んでいたらキリがないし、心も体も持たないぞ」

「彩さんは強いんだね」

 その言葉を聞いた彩さんの顔はうれしそうな、悲しそうな、どちらとも受け取れるような微妙な顔をしていた。

「おれはそんな強くねーよ……買いかぶりすぎだ」

 それっきり彩さんは黙ってしまったが、それでも暖かい手は離さずにいてくれたのだった――



 医務室では会話を交わさず、彩さんの優しさと暖かさにただただ触れ続けた。

 そして、気持ちが落ち着いた頃、私は彩さんと一緒にスミちゃんの待つ住居へと戻った。

「二人共お帰り~。中々帰ってこなかったから心配したよ、今日は戻ってこないかもって。私が二人のために作ったおいしい料理が台無しにならずに済んでよかったぁ」

「ただいま、スミ。遅くなって悪い。それにしても一人で大丈夫だったのかよ? 大変だったろ」

 


 テーブルの上にはいくつものお皿と、銀のクロッシュが三つ用意されていた。

「何言っているの。私だってルーキーリーグを圧勝したチームの一員だよ? 大丈夫、大丈夫。ほら、これを見てよ。おいしそうでしょ?」

 スミちゃんは三つある銀のクロッシュの一つを開けて見せた。

「スミちゃん、これって……」

「よく出来ているでしょ? これ、私の自信作なんだ――」



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