決着フードバトル
その聞き覚えのある音は電子レンジのタイマー音だった。
電子レンジとはまだ各家庭で自由に調理が許されていた時代に使われていた食料品などを加熱する家電製品だ。
マイクロ波を使って飲食料に含まれている水分子の向きを変化させ、摩擦熱を得て食料品などをその摩擦熱で急速に暖めることが出来る便利な家電製品だった。
温めたいものを電子レンジの中へ入れて、ボタンを押すだけという、その手軽さから
料理が苦手な主婦などが解凍するだけでおいしくなる冷凍食品を温める際に重宝したという逸話がある。
ただ、便利な反面使い方を誤ると大惨事になる。
私が幼い頃やって怒られたのは生卵の加熱や、金属の着いたお皿などを使っての使用だ。
前者は加熱中爆発し電子レンジ内を黄身まみれにして怒られ、後者は金属から火花が散って怖くなった私はすぐにストップボタンを押した。
母には「調理初心者が起こす典型的な方法だから今後は同じ失敗をしないように気をつけなさい」といわれ許してもらった。
そして、電子レンジの扱いに慣れてきた頃にやってしまいがちなミスが南中ソフトボール二年チームが犯してしまったミスだ。
制限時間ギリギリになってあわてて給仕している彼女達が作ったハンバーグの皿を見てそのミスに気付く。
これは勝った――
「さぁーーー両者のハンバーグが出揃いました! これより実食ですっ」
三人の審査員のテーブルの上には、湯気を立てているハンバーグが二皿ずつ置かれている。
審査はルーキーリーグと言う事もあり、二皿同時に行われる事になった。
ひよっこ料理人が作った料理だ。だらだら審査に時間をかけ、作った料理が冷めてしまったら食べられないと判断されたらしい。
舐められているようで、むかつくっ!
でも、すぐに見返してやるけどね。
「それでは、審査員の皆様の準備が整ったようです。…………実食開始っ!」
ヒルマの無駄にハイテンションなマイクパフォーマンスの後、ナイフとフォークを持った審査員達は、それぞれ気の赴くくま私達のハンバーグ定食を頬張っていった。
初めて見せられた『バルムンク』のフードバトルのようによだれを垂らしたり、椅子からずり落ちるようなオーバーリアクションは見られなかったが、皆口々に
「うむ、悪くない」
「なるほど、これは確かに期待のルーキーだ」
「懐かしいママの味がする……」
など、好感触な反応を得られた。
”ママの味”と気持ち悪い事をのたまった男にいたっては、ご飯をおかわりして一心不乱に食べ続けてくれている。スミちゃんが投入しようとした洗剤に気付けてよかった、本当に良かった……。
逆に、南中ハンドボール二年の方は誰もハンバーグに手をつけていなかった。
それはそうだろう。
彼女達のハンバーグは人目でわかるくらいの未完成品だった。
公開されたレシピでハンバーグの調理方法を知っていても、手際の悪かった彼女達は制限時間内にハンバーグをじっくり焼く時間を確保できなかったのだろう。
困った彼女達が取った行動が電子レンジを使っての急速調理。
レシピの食材をバラバラに混ぜただけの物をそのまま突っ込んでいるを私は見た。
調理を負かされた電子レンジも戸惑っただろう。
これをどうしろと――
それでも、彼(彼女)は必死になってマイクロ波を照射したがうまく出来るわけがない。
熱の通りもまばら。あまつさえ、皿の上に血の色が色濃く残ってままの肉汁がびちゃびちゃしていて食欲を大幅にダウンさせてしまっている。
ルーキーリーグといえど貴重な食材がもったいない。
もっと料理を仕込んでから私達を戦わせればいいのに、そんな自分達に不利になりそうな事を考える。
私達の用意したハンバーグ定食を三人の審査員達が完食すると、三人はヒルマに向かってうなづいた。
審査が終わったらしいが、結果を聞くまでもないなかった。
結局三人とも南中ハンドボール二年チームのハンバーグ定食には手をつけなかったのだから――
不出来なものを出してしまった自覚があるのだろう、彼女達は実食中ずっと下を向いたままだった。
「それでは審査の結果が出ました。勝者…………鉄拳制裁(仮)チームです!!」
ヒルマが勝者である私達のチーム名を挙げると同時に、大型液晶モニターには私達三人のアップが移り、そして大量の紙ふぶきが爆音と共に空に舞った。
勝った。
最初から負けるつもりはなかったけど、ほっと一安心。
横にいた彩さんが私に抱きついてきた。
暖かい手同様、抱きしめてくる体中がポカポカと暖かい。
「やったな、あかり!」
「こんなのラクショーだって。次も絶対勝つよ、彩さん」
「お、料理の事になると格好いいこというな、あかり」
「そりゃ……ね」
「なんだよ、それ。あんまり格好つけんな、あははは」
そういって、頭をぱかぱか叩かれる。だいぶ上機嫌みたいだ。
スミちゃんのほうは勝負が決まってから「アイス、アイス」と連呼し、遠いどこかへ行ってしまったようなので今はそっとしておくことにした。
ふっ軽く息を吐く。
見世物にされている事には腹が立つのだが、やっぱり料理は面白い。
みんなで作ったものを美味しいといって食べてくれる人達がいる。
この幸せが奪われたのがどんなに悲しい事か……私の母も相当苦しんだ。
どうにかして、昔のようにみんなで自分達の好きな物を好きなときに食べられる時代に戻ってくれないだろうか。
「――それでは、敗者南中ハンドボール二年チームはポイントを失ったため退場となります」
うん? 退場ってどこへ退場するんだろう。
そういえば負けてしまった場合の事をまったく考えていなかったし、聞かされていなかったこと気付く。
動向を見守っていると黒服の男達がステージ上に現れ、敗者である三人の少女達を両脇から抱え、悲鳴をあげる彼女達を無視して無理やりどこかへ連れて行ってしまった。
「え……」
ショックで言葉を失う。
まったく丁重に扱われていなかった所からして、何か彼女達によからぬことが降りかかるのではと考えてしまう。その原因を作ったのは私達だ…………。
その事に気付くと心臓の鼓動が早まり、視界が暗くなってくる。
息が荒くなって、バランス感覚をなくした私が彩さんの巨乳に凭れ掛かった所で意識が遠のいていく。
観客席から間断なく響く声援が、とても耳障りだった――