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四門の奥義~鬼の哭く郷~  作者: 墨人
第二章 火
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瀬田朱美の理由

 しかし悲しそうな表情はすぐに隠され、余裕のある表情に戻った。


「……源川が喋ったのかい? 存外口の軽い男だね」

「否定はしないのか?」

「しないよ。本当のことだもの」


 あっさりと認めた朱美の言に、蒼次郎は軽く息を引いた。

 生前の葉末は朱美を慕っていた。男ばかりの剣の世界で、比較的歳の近い朱美を姉のように思っていた節もあるし、そんな葉末を朱美もまた可愛がっていた。


「何故だ!? 何故葉末をっ!? 御祖父様と俺を消し、奥義書を奪えばそれで終わりだろう! 葉末は関係無かったはずだ!」

「葉末ちゃんを斬った理由を話すには、どうして白州斉殺しに関わったか、そこから話さなくちゃならないね。主家に弓引く謀反人、人非人と罵られても仕方のない非道だからね。なんの理由も無くできることじゃない」

「源川は自分をないがしろにした御祖父様に復讐し、奥義書を手に入れて仁志に対抗するつもりだったようだが……いずれ貴様も似たような理由なのだろうが!」

「否定はしなけれど、源川のそれと一緒にされちゃ堪らない。それに、それじゃあ葉末ちゃんを斬る理由にはならないだろう」


 朱美は淡々として言った。そして視線で先ほど蒼次郎が斬った門弟の死体を示す。


「あんたが斬ったその男達がどうして瀬田の家に来ることになったか、その経緯は知ってるね? 家督を継ぐべき男子がいないこの家を絶やさないためにと、白州斉が私の婿候補として送り込んできたんだ」


 その辺りの事情は蒼次郎も承知していた。

 昇陽は基本的に男系社会であり、家督の相続も直系の男子によって行われる。子が女子のみの場合は婿を取り、婿が家督を継ぐのだ。だから白州斉は分家の当主が務まるくらいの腕の持ち主を選んで瀬田家に送り込んでいたのだ。


「私に兄はいないし、私が小さい頃に母は体を壊してしまったから弟が生まれる希望も無かった。判るだろう? 私には恋をする自由も無くなっちまったんだ」


 これは良くある話だった。将来的に婿を取る事が決まっているのなら、両親は娘の恋愛を快く思わない。他に心に決めた相手がいては、強制的に娶せる婿と上手くいくはずがないからだ。

 もっとも、仮に朱美に兄や弟がいたとしても、それで恋愛が自由になったかと言えば疑わしい。訃流の分家の娘ともなれば、政略結婚の駒とし十分に有力なのだ。


「いつの頃からだろうね、思うようになったのさ。私はいったい何なんだろう、瀬田朱美という私が存在している意味はなんなんだろうってね。瀬田の家は婿が継ぐ。私はその婿に瀬田の家督を継ぐ正当性を与えるための、ただそれだけの存在でしかないのか、とね」


 これも同じ状況にある娘なら多かれ少なかれ思うことかもしれない。しかしそう思いながらも従順にその役目を受け入れるのが当然だとされている。そもそも幼少からそのように考えるようようにと教育されてしまえば、疑問を持つことすらできないだろう。

 だが朱美は疑問を持ってしまったのだ。


「私は瀬田朱美という存在がただそれだけの意味しか持たないと言うことに我慢ができなかった。だから父に言ったんだよ『私も訃流を学ぶ。婿を取るなら私よりも強い男にして欲しい』とね。父はそれを約束して白州斉にも承知させた。二人とも私が訃流を学んだところでままごと剣術にしかならないと思ったんだろうねぇ」


 朱美はくつくつとさも楽しそうに笑った。


「最初の婿候補を負かしちまった時の白州斉の顔は今でも忘れないよ。ざまあみろと、そう思ったね」


 朱美は両親や白州斉の思惑を超えて強くなったのだ。その後も白州斉が次々と送り込んだ婿候補は、誰も朱美に勝てなかった。


「私はね、それでも白州斉のことを結構尊敬してはいたんだよ。主家の当主だっていうそんな立場の話じゃあなくね。自分でも訃流を学ぶようになって、剣客としての白州斉の凄さっていうのが実感できた。だから期待もしたんだよ。私が訃流の剣客として一人前である事を示せば、慣例を破って私に瀬田の家督を継がせるんじゃないかって。でもね……」


 朱美は唾でも吐きたそうな顔をした。


「結局白州斉にとっての私は剣客ではなく、やっぱり瀬田の血を継がせるための道具でしかなかった」

「……それが理由なのか」

「そうさ。女を道具としてしか見ない男は許せないんだ。こいつらだって私を利用して瀬田の当主になろうとしてた。他の奴らの手前一応手勢を揃えてなきゃならなかったけど、あんたが来たからね。もういいんだ」


 朱美が元婿候補を家人として置いていた理由は本人が言ったとおりだ。そして蒼次郎が来たから「もういい」のは、蒼次郎を倒して土の奥義書を手に入れれば圧倒的に有利な立場になるし、蒼次郎に殺されてしまえば後の心配など無用になる。いずれにしろ元婿候補たちはもう必要無い。


「それで見殺しか」

「私自身が斬っちまっちゃあ何かとまずいからね。とにかく、私は今瀬田朱美という剣客としてあんたの前にいる。こういう状況を作れたのは仁志のお陰だ。その点では感謝もしているね」

「……それは結構なことだな。だが、それで事は終わりだろう。どこに葉末が絡む。関係無いだろうが」

「そこで終わってりゃあ、そうだろうね。でも終わらなかった。白州斉とあんたがいなくなって……葉末ちゃんは私と同じになっちまった」


 事件後、森宗家に残ったのは葉末一人だけになった。女である葉末だけに。

 つまり葉末の婿になる者は森宗家を継げることになる。


「仁志がね、葉末ちゃんを引き取ると言い出したんだよ」

「そういうことか! 仁志め、奥義書を奪っただけでは飽き足らず宗家を乗っ取るつもりで! 貴様、仁志が宗家を継げば不味い事になると、それで葉末を斬ったのだな!?」


 仁志の徹底した悪辣ぶりを見たようで、蒼次郎はぎりぎりと歯噛みした。

 しかし朱美は苦笑する。


「誤解しないでおくれよ。仁志がそう言い出したのは一人になって途方に暮れている葉末ちゃんを見かねてのことなんだ。罪滅ぼしのつもりもあったのかもしれないね。先を越されちまったけれど、私だってそうするつもりだったんだ。とにかく、あの時の仁志にそんな下心は無かったはずだよ」


 蒼次郎は困惑した。宗家を乗っ取ろうと仁志が企み、それを阻止するために朱美が葉末を殺したと、そう考えるのが話の流れとしては自然だったのだ。


「貴様、俺を混乱させるつもりなのか? 仁志にそのつもりが無かったと言うなら、なおさら葉末を殺す意味などあるまいが」

「仁志には無くても葉末ちゃんにはあったのさ」

「なんだと……」

「一人になって心細いってのもあったんだろうけどね。あの娘は仁志にすがったのさ。自分と結婚すれば宗家が継げると、そう言ってね。あの娘なりに森宗家の価値や自分の立場ってのを承知してたんだろうけど……私はね、女を道具としてしか見られない男を許せないけどね、自分から道具になろうとする女もやっぱり許せないんだ。可愛さ余ってってのかね、気付いたら斬っちまってたよ」


 己を「瀬田朱美」という一人の剣客として存在させるために血を吐くような修行に耐えてきた朱美にとって、同じような立場になって安易に男に頼った葉末は許し難かったのだ。


「さて、存外長い話になっちまったけど、これが私の理由というわけさ」


 朱美は刀を手に取り、すうっと立ち上がった。


「ところで土の奥義書はもってきてるかい?」


 問われた蒼次郎は刀を畳に突き立て、空いた手で懐から土の奥義書を取り出した。

 それを見て朱美がにいっと口角を吊り上げる。


「やっぱり判ってるね。これがあんたの復讐ってだけでなく、奥義書の争奪戦だって事がさ」

「下らないことだとも思うがな」


 吐き捨てるように蒼次郎は言った。

 現在の状況がどうであれ、蒼次郎も訃流の男だ。奥義書の価値は痛いほどに理解している。

 仮に蒼次郎が奥義書を持たずにここに来たとして、万が一朱美に敗れた場合土の奥義書は所在が不明になってしまう。それは訃流の歴史の中で生み出された土の技の数々が永久に失われるということだ。


「火の奥義書は文机の抽斗に入ってる。あんたが勝ったら持っていきな」

「あそこか」


 言って、蒼次郎は右手を一振りした。縁側に面した障子戸の前に置かれていた文机。蒼次郎の手から放れた奥義書は狙い違わず文机の上に落ち着いていた。

 それを見届けて朱美は言った。


「それじゃあ、そろそろ始めようかね」

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