βテスト
「お兄ちゃーん?株式会社○○ってとこから、モンスターズ・オブ・モンスターズのβテスト応募者に当選しましたって通知が来てるよー?」
「ん~?半分冗談で応募したんだが…。やはりあれだけの多くのクリアゲームデータを送れば、興味を持つって事か?」
妹の言葉に、パソコンで持ち株の株式の動きを見ながら返事をする神谷徹。
その兄の返事に苦笑しながら妹、茜は突っ込みをする。
「そりゃ~ね~?お兄ちゃんは株で儲けすぎて課金しまくるんだから。オンラインのゲームだったら大概即行で飽きる位に良い装備ばっかり買うんじゃないんの?」
「そんなこと無いぞ?課金は勿論するが、それは最初だけだ。その後は大概不眠不休でバグ使ってスキル上げて、カンストしてからRPG物だったら最終ボスを速攻で倒しに行ったりだな?まあ、RPG物はそれで大概飽きるから、やるとしたら冒険物って思って、冒険物とRPG物の要素がコラボってる今回の奴に、βテスト版から応募したんだ」
一応妹の反論を持論で抑え、応募の動機を説明する
「何でβテストから?」
「そりゃ~、他の奴より先んじて色んな場所のデータを見て置けるし、スキルも俺のやり方なら簡単にカンスト出来るしな?」
「いや、お兄ちゃんのはバグ技だから…まあ、どうでも良いけど、何処でやるの?」
兄のオンラインゲームの攻略法を知る茜はまたも苦笑しつつ、テストをやる場所を聞いてきた。
「ああ、何でも、この会社の経営陣が独自に所有する離島でやるらしい。移動費込み、食事、他諸々向こう持ちの、もし期間内にゲームクリア若しくは相応のデータを取ることが出来れば、臨時にボーナス500万だ。…まあ、俺にとってははした金だが、良い小遣いに成るだろ。出来なくても半年拘束される分の一般的会社員の半年給与200万はくれるって言う事だし、行って損は無いだろ」
「じゃあさ、じゃあさ?お兄ちゃんの株ちょっと私に弄らせて貰ってていい?この前言われた銘柄は動かさないからさ?」
「ああ、好きにしとけ?10億切らなかったら適当に遊んでても文句は言わんさ。それ位直ぐに取り返せる。」
「やたー!お兄ちゃん大好き♪じゃあ、出かける前のお昼は豪勢に行こうか?」
「そうだな、半年は茜の飯を食えないんだから、食いだめしとかんといかんな」
「OK~」
それから、出かける準備をして妹の手料理を食べた徹は、一路TOGのβテストの行われる、○○会社所有の離島行きの船へと乗り込んだ。
乗った船には見た所数える程の人数しか居なかった。
「…応募者少なかったのか?見た所5人しかいないが?」
「仕方ないですよ、幾ら給与は出すと言っても、普通の会社員の人は上司がOKを出しませんし、自営業の方はその後の立て直しの事を考えて、応募に躊躇しますから。結果的に神谷さんの様な個人投資家が当選と言うか、候補に残る訳です。後は引き篭もれる学生位ですかね?」
船に入ってすぐの所で観察していた徹の背後から、呟きに応えたのは、穏やかな眼差しで徹を見つめる、高校生になったばかりと言った感じの黒髪黒目の少女だ。しかし、結構テレビのファッションショーを見る徹の眼から見ても、見たことが無い位の美貌だ。何処の高校に通っているか知らないが、高校ではさぞアイドル的な存在だろう。
そして、ついその美貌に見惚れていると、少女は微笑ながら徹に船の中の案内を申し出てきた。
「良かったら、船の案内をしましょうか?この船は私の父の所有する船なので、そこそこ詳しいですよ?」
「俺の事に詳しそうだと思ったら、今回のゲームのβテストの主催者の関係者か?」
「ええ、そして参加者の一人でも有ります」
「へ~、こういうイベントには主催者側からも隠れて参加する奴が居るって聞いたことはあるが、本当だったんだな?」
「ええ、私の友達と一緒に参加する予定です。…紹介する意味も込めて案内しながら行きましょうか?」
「ああ、頼む」
「お任せを」
そう言って腰を折ながら片腕を曲げながら礼をする姿は、まるでどこぞの執事の様に無駄のない綺麗な仕草だった。
場所は客室に入り、そこでは3人程の客が居た。
「あ、雪ー、こっちこっち。…その人が今回の栄誉あるβテスターの一人?確か神谷さん…だっけ?」
「ええ、神谷徹さん。βテスタ―でもあるけど、私の父の会社の大株主の方でもあるわ。…まあ、だから色々と調べさせて貰ったのですけどね?」
「って事は、俺の家庭環境も全て知ってるって事か?持ち株やそこら辺も?」
客の一人か何かは知らないが、案内してくれた少女を雪と呼ぶ少女に、黒髪の少女が応える。
その返答に徹は自分のみ情報を知られて居ると悟り、一気に目の前の少女たちへの警戒を濃くする。
しかし…
「あ、誤解しないでくださいね?私達でも一応プライベートは一切教えられてません。教えられている事は、今回参加して下さっている方の簡単なプロフィールと提出して下さったクリアデータのみです。流石に家族構成は教えられてますが、持ち株や、銀行口座などの暗証番号に、交友関係は一切知りません。もし、私達が其れを知っているとなったら、訴えてくださっても構いません。それは保障します」
徹の顔に敏感に反応した雪が慌てて手を横に振りながら否定した。
それに追従する様に横から先ほどとは違う少女が説明して来る
「私達3人は同じ様な立場だけど、そこの黒髪の、雪乃って言うんだけど。雪の言うとおり、今回の中では徹さんが一番興味深いゲームデータを提出してくれたから、私達が興味を引かれたってだけ。そして、その事でちょっとお願いもあるし。…ね?雪?」
「ええ。徹さんには迷惑かも知れませんが、少し他の方とは違ったテストをして貰います。…まあ、同じテストではありますから、契約に違いは有りません。キチンと報酬も出ますし、他にも要望があれば可能な限り対処させて貰います」
「おいおい、そいつだけが特別か?俺も一応大株主で、色んなゲームのクリアデータを提出したはずだぞ?」
雪乃の徹への説明に不公平感が有ったのか、客の中の最後の一人が文句を言って来た。
しかし、それは慣れた物なのか、雪乃は冷静に対応する。
「いえ、この人のクリアデータは少々特殊な物だったので、謂わば特別措置なんです。他の人のデータも一応全て拝見させて頂きましたが、この方のデータのみバグともいえる様な要素が有り、その所為で特別措置と言う形に成ります。詳しくはそれこそプライバシーの侵害に成り、漏らせば我々が訴えられても文句の言えない状態ですので、ご容赦ください」
「…そう言う事なら仕方ないか…。それにしても、気になるな?そのバグみたいなデータって奴は…」
「悪いな?俺も偶然見つけた特殊な方法だ。そう簡単に教えてやるわけにはイカン。しかも、やり方自体にコツもあるしな?例えやり方を知っていても、コツが掴めない奴はいくらやっても出来ない技だ」
「…へ?それって、あの謎なデータは故意に出来た物だと?」
徹の言葉に、雪乃が意外感を出して聞いてきた。そして、それに頷きながらも、簡単には教えないと釘を刺しておく。
「ああ。まあ、何をやらせてくれるのか興味があるから、それが解るまでおいそれと教える事は出来んがな?」
「……分かりました、それはテストの時に調べさせて貰いましょう。…っと、紹介が未だでしたね?島に着いてからは各自のペンションで半年暮らして貰うようになるので、他の方とも必要最小限しか顔見せも出来ませんから、ここにいる方のみで簡単にしましょうか。……私は今回のモンスターオブモンスターズ、通称MOMのシステム開発担当者の娘で、今回はそこに居る二人と3人で神谷さんのバグを調べる為の少し違ったテストを一緒にやることになった綾小路雪乃です。半年間よろしくお願いしますね?神谷さん?」
「お、おう…」
雪乃が徹に挨拶すると、他の2人も同じように自己紹介を始める。
先ずは、銀髪の赤眼でポニーテールの僕っこだ。
「んで、僕も雪と同じ様に関係者の娘だけど、ゲーム自体はそれ程やらなくて、事前に適当に遊ばせて貰って、木工関係のスキルを好きが講じてカンスト一歩手前位になった程度で、今回三人一緒で良いっていうから参加する事になった、某名大学でプログラミングを勉強中の現役飛び級女子大生でーす。17歳ね?名前はカリン・バーミリオン。僕はその関係で只楽しくテストさせて貰う事にしてますから、あまり気にしないでくださいね?以上」
そして、次は金髪碧眼のお嬢様と言った風貌の美少女。
「私はシルヴィア・レノン。私の父も二人の親と一緒で開発者です。しかし、カリン同様、私も自分の親の専門的な仕事を勉強する序に今回のテストに参加したので、ゲーム自体はカリンと同じく好きなセキュリティー関係のスキルを結構伸ばした位ですね。ですから、ほぼ初心者です。なので、カリンと雪乃共々神谷さんのデータ収集が主な役割なので、よろしくお願いします」
そうして、三人の紹介は終わった。
しかし、この少女たちは皆それぞれトップアイドル並の美貌だ。
(こんな子達と一緒にゲームをやるってのも偶にはいいかもな)
現金な事に、顔が良い少女たちと同じ様にゲームをやると聞いて少しやる気が出る徹だった。
「最後に俺だな?俺は小杉順平。まあ、俺はその他大勢として、通常のテストをやる様だが、給金が出る以上報告義務や色んな義務は怠らないつもりだ。まあ、ここの他にも別のルートで来る奴も結構いる筈だから、そいつらと仲良くやるさ。お前らは精々謎の解明に精を出してくれ。以上」
「それでは、皆の紹介も終わって丁度島に着いたようですので、これより各自別れてコテージに行ってください。そこに係りの人がいますから、カプセルの使い方を聞いてゲームを始めてください。カプセルと言うのは、このゲームをする為に開発された、謂わば従来のVRマシンのヘッドギアの全身管理版です。このシステムが有る為、未だ一般家庭には導入が厳しく、当面はデータのみ特殊施設に持って行き、その施設内で遊ぶと言うのが大方の意見です…まあ、詳しくは係員に聞いてください。…では、後ほどゲームで」
そう言った雪乃の言葉で、船を降りた先に着いた島で見た孤島は結構な無人島だった。
徹は、3人に案内されるままに話にあったコテージに到着し、説明を受ける。
そこには人一人が入れる程のシングルサイズのベッド位の大きさの、言っていた通りのカプセルが5つ有った。
「このベッド型のカプセルに一人ずつ入って貰います。入る際に、此方にあるスロットに他のオンラインゲームのクリアデータ(同系列会社の関係のゲームに限る)を入れて貰う事で、そのクリアデータを元に能力値を設定する事も出来ますし、面白くないと言う場合は、限定的に設定を弄る事も可能です。…まあ、今回の設定はこちら側の設定で試して貰いますが。一応言って置くと、従来の家の会社のゲームの魔法関係が一新されているので、魔法関係は全てスキルデータに成り、カンストされているデータに関しては、一新された魔法データにランダムにパラメーターが加わります」
「例えば?」
「そうですね~、今回は使いませんが、元々神谷さんのクリアデータの戦闘系の魔法はほぼ全てカンストされていた状態なので、、神谷さんに関しては、ファイアの魔法がエレメントの火属性に始めから相当数プラスされていると言った感じでしょうか?」
「ふ~ん。簡単に言えば、統合されたって感じか?」
「はい、そう考えて戴ければ問題ないです。そして、このゲームの面白いのが、種族がヒューマン、つまり人間以外を選んでも、人型であれば、スキルに関してはほぼ同じ様に発動出来る事ですね。…まあ、今回のテストでは、神谷さんの魔法のデータは全て種族特性に差し替える様にしているとシステム開発の総責任者の方に聞いてますので、そこが万一不自然に成っていれば、最初のログアウト時に私に言ってください。勿論、向こうで直ぐに会うとも思いますので、その時に逐一報告してくれても構いません。一応、楽しめる様に微調整をするのが、このテストの目的なので、十分に楽しみながらプレイしてください。…では、ゲームの中で会いましょう」
「ああ」
「じゃーね?」
「お先」
雪乃の説明が終わると、3人は安全を確かめて貰うと言った面からか先にカプセルに入って行った。
「じゃ、早速入ってみるか…」
そう言って入ると、勝手に扉が閉まり、赤外線の様なレーザーが上を通過して行った。
そして、程なくして、設定に入った。
(…種族は…お?結構選べるな?面白い奴で、後々便利に成りそうなのは……お?スライムが有るじゃないか?そして、俺の魔法レベルが高かった所為か、最初っから全ての種族に変身可能に成ってやがる。…これは面白い!…これで行こう!…後は…どうでも様な物ばかりだな。…まあ、この位の物か…)
そうして、徹はゲーム世界に旅立った。
…筈だった。