開戦フードバトル4
「そこをなんとかお願い。彩さんにはお味噌汁を作ってもらいたいの」
「ブーブー!」
図鑑で見たハリセンボンのように頬を膨らませるスミちゃん。
指で突きたい! でも今は我慢して説得しなくちゃ。
「試合に勝ってポイント入ったらスミちゃんの好きなアイスとかチョコレートいっぱい食べていいからさ。ね? お願い」
眉間に皺を寄せ、まぶたを閉じうーうー唸っている。
手がネチャネチャするの本当に嫌なんだろうなぁ。
「いっぱいってさ」
「う、うん?」
急に泣き止んだと思ったら上目使いでこちらをのぞき込んでいた。
そんな情熱的に見つめられたら恥ずかしいよスミちゃん。
「いっぱいってどのくらい? 私遠慮しないよ? いっぱい食べるよ。そうしたらポイント全部使っちゃうかもだよ、それでもいいの?」
勝利したら私たちに何ポイント入るかわからないが、アイス一本100ptそこそこだったはず。
流石に使い尽くしちゃうほど食べられるわけないだろう。
普通に考えて、三、四本も冷たいものを食べたらおなかを壊す。
スマート体系で、摂取限界容量も少なそうだ。スミちゃんのおなかにカタストロフィはすぐおとずれるに違いない。
そうやって短絡的に、楽観的になった私は
「それでかまわないよ! いいよね彩さん」
「まぁ、オレは別にかまわないけど……」
なんとも表情の読めない目つきをする彩さん。
怒っている風でもないし、だからといって興味がある風でもない。
どうしたんだろ珍しい。
スミちゃんはというと
「アイスのため、アイスのため――」
両人差し指をこめかみにぐりぐりしながら、念仏のようにアイスを連呼し自己暗示をかけているようだ。
その動きが止まり目をかっと開くと
「よし、私やるよ! アイスのために」
わお! スミちゃん意外と扱いやすい子?
善は急げだ、スミちゃんの気が変わらないうちに食材を用意する。
今回タネはこれで作る。
ハンバーグ三人前
牛ひき肉 180g
豚挽き肉 120g
パン粉 40g
牛乳 60ml
卵 1個
塩、胡椒 少々
炒めた玉ねぎ(半分)
まず計量したパン粉に牛乳を浸す。
冷蔵庫から冷えた牛ひき肉と豚挽き肉を取り出し、大き目のボウルに両方いれる。
すばやく作らなくてはならないので卵、牛乳に浸したパン粉、塩、胡椒を手早く入れて混ぜ合わせる。
事前に炒め粗熱をとり冷やしておいた玉ねぎも忘れずに。
そしてここからスミちゃんの出番だ。
ところで、なぜ自分からタネを作ると言い出した彩さんではなく、嫌がるスミちゃんに作ってもらうことにしたか?
理由は単純だ。
彩さんの手は暖かい。
太陽のような暖かい手を持つ彩さんが融点温度28~48℃と低い豚肉を扱うと、美味しさに直結する油がすぐ溶けてしまうのだ。
それは非常にまずい訳です。
逆にスミちゃんの手のひらはとてもひゃっこい。
初めて手に触れた時に驚いたよ。
彩さんは人一倍暖かい手を持ち、スミちゃんは極端に冷たい手を持つ。
両極端な二人がよく集まったものだ。
スミちゃんが恐る恐るボウルに手を埋めていく。
ネチョネチョお肉に悪戦苦闘するスミちゃんに
なんだかいけない気持ちが芽生え始めた私の後頭部に鈍痛が走る。
「いたっ」
「いいかげんにしろ」
「調理器具をそんな風に使ったら駄目なんだよ!?」
「怒られちゃうもんな」
うん? 誰に?
「それはまぁーいいから。せっかく集中してんだから邪魔すんなよ。一度始めたらしっかりやるよスミなら」
私たちにまったくかまわずに材料の揃ったハンバーグのタネを手早く練るスミちゃん。
最初は牛乳の白さや、卵の黄色が目立つのだが練れば練るほど色が変わってピンクに近づき、身はけばだっていく。
こうなればタネは大体完成。
次は焼く前の下準備。
審査員は三人だから手ごろな大きさにタネを小分けしていく。
ここからが地味だけど重要。
スミちゃんは予定通り両手を使ってキャッチボールをする要領で手のひらに叩きつけていく。
これはハンバーグ内の空気を抜いているわけ、こうしないと焼いた際に中の空気が熱で膨張し形が崩れてしまう。
そうすると中の旨み成分が身から垂れてしまう。せっかくここまで来たんだから手間は惜しまないこと。
こんな些細なことで料理がまったく違う物へと変貌してしまうからね。
もちろんスミちゃんもそこは熟知しているからしっかりやっているよ。
スミちゃんの手際のよさに将来台所に立ってほしいなどと妄想していると
「おわったぁぁぁ……」
既に作業を終えたスミちゃんが涙目で手を洗っていた。
嫌々ながらもやりきってくれたんだね。
文句なし、見事なタネが出来あがっていた。
「スミちゃんお疲れ! 後は任せて」
集中力が切れているのを自覚していたので、目を閉じ腹式呼吸を数回行う。
これからハンバーグに焼きを入れます。校舎裏に呼び出したりはしません。それは彩さんがしてそうって。
ああぁ!もう! 集中!
熱したフライパンに油をいれる。何度か傾け油を均等にしたらスミちゃんが作ってくれたタネを投入。
火は強火にし、両面に焼き色をつける。ジュージューと音を立てるハンバーグに食欲をそそられる。
焼き色がついたのを確認したら火を弱め、フタをしてさらに五分ほど蒸し焼きにする。
こうすることで中までじっくりと火が通る。
昨日作ったものよりおいしいものが出来る確信がある。
フタを開けると初めてハンバーグらしい
人間の野生味を刺激する香ばしいにおいが脳天を刺激し、私の食欲を強烈に煽る。
口内に多量の唾液が分泌し、昨日より美味しく出来たことを確信する。
ああぁ、審査そっちのけで三人で食べてしまいたい!
「あかり、これ中まで火通ってるか?」
「安心めされい」
完璧に仕上がっているのはわかっているのだが、彩さんを安心させるためにも確認作業を行う。
「何その口調? きもいから止めな」
う、ひどい。
ちょっと傷つきながらも竹串を取り出しハンバーグに刺していく。
すると中身は表面と同じ色をし、あふれ出てくる肉汁は透明であった。
「見たらわかるでしょ? これでハンバーグの出来上がり」
二人に向かって胸を張りVサインをかます。
「だな」
「だね」
出来上がったハンバーグはお皿に取り分け、最後にソース作りにとりかかる。
今使っていたフライパンに赤ワインを投入し、アルコール分を飛ばしたら中濃ソース、ケチャップを混ぜ合わせる。
表面にこびり付いているハンバーグの旨みと絡め合わせ煮詰めていくと、水分がほとんど飛ぶので出来上がりは思っている以上に量が少なくなる。
なのでケチャップとソースの分量は多すぎたかな? と思うくらいで丁度いい。
余ったら次の日にでも使うといいよ。
最後にソースの味見をする。
おいしい、おいしいけど――
母の作った調理法不明の激うまソースには及ばない、な。
熱々のものを出したいので急いでハンバーグにかけ入れると私が作るべき物は全て完了。
安堵の一息がもれる。
大型モニターを確認すると時間は残り十分弱だった。
聞きなれぬメロディー音が炊飯器から流れる。どうやらご飯が炊き上がった合図のようだ。
ご飯の炊き上がりに一番時間を取られたが、妥協して早炊きするよりはいい。
これで美味しいものを出せるはずだ。
ご飯、ハンバーグ、彩さんがいつの間にか完成させていたお味噌汁をお盆にのせ、スミちゃんがノリノリで審査員のもとへ配膳し始める。
この役目は事前にスミちゃんがやることになっていた。もちろん運営側の要望。三人の中で一番テレビ栄えするからだろうね。
一仕事終えた私は後ろからスミちゃんのお尻と太ももを眺めているよ。ごめん、気持ち悪いよねそうだよね。だからお尻をつねるのはやめてね彩さん?
お尻の痛みで涙目になっていると突然、相手チームから幼い頃食卓で聞いた覚えのある短い高音が響き渡った。