開戦フードバトル2
「今日、ここにある食材で君たちに作ってもらうのは…………これだ!」
ヒルマが番組の尺を意識して貯めに貯めた後、置かれていたお皿のフタを勢いよく持ち上げた。
するとそこには私たちにとっては見慣れた料理が、温かそうな湯気と食欲をそそる美味しそうな匂いを漂わせながら置かれていた。
ハンバーグだった。
「ハンバーグ。かつてそれは一般家庭にとってはとても馴染み深い料理の一つでした。簡単、おいしい、ボリューミィ。男女を問わず育ち盛りの子供に大人気。かくいう私も、料理下手な母が作ってくれたハンバーグだけは大好きでした。あのギットギトな味懐かしいな……。コホン、話はそれましたが今日ルーキーリーグの六人の女の子達がそのノスタルジックな味を再現いたします」
会場から拍手が巻き起こる。
「そして今日はなんと言っても話題の新星、高坂あかりのデビュー戦でもあります。皆さん、もうご存知でしょうが彼女はあの天才料理人高坂やよいの一人娘。その血統を生かしこれから連戦連勝の道を歩むのか、それとも出だしで足をすくわれるのか。話題独占の高坂あかり率いる鉄拳制裁(仮)の注目の一戦がまもなく始まります!」
相変わらず芝居かかったやつだ。やたら母の話題を出してくるのもなんか腹立つ。
そして極めつけはこの衣装! いまさらすごい恥ずかしい衣装だという事に自分で着てみて初めて気づく。ピンクと白を基調とし、胸元ざっくりで男の下劣さが具現化したようなデザインのメイド服。そして生活指導の教師が見たら激怒しそうな、短いスカートから覗くふとももには、白のガーターリングをつけさせられている。今後のために着ざるをえなかったとはいえ思春期の自分にはつらい。これを着てみすぼらしくならないのは恵体を持った彩さんと、見事な肢体をしたスミちゃんくらいだろう。その証拠に、二人には会場にいる男たちと私のいやらしい視線を集めている。さっきはごめんね彩さん……。
そんな風にカリカリしていると、真横の彩さんに袖を引っ張られ小声で
「なぁ、あかり。これ、勝てるんじゃね?」
と話しかけられる。彩さんは衣装のことは気持ちの整理がついたのだろう佇まいが堂々としている。私も気持ちを入れ替えて応答する。
「だよね」
今回の勝負、何を作るのか? それだけが心配の種だったがフタを開けてみたら前日運よく作ったハンバーグ。一度作ったという経験値があり、おいしくするコツもわかっている。大きなアドバンテージだ。
その上で同じ料理の授業を受けた相手チームの実力を知っていること。あれは間違いなく素人の手際だった。それ以前に八百長を持ちかけてきたような子達だ負ける要素が見当たらない。軽く揉んでやりますか。
フードバトル・ルーキーリーグ第一戦
鉄拳制裁(仮) 対 南中ソフトボール二年
鉄拳制裁(仮)初戦
高坂あかり
鷹富士彩
佐伯スミ
南中ソフトボール二年 初戦
山梨りえ
田中ようこ
高橋真由美
バトルメニュー ハンバーグ定食
勝利条件 審査員三人分のハンバーグ定食を用意し、過半数の評価を得ること
制限時間は四十分
最後にドームの大型液晶モニターに選手ごとの名前やバストアップ映像。三人の審査員、ハンバーグ定食の完成例などを流し終えると
「ルーキーリーグではまったく料理を作れない可能性も考えて選手にレシピを公開しておりますので皆さんご心配なく」
とヒルマが補足を入れる。
「わははは、微笑ましいのう」
「知っているぞー! 半年も待たせやがって早く始めろ!」
ヒルマは観客の野次に無言でうなずくと、大きく鼻から息を吸い込み絶叫するようにして
「フゥゥゥゥードバァトォォォル……開戦ぬぅ!」
と叫んだ。同時に大きなドラの音が何度もこだまし、ルーキーリーグの、私たちの大事な一戦が始まった。
チームごとに配られたハンバーグ定食のレシピをさらっと見る。オーソドックスな作り方が書かれていてアレンジは自由とのこと。ご飯を炊き、栄養バランスも考えてハンバーグと一緒のお皿に野菜を盛り付けて欲しいとのことだ。なるほどね……。
四十分しか時間がないから調理は同時進行でいったほうがいいよね。
頭の中で調理手順をシミュレーションする。
一番時間がかかるのはご飯を炊くことだろうけど、これはお米を研ぎ、水に浸透させ高性能炊飯器に入れてしまえばとりあえず完成するので他の料理との同時進行が容易だ。
やっぱりハンバーグに一番手間がかかるよな。まぁ、一度作っているし効率よくいけるだろう。
よし、ハンバーグのタネつくりは玉ねぎからだ。炒めたあとに冷まさないといけないし、先ずはこれを片付けてしまおう。包丁の扱いは私が慣れているから玉ねぎのみじん切りや、盛り合わせキャベツの千切りとかも私がやってしまおう。
「彩さん、スミちゃん。私、玉ねぎを刻んじゃうから他の調理をお願いしていいかな?」
「おう。任せろ」
「うんいいよ。でも何やったらいいかな」
「そうだな。ご飯を炊いて欲しいからお米を研いでもらっていいかな。最初にお水でお米を綺麗にして欲しい。スミちゃん出来るかな?」
思案顔を浮かべた後、笑顔でオッケーマークを作るスミちゃん。
「お米を研ぐ? ふむ。要はお米を綺麗にすればいいんだよね? 任せて」
自信満々といった感じだし大丈夫そうだ。
「うん。スミちゃんお願い。彩さんは……玉ねぎを速攻で刻んじゃうからその後、飴色になるまで炒めてもらっちゃっていいかな?」
「おうよ。早くしろよな、あかり」
「わかってるって」
細かく刻んだほうが火に当たる表面積も増えて手早く飴色にできるだろう。彩さんのためにリズムよく、丁寧に玉ねぎを刻んでいく。
「彩さん一丁あがり」
「流石あかり仕事はえーな。ところでさ、相談なんだけど」
「何?」
「うんと、昨日読んだレシピに載っていたんだけどさ、このニンニクっていうの入れて玉ねぎと一緒に炒めると食欲をそそる香りがたつ。そして味に深みが出るみたいだ。せっかくだし入れてみようぜ」
彩さんがそこまでレシピを熟読しているとは思っていなかった。おいしい料理が出来るのならベストを尽くしてみたい、やってみる価値はあるかも。提案どおりニンニクも手早く輪切りにして手渡す。
彩さんはフライパンを暖め、頃合を見計らって油を少量投入し、表面に馴染ませるとニンニクを炒め始めた。するとものの数秒で香ばしい匂いがたちこめ、私の鼻腔を突き抜け自然と唾液が分泌する。
これは思っていたより効果がありそうだ。ニンニクが焦げそうになる前に菜箸で取り出す。彩さんはそこに玉ねぎを投入し、更に炒め始めた。思った以上に彩さんの手際がいい。こっちはまったく心配要らないようだ。スミちゃんはどうだろ?
スミちゃんに目を向けると、油汚れに強いとプリントされた『食器用洗剤エンジョイ』を手に取りお米の入ったお釜の中にその溶液を入れようとしているところだった
「ちょ、スミちゃん?」