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もしも彼女が生きていたら (IF)

美奈生存ルートなIF。

現代恋愛。格段に平和です。







●16歳


「美奈も結婚できる年だね」

「そ、それが?」

「……残念だな。俺が2年早く生まれていれば」

「ちょっ、そうだったらどうする気なの!? ねえ!」



●17歳


「修学旅行、また同じ班だね」

「脅してたけどね。あはは、は、はは……台湾かぁ」

「美奈、向こうの言葉は喋れないよね。大丈夫、美奈が喋らなくてもいいように、当日までに覚えておくから」

「ひいいいいいっ」



●18歳


「……美奈、おいで」

「……っひ」


 にこりと微笑む顔が恐ろしい。美奈は後退り、がたがたと震えていた。


「ほら、早くサインしてよ」

「む……無理っ、無理だよ、そんなの」

「拒むの?」


 首を傾げる光輝。その目のドス黒さに似合わない仕草に、美奈は首を全力で横に振った。


「むむむ無理だってばああ!! そんな有名大学ううう!!」

「無理じゃないよ。これから叩き込んであげるから」

「無ううう理いいいいいいい!!」


 光輝の手に握られた出願書類。結局震える手で名前を書かされたのであった。



●19歳


「受かるとは思わなかった」

「俺が教師なんだから、受かるに決まってるよ」

「いや、体に覚えこまされたらねえ……」


 未だに受験勉強の間に受けた数々の拷も……お仕置きの数々を思い出すと体の節々が痛むような気がする。骨折の1つもしていないのが奇跡のように思えた。


「いいのかな……サークルのひとつも入らないで」

「参加させると思ってるの?」

「すいませんでした」


 ギリギリと手首の内側に爪を立ててくる幼馴染を見ながら、溜息を吐く。

 私服を着ているとますます見た目のいい光輝は、最初の頃凄まじいモテようで、美奈も随分ととばっちりを食らった。光輝のストーカーに殺されかけたこともあるが、その時は光輝が必要以上に叩きのめしたので九死に一生を得た。


 あれはまさに地獄絵図だった。美奈は既に片腕にアイスピックが刺さり、もう片方の腕も包丁で切られ、失血で朦朧としていた所に光輝が助けに来たのだ。

 美奈を殺しかけたのは勿論、そもそも美奈に触れた時点で彼の逆鱗に触れている。その後、手こそ出さなかったが凄まじい言葉で叩きのめし、彼女は殆ど抜け殻のようになって殺人未遂で連行された。


「……光輝、」

「何?」

「なんか食べて帰ろうか」


 なんだかんだで美奈は光輝を見捨てない。逃げることも出来なくはないのだが、結局は許してしまうのだ。

 それは幼馴染だからなのか、それとも別の理由があるのか。

 2人には分からないし、分かる必要もなかった。



●20歳


「こ……うき」


 光輝は信じがたいものを見たような目で、その光景を見ていた。


「美奈」

「ん……」


 ほんのりと赤く染まった頬、潤んだ瞳、半開きになった唇から覗く赤い舌、ずり落ちた服から覗く白い肩や胸元。

 色づいた指先が、ぐい、と光輝の胸元を引っ張った。


「さむい……」


 光輝は初めて美奈から歩み寄られて、どうしていいのか分からなくなった。

 とりあえずその細い肩を抱き寄せる。


「光輝……、こーき」

「……何?」


 美奈は縋るように抱きついて、とろんとした目で光輝を見上げる。


「どー、して……」


 ふわふわとした気持ちに任せて言おうとした言葉は、途中で途切れた。


「美奈?」


 どうやら眠ってしまったらしい。光輝は美奈の額にキスを落とすと、テーブルに残っていたチューハイの残りを飲み干した。



●21歳


「あれ?」


 美奈は純白のドレスを着て、思わず首をかしげた。


(何で結婚する事に……あれ? そもそも付き合ってたっけ? いや、同棲はしてたな)


 大学入学と同時に1人暮らしを始めようとした2人を、双方の親が「じゃあ一緒に暮らせばいいじゃない」と同じアパートに押し込めたのはつい数年前だ。

 特に何がある訳でも無い。同じ家に居るといっても部屋は別だし、うっかり肉体関係となる事もなかった。光輝の方は随分喜んでいたが、美奈としてはまあ可もなく不可もない。


(…………あ)


 美奈は数日前うっかり口を滑らせた事に思い至った。

 

 ――だったら何で、何もしないの!

 

 珍しく力で押し切られず口論になった最中、つるりと口が滑ってそんな事を言ったのである。そして光輝に首を傾げられて、ついついこう続けた。

 

 ――女として好きなんじゃないでしょ!? だって、き、キスとか何もしないし!

 

 思い切り勢いに任せた一言だった。その言葉にうっかり光輝を燃え上がらせてしまってついに21年もの均衡を破って色々とされたのは不覚としか言い様がない。

 美奈の方も頭がぐるぐるとしていて、訳の分からない事を口走ったとは反省している。そもそも愛してると言いながらそういう意味で手を出されなかったのは、せめてもの彼の気遣いなのだ。それを崩す事を言ったのは自分である。

 

 だからといって、何故3日後にドレスを試着しているのだろう。

 

 気が早すぎるのではないだろうか。


「……ま、いいか」

「お似合いですよぉ~」


 細かいことは気にしないのが吉だと21年の人生で学んだ美奈は、溜息を吐くのみだった。



●22歳


「卒論終わったああああ!」

「お疲れさま」

「ひっ、光輝が優しい」

「……何それ。俺が優しくないって?」

「いいいいやそんな事は無くて! ……っあなた!」

「……ふふ」

「(最近これ言うと機嫌が直るなあ……)」



●23歳


「いってらっしゃい」

「いってきます」


 卒業したらどうなるかと思ったが、専業主婦生活というのは以前より自由だった。掃除選択と食事の用意に加え、一人で気ままに買い物に行けるのが楽だ。

 染み付いた癖というのは難儀なもので、自然と男性を避けてしまうのだが、恐怖症という程ではないのでさしたる問題はない。

 

 また外界との接触が減ったからか、ここのところは光輝も随分穏やかだ。

 無論彼に他の女の気配がある訳もないし、夫婦となってからは生活も関係も落ち着いたものである。

 といっても以前の彼が完全に成りを潜めるにはまだ掛かるかもしれないが。


「……まあ、結果オーライか」


 程よい距離と、確実な繋がりというものが必要だったのかもしれない。

 そんな事を思いつつ、美奈は今日も掃除に精を出すのであった。



●24歳


「こ……光輝」


 美奈は両手を握り締め、ここが私の関ヶ原だと言わんばかりの決死の表情で声を掛けた。


「何?」


 帰宅した夫の姿は相変わらず若々しく美しい。美奈は数秒躊躇った後、口を開いた。


「妊娠した」


 数秒、沈黙が降りる。

 美奈はごくりと唾を飲んだ。――喜んでくれるだろうか。正直、自信が無い。


「……俺の?」

「うん」

「俺と、美奈の」

「うん」

「子供」


 光輝は僅かに戸惑っているように見えた。美奈にとっては初めて見る表情だ。


「そうだよ」

「……そっか」


 どちらからともなく歩み寄ると、光輝の腕がいつにない優しい手付きで背中に回る。

 変わったなあ、と美奈は場違いにも感心した。


「……美奈にそっくりな女の子がいい」

「そう?」

「俺に似た男だったら、間違いなく近親相姦に走ると思う」

「いやいやいやいや」


 しかしうろたえながら末恐ろしい事を言うあたり、やはり光輝は光輝なのだと思った。




●25歳


「よしよし、いい子いい子」

「あーう」

「いい子だから首にしがみ付かないでー、超苦しい」

「だー」

「ぐぇあっ! ……ッ父親に似て……光輝、どうしたの?」

「必死に手が出そうなのを抑えてるだけだよ」

「ひいっ」




●26歳


「満樹」

「あい」

「お前には幼馴染が居なくて良かった」

「?」

「……俺みたいにならなくて良かったよ」




●27歳


「光輝……」

「……」

「ぱーぱ」

「口引っ張られてる所悪いんだけど、あの」

「あに? (何?)」

「くっ……そのね、妊娠したの」

「!」

「次は女の子が良いね」

「ほうらね(そうだね)」




●28歳


「美紗にしよう」

「うん」

「……美奈に似てるね」

「そうかなー」

「こんな感じの赤ん坊だった」

「覚えてんの!?」




●29歳


「美紗、かわいい」

「ぅー?」

「美紗、美紗……ずっと一緒だよ」

「あぅ」


「……どうしよう……今更ながら光輝の言葉を信じるべきだったと」

「全くだね」

「まさか妹に矛先が……」




●30歳


「顔といい成績といい、生き写しだね」

「そう? 満樹も、耳とか頭の形とか口元とか足の指とか、美奈に似てると思うけど」

「……いや、そんな所まで見てるの?」

「美紗は美奈にそっくりだね」

「……そう? 眉のしゅっとした感じとか、鼻とか、光輝に似てると思うけど」

「そんなに見ててくれたんだ」

「え? あ、……うん?」




●31歳


「ぱぱー」

「……」

「父親にデレる美紗は可愛いんだけど、満樹の目が完全に光輝そっくりで怖い」

「ははは」

「はははじゃないっての……」




●32歳


「いい? 満樹、兄と妹は結婚できないの」

「知ってるよ」

「そうよね……ああ、なんだかとても不安を煽られるわ」

「大丈夫。かあさんの事も愛してるよ」

「7歳の子供が愛してるなんて言うもんじゃないってば。あなたの父親じゃあるまいし」

「何で?」

「あああそっくり……どうしましょうこれ」


「美紗、お兄ちゃんに屈しちゃいけないよ」

「くっする?」

「お兄ちゃんの言いなりになっちゃ駄目だよ。多少言う事は聞くべきだけど」

「うん!」

「美紗はお母さんにそっくりで良いね。可愛いよ」

「かーいい?」

「可愛いよ」

「ぱぱ大好きー!」




●33歳


「俺なんて最初に喋った言葉は“美奈”だったよ」

「っく……!!」

「負けたね、満樹。残念ながら美紗の最初の言葉は“パパ”だ」

「卑怯者め!」

「“愛してる”は2歳で覚えたし、3歳の頃に美奈にも言わせたし、4歳でプロポーズしたよ」

「年の差なんて!」

「年の差以前の問題だと思うわ」




●34歳


「美紗、愛してるよ」

「うん? あたしもお兄ちゃん、好きー」

「……言ったね?」


「ちょっ、言質取ってる! あれをネタに一生粘る気だわ!」

「流石俺の子」




●35歳


「美奈……」


 最近……というかここ十年ほど油断していた美奈は、ベッドの上で全力で後悔していた。


「随分、仲が良さそうだったね」

「あれは美紗の担任の……」

「知ってるよ」


 首筋に、久しく感じていなかった痛みが走る。ぎゅっと目を瞑ると、くすくすと笑う声。


「……男が担任だから、出来るだけ俺が行くって、言ったよね?」

「い、言いました」

「へえ、覚えてるのに」


 ぐ、と繋がった手に爪が刺さる。


「ねえ、美奈」

「うう……だって、無理があるでしょ……」

「そうだね。でも、連絡くらいしてくれないと――」

「ッう!」


 片手を持ち上げられたかと思うと、小指の先を噛まれる。


「食べちゃうよ」


 落ち着いたと思っていたが、やはり彼は彼で、根底の部分は変わっていないのだ。

 けれど――

 冗談ではなさそうなその瞳を、美奈は以前とは違う心境で見上げた。




●36歳


「海外旅行、行こうか」

「……え」

「2人でね。ああ、満樹と美紗は実家に預けて行こう。たまには父さんたちとも過ごさせてあげないと」

「いや、光輝からそんなまともな発言が……どこの国?」

「フランスとかどうかな。ああ、喋れないよね? 大丈夫、俺とだけ話せばいいから」

「あれれれデジャヴが」




●37歳


「……光輝」

「何?」


「愛してる」


 ソファの後ろから抱き付いて、少し酒の匂いのする美奈が言った。

 光輝は素面で無い事を少し残念に思いつつ、振り向いて口付ける。


「俺も。ずっとね」










当作品随一の平和なルートでした

まさかの更正

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― 新着の感想 ―
[一言] まともすぎて鳥肌が立つほどでした。 まともな光輝のほうが怖い。
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