ヤンデレの幼馴染が世界を滅ぼすようです (IF)
その6 一応現代。魔王化ルート
残酷描写多め?
骸を抱く光輝の胸を、黒い光が貫いた。
その年、異世界から様々なものの流入が起こる。1つの強い感情に引き寄せられて、あらゆる悪夢と希望とのないまぜになった幻想が世界を踏み荒らした。
町々を怪物が襲う。
人々を助けるのは警察でも自衛隊でも軍でもなく、精霊や魔法だ。
そうしてファンタジーとリアルの境目が分からなくなった頃。
突如として出現した城の頂点に、美しい男が立った。
「君がいないなら、世界なんてない」
その背後には、水晶に閉じ込められた少女の亡骸。
傷は全て修復され、生きているかのように血色はいい。
けれど閉じた瞳は、もう何も映さない。
「だから――……」
男は口元を歪めた。マントを翻し、水晶に腕を伸ばす。
吸い込まれるように入っていく腕は、ぎゅ、と冷たい少女を抱き締める。
「この世の全てを捧げる。……君を、取り戻すよ」
悲哀と、
絶望と、
憎悪と、
狂おしい愛情と。
混沌としたそれらが交じり合い。
魔王は、この世界に君臨した。
美しき魔王の元に、あらゆる異形の者が集った。
また、数々の人間も彼のもとに平伏した。
彼らは、魔王に殺される事を夢見ている。
今も玉座に脚を組んで座る魔王をうっとりと見つめる彼らには、生に対する執着は無い。彼らは既に自分というものに絶望しきっていた人間達だ。
少数ながら、終末を見たいという奇特な者も居る。
「……北米大陸に進軍する」
光輝は、淡々とそう言った。
「派手である必要はない。夜陰に紛れ、見つからないように武器の集まる場所から徹底して破壊。大量破壊兵器の類は結界で囲って爆破しておけ。夜明けまでに攻撃力を全て削げ。交通機関、発電所、報道機関も全て午前4時までに壊滅させろ。それから、」
言葉を切ると、忠実なる配下達は胸を躍らせながら次の言葉を待つ。
立ち上がり、今度は口元を薄ら歪ませながら告げる。
「夜明け後、塵1つ残さず大陸ごと滅ぼせ」
瞬間、王の間は狂おしい熱に包まれる。魔物も人間も共に腕を振り上げて歓喜し、口々に王を讃えていた。
北米大陸が突如として灰燼に帰し、ついでに海に帰った。
そんな事実をテレビで見て、とある青年があんぐりと口を開けていた。
「マジで!?」
1人暮らしの部屋。壁際に立てかけられているのは、最近実用化された魔法の杖だ。真っ先に製造に成功したのはファンタジー脳と名高い日本人で、この青年の使っている杖は最近杖製造にも手を出し始めたYA○AHAの製品である。
Y○MAHAは楽器を始めとして、幅広い分野に事業を広げている。まず魔法をそれらに転用する予定で研究が始まり、結果としてその副産物である魔法の杖が売れていた。
金属製の黒い杖は、グリップの上の方が円柱状にやや太くなっていて、制御のためのタッチパネルが付いている。
ちなみに腕時計型などのコンパクトな物もあるが、青年は1番安い杖型を購入した。魔法の扱いが上手いのでそこそこバイトで稼げているが、なんだかんだで苦学生なのである。
「え、ええー、やべえよどうすんのこれ。人類滅亡フラグがビンビンだよ」
テレビに映されているのは、世界に配信されていたため残っていたライブカメラの映像だ。悲鳴を上げて逃げ惑う人間を蹂躙する、物語に出てくるような魔物。
これが現実でなければ、つまらないB級映画だと笑ってしまえたような光景。
「……どーすっかなあ」
氏原三義。今年21歳の、しがない大学生である。
とりあえず人類の滅亡について、言えることは1つだけ。
マジか、である。
北米大陸が滅亡した後、今度は地続きである南米が滅ぼされた。
そんな中、国単位で魔王に従属しようとしたのが某独裁国家である。
「……浅ましい」
魔王はそう言い放ち、更に国ごと滅ぼされた。
この事件で、魔王に従う事も悪い結果しか呼ばないと認識が広がり。
人類は必死の抵抗を始めたのである。
「おいおい、マジかよ」
それから数週間後、バイトの帰りにポストに入っていた手紙を発見して三義はそう言った。
部屋に入ってベッドに転がり、封を切る。
入っていたのは、なんと防衛省からの手紙である。
以前なら笑い飛ばしていたような内容だが、勇者を探す事になったらしい。
お告げによると、勇者は今年21歳の男性だという。
「めんどくせえ……」
日本中の21歳男性はそれぞれが県内の会場に集まり、勇者を探す。
人によっては喜ぶかもしれないが、三義はその日にもバイトを入れていた事を思い出して嫌な顔をした。
「大体、体のいい生贄じゃねえかよ、勇者なんて」
ぶつぶつと言いつつも、国からの命令には逆らえない。
それが氏原三義であった。
次に滅ぼされたのはオーストラリア大陸から東南アジアである。
台湾までは滅びたのだが、何故か日本に属する島はひとつも滅んでいない。
その事に何故か批難が集まったりもしたものの、世界は今日も危機に包まれている。
「美奈」
水晶の中から、眠っているかのような少女を引き出す。魔法で時を止めているその体を大事そうに抱き締め、光輝は愛しげにその首筋に触れた。
「日本は最後にしようね。美奈との思い出の場所だから」
故郷ですら、そんな認識でしかないのだ。
光輝はそっと美奈の体を水晶に収めると、世界を滅ぼす算段をするために部屋を出ていった。
「マジで!?」
氏原三義は目を見開き、思わず手にしていた魔法制御杖を取り落とした。
「は、はい。ゆ、勇者です。間違いありません!」
派遣されてきた調査官の女性は、目を潤ませて叫ぶように言った。
「うっわ……」
思えば昔からこういう役回りだった。名誉あると見せかけてやる側には面倒極まりない役割ばかりやらされる。
貧乏籤体質ここに極まれり、と彼は溜息を吐いた。
「勇者……?」
日本に勇者が現れたと聞いた光輝は、すっと目を細める。
「人類の希望、ね」
そして口元を笑みの形に歪め、配下に向かって言う。
「適度に負けた振りをしながら誘導して」
「――畏まりました」
配下は恍惚とした目で、その命令を受け取った。
「太平洋のド真ん中に、城?」
「はい」
三義はいまいち勇者らしくない黒い杖を片手で持ち、はあ、と溜息を吐く。
勇者になって数週間経った。なにやら授けられた力で戦ったり修行したりと活動しているが。魔物に対しての攻撃力が高いため、海外からの依頼も多い。
けれど、やはり根元を叩くのが好ましい。そういう訳で魔王の住居を捜索していたが――漸く、その本部が割れたようだ。
「……じゃ、そろそろか」
正直なところ、勝てる気はしない。
けれど幾人もを救い感謝されてきた今、世界を見捨てるという選択肢は選び難かった。
そして一ヵ月後――三義率いる討伐軍が、太平洋の中心に向かって出発した。
太平洋の中心に、禍々しい城を中心に抱く島がある。
木々や草花ですら暗色で、行き交う異形の者たちが更にその禍々しさを上げている。
城は黒を中心にデザインされ、所々に白い髑髏の意匠があったり、崩れていたり、血のようなものが付着していたりする。
「美奈」
その城のかなり高い場所に、魔王の私室がある。
光輝は何度も冷たい頬や額に口付けを落とし、名残惜しげに美奈を水晶に戻す。
この水晶に干渉できるのは、光輝ただひとりである。他の者が触れれば、例えそれが神であろうとも焼き殺す。
「……もう少し待っててね」
指先で、更に水晶の表面に呪を刻む。
――もし自分が死んだとき、彼女が何者にも触れられないよう、水晶ごと消え去るように。
勇者が島に上陸した。
数百艘もの艦隊を従えて来たというのに、既に勇者の乗る艦しか残っていない。
とはいえ彼らは死ぬ覚悟をしてきているし、最大戦力は残った艦に集められていた。
「ついにか……」
三義は相変わらずの杖を手に、服装だけは魔法と科学の最新技術を駆使したものを身に着けている。周りには各国の精鋭たちが集まっていた。
「大丈夫よ、ミツヨシ」
そう声を掛けたのは、ポーランド出身の女性。回復系の魔法を得意とする元外科医だ。
「そうだよ。きっと行けるさ」
と笑いながら言った青年は、アメリカ出身で、攻撃魔法を得意とする。チーム最年少の18歳だが、サバイバルゲームオタクで、銃型杖を扱う事にかけては天才的だ。アメリカが壊滅した時には海外留学中だった。
「……頑張ろうぜ?」
緊張しているのか少し表情の堅い、肌の黒いショートカットの女性。魔法を生かした体術を得意としている。アフリカの出身だが、自力で海外を渡り歩き、ストリートファイトで鍛えた強者だ。
魔法による通訳は、ほぼリアルタイムで言葉を変換してくれる。そのお陰で、こうした多国籍の集団でも随分コミュニケーションが楽になった。
主力である勇者チームはたった10人ではあるが、更に数千人連れて来ている。船で攻撃する事は無謀だと既に判明しているため、戦闘員と後方支援が殆どである。
――だが、もう後は無い。
正直なところ、本来は艦隊がほぼ全滅状態になった時点で撤退するべきなのだ。しかし、この討伐軍に撤退という選択肢はない。それはもう、負けたと認めているようなものだ。
(勝てる気がしねえー)
勇者としての力を使えば、どうやら異世界に飛ぶことも出来そうだと彼は推測している。逃げたいという気持ちが正直なところだ。
けれど、母国であんな盛大に送り出されてしまってはそうするのも心が痛い。
(……まあ、俺が死んだ後の事は知らん)
あとはもう玉砕覚悟で戦うしかないのだ。
三義は人知れず溜息を吐き、戦いを潜り抜けても傷1つ付いていないYAMA○A製魔法制御杖を握り締めた。
勇者率いる10人は順調に玉座への歩を進めていた。
――城の外で、数千人もの部隊が壊滅し、後方支援部隊も艦ごと沈んだ事を知らず。
――更にこの時、アフリカ大陸が海の藻屑と消えた事も知らずに。
「ようこそ、勇者」
魔王は、その一言と共に三義以外の9人の命を刈り取った。
ごとん、と首が地面に落ち、血を噴出しながら次々に体も倒れていく。
「え」
三義は呆然として立ち竦んだ。
魔王は黒髪に黒い目で、些か整いすぎて人外染みてはいるが、アジア系、というより日本人の顔立ちをしている。
「冥土の土産に教えてあげるよ。君の乗ってきた艦は撃沈、後方支援と戦闘部隊は全員死亡。君しか残っていないし、たったさっきアフリカを滅ぼした所だ」
「は……!?」
「カメラ、付いてるよね?」
――三義の杖には小型カメラが付いている。魔法技術も併用したそれは、常に母国に映像を送信していた。
気づけば三義の手には、慣れ親しんだ黒い杖は無い。
「有効活用させて貰うよ」
光輝は魔法で引き寄せた杖を右手に持ち、とん、と床に付いて固定する。
そして魔法の術式を僅かに弄った。
――この日、半日にも渡る映像が世界中のあらゆる映像機器やパソコンに送信された。
電源を切る事も止めることも出来ないまま流された映像。
勇者を拷問し、痛めつけ、その絶叫を余す事無く響かせ、気絶できないように回復しては痛めつけ続け、四肢を切り取り、最後に心臓を抉り取った。
恐怖に歪んだ顔のまま、口に心臓を押し込まれた凄惨な死に顔。
何故か音量を下げる事も出来ず、町中にその絶叫が響いた。
そうして人類は、最後の希望を失った。
光輝は血に濡れた体を無表情のまま清める。
早く美奈の顔を見たい。しかし、他人の――しかも男の血に濡れた汚い体のままで彼女に触れるなど、許しがたい事だ。
勇者を殺しても、歓喜など少しも沸いてこない。
強いて言うなら、これで少し人類の滅亡が早まったか、と思う程度である。
「……落ちない」
いくら洗っても臭いが落ちない。
魔王となってから鋭敏になった嗅覚は、いつまでもしつこく血の臭いを感じ取る。
擦る。擦る。擦る。
その白い肌が擦れて血が流れる頃、漸く彼は満足したのであった。
勇者の死後、ついにユーラシア大陸が海に沈んだ。
更に北極と南極までもが滅ぼされる。
地球には、日本列島のみが残されていた。
いつ滅ぼされるのかという恐怖に包まれながら。
「やあ」
“あの日”から恐怖に脅えていた少女は、その姿を見て恐怖に全身を震わせた。
「あ……あ、あああ……あ」
がたがたと震え、呼吸が浅くなり、痩せ細った手で体を抱く。
「明日を楽しみにしていて」
黒髪の美しい男。それが魔王だと、少女は知っていた。
世界の殆どが海に沈み、
人類ばかりか地上の生物が殆ど滅び、
そしてこの日本を滅ぼそうとしている男。
「地球の生物は悉く滅ぼす。最後まで見ていてもらうよ」
そう言って光輝は、脅えて声も出せない少女に――美奈を殺した少女に、不死の呪を掛けた。
彼女は見届けねばならない。
1人の男を狂気に走らせた責任を果たさなければいけない。
耳を塞いだ時、既にその一室には誰も居なくなっていた。
明朝に北海道。
午前9時、本州。
正午、四国。
午後2時、九州。
そして午後5時、沖縄。
順当に滅び行く故郷を、遥か高みから光輝が見つめていた。
地上にはもうほんの少しの大地も無く、宇宙から眺めれば青と白しかなくなっているだろう。
光輝はふと上を見上げ、遥か空の上にある――しかし彼には視認できる、宇宙に存在する衛星や宇宙ステーションを消していない事に気づいた。
「これも必要ない」
手を一振りすると、全て塵1つ残さずに消えた。
「あ、ああ、あああ……ひ、ひい」
何故自分が死んでいないのか、彼女には理解できなかった。
理解できないなりに、それが自分への罰であるとは分かっているが。
死の苦痛を受けたのに、何故か空から滅びを見つめていた。
そして最後の島が消え去る。
(あ、あ、あああ、ぼ、ボクの、せい、違っ、ちがう、違うっ!!)
地上に人類はもういない。そもそも地上が全て海から消えたのだ。
少女は恐怖に顔を引き攣らせ、後悔に包まれながら漸く、生から開放された。
光輝は城に戻り、塔の天辺から大海原を見下ろす。
最早太平洋も大西洋もインド洋も同じになり、見分けは付かない。
「……」
ちらりと一瞥したのは、勇者の持っていた杖だ。
光輝はそれを手に取り、ダーツでもするかのような気軽さで投げる。
海に消える杖。
同時に、海中の生物は消え去り、あれだけあった海水がその周囲から蒸発して消えた。
残ったのは、水気のない茶色の大地のみ。
そして最後の一仕事。
王の間に行儀良く並ぶ魔物や人間たちを、それぞれが望む方法で殺していく。
島の中に生命の気配がしなくなると、光輝は体を魔法で清めてから島ごと再構成した。
以前よりやや広くなった大地には、草木が生い茂る平和な光景が広がる。
更に、島の中に幾つか山や森、湖や滝、川などを作った。
同時に、光輝は新たに世界に海水を満たし、大陸や島を幾つか作り、植物を生やす。
動物だけが存在しない、真新しいようにも見える星が出来上がった。
大地の創造を終えると、島の中心部の祭壇にある水晶に触れる。
「やっと……」
水晶が融け、地面に幾何学的に広がって模様を描く。
ゆっくりと倒れてくる美奈を抱き締めると、闇が頭上から降ってきた。
『成し遂げたか。はは、狂人だな』
「……御託は良い。早く」
『いいだろう――神は始末した。この世界に、新たな生命を与えよう』
彼は、この世界に侵食した――正しくはこの世界を侵略した、異世界の最高神だ。
最高神でありながら闇の神でもある。
文化の違いというものか、そちらの世界では闇こそが尊ばれ、人々は光を嫌うのだという。
舞い降りた闇の最高神は、この世のものとは思えぬ姿をしている。
内蔵と血管とをバラバラにして押し固め、そこに蚯蚓を何匹も追加し、更に蟲のような脚と幾つもの目玉を追加したような姿。
何時見ても怖気が立つ、と光輝は思った。
「終わったら早くどこかに行け」
『む、酷いではないか。……人型生物はいらんのだな?』
「いらない。動物だけでいいし、できるだけ元の様子から離れた方がいい」
『難しいな……進化というのは世界に組み込まれているのだ。どう頑張ってもそのうち元の姿に行き着く』
闇の神はそのおぞましい触手を広げ、世界に生命を振り撒いていく。
光輝はただ、微笑んで手を振り上げた。
「構わないよ」
『ほう?』
「だったらこの島には近づけない」
島が、浮かんでいく。
なるほどと納得した様子の闇神は、最後に美奈の体に新たな生命を宿す。
――光輝と同じ時を生きられるように、かなり多めに。
彼女の体で干乾びたようになっていた魂が、再び力を取り戻した。
美奈の体にゆっくりと温度が戻り、光輝はますますその体を抱き締める。
「早く帰れ」
『本当に酷いやつだな。ではこの世界、任せたぞ』
神が去っていく。そして、光輝が新たな神となる。
それが異界の神が他界を侵略する時の手順なのだそうだ。
世界で尤も強い感情を持っていた生命体に力を与えて世界を滅ぼさせ、そのまま神とする。そしてその地を任せるのだという。
「美奈……」
光輝は祭壇のあった場所に、白い家を創造した。
大きくも小さくもなく、元々住んでいた光輝の家に近い形をしている。
その島はまるで、楽園。
――ゆっくりと美奈が、その瞼を上げた。