開戦フードバトル1
入出後、控え室に備え付けられたソファーに深々と腰掛ける。
大事な初戦だというのに緊張感がまったくわいてこない。
フードバトルの緊張感よりも先に、母の過去がすさまじ過ぎてそっちに意識が行ってしまう。
私だけだろうか?
二人の様子を探ってみると
彩さんは渡された衣装を見て困惑していた。
スミちゃんはなんだか気に入ったようだ。
「ねぇねぇ二人共! フードバトルで着るこの衣装すっごいかわいいよ」
「うへぇ……おれこういうヒラッヒラしたの苦手だ」
「そんなことないって!彩さんの脚とっても綺麗だしとっても似合うと思うよ」
「……お前のそういうところやっぱ理解できんわ」
鼻息も荒く、脚ばっかり凝視する私の説得に彩さんは少し呆れているようだ。
しかし、彩さんの冷ややかな目が心地よい。
「もうイチャイチャしてないで、二人共時間ないんだから着替えないと」
「わかってるよ!はぁ……これを着るのか」
肩を落としながら更衣室に向かう彩さん。
それを追うように私たちも更衣室へ。
着替えている最中、二人の美少女もこのひらひらスカートに着替えていると思うと、私の中で俄然やる気が漲ってきていた。
こういうモチベーションは大事。
着替え終わると見計らったかのように、女性職員が現れ、メイン会場まで誘導するという。さぁルーキーリーグ開戦だ。
フードバトル・ルーキーリーグ第一戦
鉄拳制裁(仮) vs 南中ソフトボール二年
鉄拳制裁(仮)初戦
高坂あかり
鷹富士彩
佐伯スミ
南中ソフトボール二年 初戦
山梨りえ
田中ようこ
高橋真由美
大型モニターに出場選手のプロフィールなどと一緒に、個々の調理実習時の授業風景も動画として流れていた。
観客からしたら賭けの参考にでもするんだろうけど、気に食わないし、こんなのただの盗撮じゃないか――
ドーム型の巨大な会場にはたくさんの観客が入場していた。
身なりの整った老紳士、見るからに堅気の人間ではない者や、宝石を体中に装着し、自分の富を見せびらかす婦人。
色んな人間が集結しているが皆が皆、世界中から集まった富裕層である。
彼、彼女らは多忙なスケジュールの合間を縫って来場した。
それだけ料理人として名声を得た高坂やよいの娘”高坂あかり”への期待値が高く、その証拠にルーキーリーグにも関わらず、入場チケットがプラチナチケット化していた。
「さぁーー本日のメェーンイベントゥ!赤コーナーからフードバトル期待の新星”高坂あかり”率いる鉄拳制裁(仮)が入場だぁー」
ドーム内天井の電飾が消えあたりが暗くなる。
赤コーナー花道の両サイドから勢いよくスモークが噴射されると同時に、私たちのいる花道入り口に強烈なスポットライトが照射された。
そして、私達3人のLive映像がドームの大型液晶モニターに映し出されると同時に、それまでの音を抑えたおどろおどろしい会場のBGMが、大音響のノリノリな曲に代わり、それに伴って野太いおっさんの咆哮のような歓声が発生し、その二つがケミストリーし、会場中のボルテージは最高潮に達した。
「こりゃすごい。あいつら相当ストレス貯まってるんだろうな」
「それを解消するために、女子中学生の料理を見に来るってなんだか滑稽じゃない?」
「流石スミちゃん」
私を含めて皆、緊張はしていないみたいだ。ある意味強心臓の3人がうまいこと集まったのだろうか。
「皆さん準備よろしいですね?中継も始まっていますので予定通り入場してください」
「わかってるよ」
「は~い」
事前に知らされていたことだが、係りの人間が言っていることはこうだ。
ドームの中央に設営された”フードバトル特設スタジオ”までは、花道を通って入場する手はずになっているのでそれに従う。
その際、先頭を歩くのは私で、観客席に笑顔で手を振りながら歩くこと。
これもスポンサーとやらの要望らしい、癪だけどポイントのため、ポイントのため。
「では、入場してください」
促されて花道を歩き始めると、それに追随するようにスポットライトも付いてくる。
花道を歩き始めると観客から色々な声援が飛ぶ。
「うおぉーーーーー」
「待ってましたぁーーーあかりちゃーーーん」
「アカリイズクール」
「ぶちかませーーあかりちゃん」
「きゃーかわいい」
「後ろの二人もかわいいのう」
「見えた!」
好き勝手いっている客層にすこーしだけ興味が沸いたが、こんだけ高出力のライトだと眩しくて観客の様子をうかがう事が出来そうにない。
それより後ろにいる彩さんとスミちゃんはどうだろ? そっちのほうが重要だ。
観客に笑顔を振りまくで、チラッと二人の様子をうかがってみる。
スミちゃんは――
おお、やはり肝が据わっている。
スポンサーに提供されている衣装を可憐に着こなし、私と同様に愛想を振りまいている。
彩さんはどうだろ。
ああ……やっぱり衣装に戸惑っている。控え室でスカートを押さえながらずっと、こんなんおれに似合うわけない! とかいってたし、でも似合っているしすっごい可愛いけどなぁ。
彩さんのひらひらしたスカートから覗く、綺麗な太ももを堪能していると戦いの場、”フードバトル特設スタジオ”についていた。
到着した際は、観客席にお辞儀をした後、静かに相手を待つ。
これもスポンサーの意向。
「対するは、青コーーナァー南中ソフトボール二年」
プシューー!!
再度勢いよくスモークが噴射される。
そして私達同様、スポットライトと歓声を浴びて花道を歩いてきた。
私たちと違うのは衣装、彼女達は日焼けした体におそろいのユニホームを着てきていた。
その中の一人と目が合う。私に八百長を提案してきた女の子だ。
彼女はこちらの視線に気づくと、漫画で高飛車な女の子がやるようなあんたなんかもう知らないんだからね!って感じで横を向いてしまった。
こっちも知らないんだからね!
……ダメだ私には似合わない。
”フードバトル特設スタジオ”にはひらひらスカートにエプロンというわけの解らない格好をさせられている私達、鉄拳制裁(仮)3人と
ソフトボールのユニフォームの格好をした南中ソフトボール二年の3人組、そしてハイテンションなヒルマが今日も燕尾服を着てその場にしれっと立っていた。
通りで聞いたことあるマイクパフォーマンスだと思ったよ……
「これよりルーキーリーグ第一戦を始めます。皆さん正々堂々と悔いのないように」
正々堂々とかどの口がいうか。
ヒルマがアシスタントに目配せすると、これまたいつぞやのギャルソンが前より一回り大きな配膳台と共に現れた。
配膳台には食材がずらりと並べられており、これを使って料理をしろということだろう。
新鮮な野菜、さまざまなお肉、こんなに使うか?と突っ込みを入れたくなるような調味料群に調理器具の数々。
そして、銀のフタをされたお皿が一つ意味ありげに置かれている。
これだけじゃ何を作るか考察するのは無理だ、一体何を作れというのだろうか?うんうんと考えていてもフードバトルは進む。
「今日、ここにあるものを使ってあなた方に作ってもらうのは…………これだ!」
ヒルマが番組の尺を意識して貯めに貯めた後、意味ありげに置かれていたお皿のフタを勢いよく持ち上げた!
するとそこには私たちにとっては見慣れた料理が、温かそうな湯気と食欲をそそる美味しそうな匂いを漂わせながら置かれていた。
ハンバーグだった。