味覚がちゃんと育った最後の世代
「いただきます!!」
子供達の元気な声。
「うふふ。召し上がれ」
笑顔で私達を見つめる母。
私はいただきますの挨拶も早々に、つたない指捌きでお箸をもち、大きなお皿に盛られた好物の”肉じゃが”その中でも特に大好きなジャガイモに狙いを定める。
でも、ジャガイモは幼い私が掴み取るには少々大きくて、中々お箸に収まってくれない。
結局早く食べたい気持ちが勝って、お行儀が悪いと怒られるのを承知の上で”ジャガイモ”をお箸で突き刺そうとする。
そして、あともう少しで好物の”ジャガイモ”がお箸に突き刺さりそうな時
私の死角から別のお箸が伸びてきて私より先に”ジャガイモ”を奪い取っていってしまった。
「ああぁぁ!!○○ちゃんが私のとったーーー」
「あんたがもたもたしてるからいけないんでしょ」
奪い取ってすぐにジャガイモを口にほお張る○○ちゃん。
「ああぁ~おいしいわ~。あつっ」
子供の口にはとても大きい物なのだが私を悔しがらせたいのだろう
涙目になりながら熱いのを我慢して口にほお張ると、ぺたんこな胸を張り勝ち誇ったようにむしゃむしゃと食べてしまった。
自分の好物を横から掻っ攫われたことで、私はムカムカっときて○○ちゃんの頭をはたいた。
きっ!とこっちをにらむと○○ちゃんはこっちの髪の毛を掴んで引っ張り出した。
そして食事中にも関わらず取っ組み合いのケンカになりあーだこーだしていると
二人の脳天に母親のゲンコツが突き刺さった。
「ぐへっ」
「いっ!」
「二人とも食事中でしょ!仲良くしなさい!!」
普段温厚な母は怒ると怖いのだ。
「うぐっ……うわーーんわーん」
あまりの痛みに泣き始めるあの子。
私はまだ我慢できる!
「まだおかわりはあるんだから、みっともないことしないの!」
お皿に盛りきれなかった分の肉じゃがを鍋から取り、二人の取り皿によそってくれた。
「うえーーん」
頭を叩かれて泣いているあの子。
私のジャガイモを取ったのがいけないんだからね。
仕返しにとあの子に憎たらしい顔でざまぁといってやる。
ポカッと叩かれる。
「あんたも刺し箸なんかしないで落ち着いて食べなさい」
再度頭を叩かれた痛みは我慢できず、私も泣き出してしまった。
幼い子供二人がわんわんと泣き出す。
よその子だろうが、自分の子だろうが母は食事中のマナーには少し厳しいのだ。
ふぅとため息をつく母。
当時は幼すぎてわからなかったが、それは二人の喧嘩のせいで出た溜め息ではなかったと思う。
「よく聞いて二人とも」
母は私達二人の目を交互に見やると諭すようにいった。
「あなた達にこうやって愛情こめた料理を、今後作ってあげられなくなるかもしれないの。だからそれまでは仲良く食べて…お母さんからのおねがい」
なぜ? と理由もわからず困惑する二人。もしかして毎日喧嘩ばかりしてるからなの?
「お母さんどうして?私達がケンカばかりして仲良くしないから?」
「違うわよ。私が大好きな料理をあなた達に作るのをそう簡単にやめるわけないでしょ」
少し苦笑する母。
「食事中だけど仕方ない。今もやっているかしら」
家族の会話を大切にする母は、食事中はTVを消すのだが今日は珍しくスイッチをいれた。
そして、悲しそうな顔をしてTVに目を移す。
そこには重大なニュースを淡々と読む国営放送のアナウンサーが映っていた。
「母ー。この人なんていってるの?」
「地球の人が多くなりすぎて、今後食べ物の量に余裕がなくなってしまうかもしれないの。それでこのままじゃみんな飢えてしまうかもしれないから、そうならないように国の偉い人達が今のうちに法律を作って最悪の事態になる前に手を打とうって」
「ご飯食べられなくなるのはやだやだー」
「まだ決まったわけじゃないわ。それと食べられなくなるわけじゃなくて、少し我慢をしてみんなで平等にわけようってお話だから」
でもその後、国会で決まった法律に私たち家族は衝撃を受ける事になるのである。
「――それでは国会と中継が繋がったようです」
近未来
人口が増えすぎた地球では、食糧不足による餓死者増加を防ぐために、一人ひとりに与えられる食料に制限を設けていた。全ての食材は国にデータ管理され、国民は生命維持に必要な栄養のみで構成された加工食品通称"国民食A”だけを摂ることが許されていた。しかし、食事に制限を設けられた一般市民とは違い、権力者達は以前と変わらぬ贅の限りを尽くした食事を密かに独占し続けていた。
私の名前は高坂あかり
14歳の中学2年生。
物心がついてからほどなくして食料制限が施行された世代で、親に聞かされた話によると私達は味覚がちゃんと育ったギリギリの世代らしい。
そんな食事に関する関心をすっかり失って久しいある晴れた日、駅前で大人が中心になって声を張り上げデモの参加者を募集している場に出くわした。
彼らがデモをする目的は”権力者が独占するおいしい食べ物を平等に分け与えろ”というたわいのないものだった。
なぜたわいのないものかというと、今でも食料や食事に関する事は話題に出すのも躊躇われるようなご時勢なのに、そんなことがもしも行われていたらすぐに情報がネットや口伝で拡散し、
不満が貯まりに貯まった国民が全国で大暴動を展開させ、それこそ国が転覆するような事態がすでにどこかで起きているはず。
でも、起きてない。
だからたわいの無い話なわけ。
くだらない事をやっているなぁといつもだったら通り過ぎるだけなのだが、
大人に混じって私と同年代の子がそこそこ目に付き、彼女達はどういった理由でこんなデモに関わっているのか興味がわいた。
その場のノリ、あとは少しだけ非日常的なことを体験したかったのかもしれない。
私は深く考えず、デモに参加することにした――
当日、いざ参加してみると私と同年代の子が思っていた以上におり、気づいたらその内の一人となんとなく話すようになっていた。
この子は初対面の相手にも臆せず自分の話したいことをガンガン話し続けるタイプの女の子のようだ。
先ほどまでは食べた記憶なんかもう薄れているだろうに、おいしい食べ物がどんなに素晴らしいかを延々と聞かされた。
曰く、今は厳重に管理された魚や動物のお肉は焼いて塩を振りかけただけでもほっぺたが落ちるだの、取れたての野菜は瑞々しくてそのまま食べてもおいしいし、調理するとまた別のよさが出てすばらしいだのずっと話してくる。
そんな話を途中から聞き流しながら、ふと母の作った料理はどれもすばらしかったなぁと思い出した。
それと同時に、幼い頃一緒に食事をとっていたあの子は今どうしているだろうか?離れ離れになった理由が思い出せない。
よく喧嘩もしたけれど、一番仲良く遊んだのもあの子だった。
あんなにいつも一緒にいて大切な存在だったはずなのに。
私が思い出せない理由を知っていそうな母に帰ったら聞いてみよう――
自分の世界から戻ってくると女の子の話はまだ続いていた。
かいつまむと、デモ参加者の大人達は自由に食事をとれていた素敵な過去を今でも忘れられなく、そのため鬱憤がたまり、ガス抜きも兼ねてこのようにして定期的にデモを行っているらしいという。
私の同年代の子らの参加理由は、単なる暇つぶしや友達との罰ゲーム等々、多種多様だった。
要するにデモ参加者全員とくにこれといった信念などがあるわけでなく、私も含めてただ単に時間の浪費をしているわけか。
もういいかなぁと思い、デモ行進を抜けようとタイミングを計っていたら、不自然なくらい一般人と思しき人が周囲からいなくなっていた。
さっきまであんなに猥雑な町並みだったはずなのに。
変わりに物陰から現れたのは同じ制服を着用し、統率の取れた多数の人間。
私達デモ参加者は既に四方八方を囲まれていた。
やばい…TVで見たことあるぞこれ政府のデモ鎮圧部隊だ。
こんな中身もないゆるーいデモに鎮圧部隊がくるとは…どこかの団体と間違っていませんかね。
そうはいっても信念もなく参加したデモでお叱りをうけるのも嫌過ぎるので、なんとか逃げ道を探そうとあたふたしていると相手は流石にプロ。
あっという間に捕まり、あれよあれよというまに車に乗せられ、全てのデモ参加者たちは薄暗くてジメジメした部屋にぶち込まれていた。
周りにいる同年代の若い子達は、これからどうなるのかと体をガタガタ震わせていたり、中には泣き出す子もいた。
それとはうって変って、自分の周りを見渡す限り、大人は若い子を気遣っていたりとどこか心に余裕があるようだった。
デモ参加者の常連はこういった状況に慣れているのだろうか?
私はというと軽いノリで参加したことを今更後悔しながらも、警察署に連れて行かれずに、所在もわからない場所に連れてこられた理由がわからずなんだか嫌な予感がしていた。
あれこれ考えていると突然バンッ!!と
大きな音と共に、今のご時世あり得ないほど肥え太った人相の悪い男がドアを蹴破って現れた。
男は周りを見渡すと満足げにうなづくとこう叫んだ。
「ご苦労だったなお前ら。いつも通り入り口で謝礼を受け取って解散するように。わかっているだろうがこの事はくれぐれも口外するなよ!」
この言葉を聞いた大人のデモ参加者達は一斉に立ち上がり、現れた男に媚を売りながら部屋から退去していった。
事態が飲み込めないまま呆気に取られてしまった女の子達。
そりゃそうだ、さっきまで同じ境遇だと思っていた大人のデモ参加者達が実はあちら側の人間で、私達を騙し、ここにつれて来て、あまつさえその謝礼をもらうだって?
ふざけんなクソ野郎!絶対あとで後悔させてやる。
私は先ほどまでの不安を怒りで塗りつぶしたが、他の子はそういう風にはいかなかったのだろう困惑し、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
そんな顔を見た男は、いやらしい笑みを浮かべて私達にこういった。
「お前らはこれからどうなると思う~?まぁ想像もつかんだろうな。クヒヒ。もったいぶらずに言っちまうとだな…」
みんなの意識が男に集中する。
「オレ達富裕層のギャンブルのために君達にはモルモットになってもらう!お前らの大切な青春時代を犠牲にしてな。」
ヒャーヒャヒャッヒャと、もうそこまでいったらその巨体でもブリッジできるんじゃないかというくらい仰け反りながら不快な声で笑う。
そんな中、女の子達は誰も声を発せない。
いきなりギャンブルだのモルモットだの言われてもいまいち真実味がない。
今朝まで親や社会の庇護下で、ぬくぬくと暮らしてきた自分達にはまったくありえない、それこそ映画やドラマでしか起こりえないような状況が振って沸いてくるとは。
困惑し続ける私達に向かって更に男は続けてこう続けた。
「オレ達のような金持ちはなぁ~……もう人生でやりたいことはほぼやり尽くしちまった。そしたら毎日が退屈で退屈で仕方がない。もうね、新しい刺激に飢えているんだよ」
不幸な身の上話でもするように話を続ける男。
「そこでだ!お前らにある戦いをしてもらって、それを賭け対象にしてネットでギャンブルが出来るシステムを作ったんだが…これが思っていた以上に好評なんだ。やっぱりみんな刺激に飢えていたんだなって。みんな同じ悩みを抱えているとわかって安心したよオレは」
誰も同意できない事を一人悦に入りながらしゃべり続ける男。
私は先ほどのモルモット発言から賭け対象などのくだりで怒りのボルテージがギュンギュン上がっていたが
相手の男がいかにもな風貌なのと、男の胸の内ポケットがイリーガルでデンジャーな物を想像させるふくらみを見せていたため行動を起こせずにいた。
こちらのことなど構わず下卑た話を続ける男は、徐々にテンションも上がってきているようだ。
「おじさんお前らの今の気持ちわかるぞ~。過去に参加させてきたやつらも大体同じような反応をしてたからな。自分がこれからどんな酷いことをされるのかわからず不安で不安で仕方ないだろ?そうだろ?んん?」
身を乗り出しながらこちらを見渡し、煽るようにしゃべる。
正直ぶん殴りたい。
「オレは若いお前らのこんな顔を見るのが大好きでね。それでいつもこの役を誰にも任せずに俺がやってるんだ。忙しい身なのに偉いだろ?まぁなんだ。大人のデモ参加者には騙され、勝手にこんなところにつれて来られていきなり賭け対象にされ戦えといわれる。昨日まで平穏な生活を送っていたのにこれから当てもなく不安な生活が始まるわけだ。そんなお前達の気持ちを考えただけで…オレ、オリィはもう…うきょっきょきょきひー!おじさんたまらんよぉぉぉ!!!」
とうとう行くところまで行ってしまったらしい男は口元から涎をたらし過呼吸一歩手前まで興奮していた。
そんな醜悪なものを見せられてしまった感受性豊かな年齢の子達は恐怖、嫌悪、絶望した。
それが男の思惑通りになっているのが私には悔しかった。
数分後、ひとしきり満足したのか、男は正気を戻すために両頬を自分の手ではたき、活をいれたようだ。
「一番大事な事を伝えるのを忘れていた。お前らがこれからどんな戦いをするかだが…まぁ見たほうが早いか」
真顔に戻り、おもむろにふところから拳銃のようなものを抜き出すと男は引き金を引いた――
ピッ!
見掛け倒しの銃型のリモコンから電波が飛び、後ろにあった大きなプロジェクターのスイッチが入った。
映し出された画面の中で女の子達が一心不乱に何かをしている。
遠すぎて解らない、何をしているんだろう?
中継のカメラが段々女の子に寄っていきそこで何をしているかがようやく理解できた。
いまこの子たちは料理をしているんだ。
母が毎日私達のために料理してくれていた姿を思い出し少しせつなくなっていると突然、プロジェクターから大歓声が響いた。
「あーーーっとここで連戦連勝破竹の勢い。チーム”バルムンク”リーダーユリカ選手のダブルフライパン返しだ!!別々の料理を同時に炒めているぞー。その細腕のどこにそんな力があるのか!」
画面上には個々のフライパンから黄金色に輝いたチャーハンと、トロットロのあんが舞い踊り、その食欲を刺激する光景を見たことで長年忘れていたおいしいものを食べたいという感情が再燃し、自然と涎があふれていた。
「ルーシー。皿を用意しな!」
「イエス。ユリカ」
皿を二つ手の上に載せ、流れるような動きでユリカからチャーハンを受け取り、その勢いのまま体をコンパスのように一回転させ、一周回った皿の上にあんを掛けてもらっていた。
今の動作に何の意味があるのだろうか?
「レイ。デキタヨ」
レイと呼ばれた女の子は出された”あんかけチャーハン”を受け取ると同時に左のポッケからスプーンを取り出し、熱々のそれを勢いよくかき込んだ。
ガツガツモグモグ。
飢えた肉食獣のようにあっという間にそれを平らげると、口元を丁寧に拭き、満足げな顔をした。
「OK。これなら今回も勝てる」
「オスミツキガデタヨ!」
「よし給仕だ」
「アイヨ!ユリカ」
画面上には審査員と書かれたテロップと共に国の重要なポストを務めている名士が映っていた。
観戦中ずっと国に厳重に管理されていて食材をどう調達しているんだ?と思っていたが、名士を見た瞬間全てを理解してしまった。
国とグルなんだこいつら――
「ドウゾ。ワタシタチノ、ジシンノリョウリデ~ス」
「うむ」
名士はバルムンクの作った料理をもう待てないといった感じで手に取ると、そのまま無言で喰らった。
完食直後、名士はあまりのおいしさに涎をたらしながら、だらしなく席からずり落ちてしまった。
これでは判定は無理か?と観客やネット視聴者が固唾をのんで見守っていると、流石に国の中枢を担うポストを射止めた力を持つ彼は、最後の力を振り絞って勝者の名前を告げた。
「勝者チームバルムンク!!」