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魔王外伝 ~元魔王だけど、マグロ漁船に乗る事にした~

本編後番外編です。










「どりゃあああああーっ!!」


 とある町のとある酒場の前に、凄まじい勢いで鮪を捌いている男が居た。

 ざんばらになった黒髪は乱れ、鬼気迫る表情で魔導刀を振るっている。


「おらっ!」


 空中に放り投げられた鮪は、丸ごと刺身の盛り付けのようになってまな板に着地する。

 見ていた観客たちはキラキラと目を輝かせ、歓声を上げて拍手した。


「すげーっ! 兄ちゃん、すげえな! 何だそれ!」

「うわー美味そう! 食っていい!?」


「あんた、何もんだい? うちで働かない?」


 男はニッと笑い、白い歯を見せて笑った。


「ミツヨシ・ウジハラだ。そんな事よりこれ食って、ついでに中で飯食ってってくれよ!」


 ――そう、彼こそが氏原三義、元魔王現漁師見習い兼酒場店員だ。




 彼の人生は、19歳まではやや不幸ぎみでありながら平凡だった。

 

 彼は父母と祖父、兄と姉が1人ずつの家庭に生まれた。

 地元の小学校と中学校と高校に通い、騒がしくはないが大人しくもなく、クラスでは二軍程度の地位で、化学が苦手で、ライトなオタクで、まあようするによくいる若者だった。

 可もなく不可もない容姿。成績もそこそこ。運動は、及第点程度。

 やたら転び易く、周に一度は飛来したボールに当たり、何故か毎年何かしらの実行委員にされていた。そんな感じの不幸レベルである。

 

 やがてそこそこの私立大学に進学した19歳の時。

 

 その日は朝方まで友人とゲームに興じていて、学校に行こう、ふらふらとドアを開いた、その瞬間のことである。

 一瞬にして彼の世界は変わった。

 

 気づいたら玉座に座り、両脇に立った美女に絡みつかれ、頭にはなにやら禍々しい王冠、眼前の赤いカーペット、そして部屋に並ぶ異形の者達。

 彼は叫ぶでもなく、泣くでもなく――気絶した。

 

 そんな小心者の彼であるが、目が覚めて説明を受け終えた頃には何故だか彼らに嫌悪や恐怖を感じる事など微塵もなくなっていた。むしろ、彼らが跪くことが心地よくすらある。

 どうやらそれが魔王の力を持つと言う事らしかった。

 

 平凡だった彼は一変して王となった。

 魔王を自在に操れる。体も以前と違って格段によく動く。力も増した。魅力も増しているらしく、国内に居た女たちはこぞって彼にキラキラとした目を向けるようになった。

 しかし三義の性格上、女性への免疫が無いので大変困ったが、それはそれだ。

 

 やがて力が殆ど蘇った頃、遠い国に元の世界の波動――雰囲気のようなものを感じた。どうやら精霊らしい。恐らく前世が三義の世界の人間だったのだろう。

 少し会ってみたいと思ったが、城から出歩くと女性が群がるので嫌だ。なので結局放って置いたのだが、彼は魔王の願いを全力で叶える部下達の事を失念していた。

 

 そんなある年、勇者が召喚された。

 しかし来るまでにはまだ随分時間があったし、気にしてはいなかった。魔王としての思考なのか、負けたら負けたで構わないという考えである。

 

 そして召喚されたその日に、部下が精霊を攫ってきた。どうやら本当に日本出身の、しかも元女子高生だという。三義の心は躍った。人並みに女子高生は好きである。

 その精霊、美奈とは随分気が合った。とても話が合うのだ。いつしか、三義は彼女の事を好きになっていたのかもしれない。喜ばせてあげたくて、元の世界から物を召喚してみたりした。

 

 と、その日に勇者が襲来した。美奈は勇者に取られ、彼自身思い出したくも無いような、未だに怖気の立つような目に合った。

 地獄の1日が終わると、筋骨隆々のオネエ系マッチョ集団に連れ帰られた。その後必死に脱出し、辿り付いたのが大陸の端にある港町である。


 未だ恐怖に脅える頭で彼はこう考えた。


 ――そうだ、海に逃げよう。

 

 こうして彼はマグロ漁船の漁師達に頼み込み、1年の殆どを船の上で生活するようになり、3年が経った。

 魔法の扱いが上手く、力もある彼はみるみるうちに信頼されるようになった。今となっては良く焼けた肌に白い歯が眩しい海の男である。

 この街には元の世界のように生魚を食べる文化があり、彼にとってはまさに故郷を思い出せる最高の地だった。


 今日も彼は船に乗り、陸に上がってはマグロを捌いてみせ、鍛え上げられた体を見せ付けるように上半身裸で笑う。

 

 若干例の筋肉集団に近づいている事については、彼も気づかないのであった。




「ミツ!」

「おう、ケーラ。仕事はもういいのか?」


 一仕事終え、タオルで額を拭いていた三義に抱きつく少女が居た。年頃は18歳程だろうか、小麦色の肌に金髪の可愛らしい少女である。


「うん! ねえ、ミツも休憩にしよっ」

「そうだな。そろそろメシ時だ」


(っはー、たまんねーなおい! 何これ、エロゲなの? エロゲ?)


 さわやかな笑顔と裏腹にそんな事を考えつつ、腕に抱きついてくる少女のやわらかさに若干鼻の下を伸ばす三義。


 数年後、ケーラには振られたが近所の眼鏡美人と結婚し、尻に敷かれつつ彼は幸せな一生を送ったという。

 ちなみに魔王になった時点でかなり寿命は延びていたが、その点については誠心誠意妻に説明して許してもらい、元冒険者だったという妻と共にドラゴンの血で乾杯したりとなかなか波乱万丈の人生だったようだ。

 

 元魔王だけど、マグロ漁船に乗ることにした。

 妻に尻に敷かれてるけど、わりと幸せです。

 

 数十年後、そんな手紙がどこぞの勇者夫婦に届いたらしい。

 そして勿論妻の目に触れる前に破り捨てられたという。








何をされたか?

禁則事項です。




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