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ちょっと浄化編 (IF)

IFその5。

本編の逆トリップバージョンとも。






 ――風が舞う。ざあ、と黄金色の海原を揺らして。


「……美奈。5年、経ったよ」


 丘の上に、白い家が建っている。瀟洒な佇まいを見せるその家の前に、椅子を置いて写真を眺めている男が居た。

 年の頃は、20代前半程だろうか。

 黒髪を後ろで緩く結って、ラフな服装にも関わらず洗練された雰囲気の、美しい男である。


「会いたい」


 彼の目の前に、ぽつんと白い墓標がある。

 それは彼が愛して、愛して愛して、今だ愛し続けている幼馴染の墓だ。

 

 先祖代々の墓に美奈を入れず、新しく墓を作って近くで暮らしたいと言った時、彼の家族も美奈の家族も切なげに目を伏せるだけだった。

 どうにかこうにか説得して、在宅で出来る仕事をしながら彼はゆったりと暮らしている。

 それが17歳の頃の事だ。

 

 彼の胸元に、どこか場違いなダイヤモンドの付いたプレート型のペンダントが光っている。

 裏側に美奈の名前が掘られており、そのダイヤモンドも美奈の遺骨から作られたものだ。

 

 彼の世界には美奈しか居ない。

 それは今だって変わらない。

 

 ちっぽけなペンダントと、白く丸い墓だけが、今の彼の世界だった。


「……?」


 ざあ、と風が光輝の髪を揺らす。暫く切っていない髪は随分と伸びて、肩甲骨のあたりまであった。

 そして、


「っきゃあああ!」


 不意に魔法陣のようなものが黄金の草原に現れたかと思うと、長い黒髪の女が1メートル程の高さからぼとんと落下して思い切り尻餅をついていた。


 光輝は暫くそれをじっと眺めて、顔を上げた彼女を見て、はっとした。


「痛たたたた……せ、成功……っひ!?」


 涙目であたりを見回していた彼女は、光輝の顔を見てびくりと肩を震わせた。


(――ああ、)


 光輝はじわりと滲むものを無視して、何か熱いものが込み上げるのを感じながら、何もかも忘れて彼女に駆け寄って抱き締めた。

 抱き締める力が強すぎて彼女の意識は危うく落ちそうになったが、気にすることもない。

 

 姿が変わっていたって、分かった。


「ちょ――まっ、ギブっ、ギブギブギブ!」


 銀色の瞳を潤ませて、美奈が必死に光輝の背中を叩く。しかしその腕は暫く離されることはなく、美奈は「成功と思ったら早速これかあああ!」と叫びつつ意識を飛ばした。










 ようやく元の世界に戻った私は、成長した光輝に抱き締められてさっそく肩が外れた。

 ……待て! おかしい! 感動の再会に脱臼が付随するのは明らかにおかしい!!


「美奈、美奈っ、美奈……!」


 焼け付くような熱さ。気絶して目が覚めると、キスされていた。何が起こったかわからねーと思うが私にも理解できません、なんなの!?


「ちょ――んむっ、ちょ、んんっ!」


 喋れんわ!

 昔より少し筋肉落ちたかなーって感じのする腕。少し日に焼けた気がしないでもない肌。全く印象の合わないスペインとかそこらへんっぽい白い家。白い百合が飾ってありますけど駄洒落ですか!? 白い家だけにカサブランカですか!?

 いやしかし状況が把握できない。何、何これ!?


「会いたかったっ……会いたかった、美奈……愛してる。あいしてる」


 やっと口が離れた! と思ったらそんな言葉が飛び出し、二の句が告げない。すりすりと擦り寄られ、いつになく甘えたような仕草にひゅっと息を呑む。

 ……わ、私が死んだせいで心が洗われた!?


「こ、光輝……」


 控えめに呼ぶと、光輝の目が輝いた。そして生まれて初めて見た、恐ろしく邪気の無い、天使の笑顔。……ほっ、ほんとどうしたのこの人!! 鬼畜どこいったー!!


「美奈」


 ……!?

 再び抱き締めてくる光輝。ぽたりと、精霊の衣装を着ていたせいでむき出しになった肩に雫が落ちる。ぽたりって言うかもうぼたぼたの域。マジで? な、ないてる……?


 生後数週間から光輝に多かれ少なかれ構われて生きてきた私は、常に受動的で、たぶん光輝を王様みたいな絶対的なものだと思っていて、多分それは勘違いで。泣いている光輝になにをしていいのか分からなくて、ただその背中に腕を回して抱き締める。


 ど、どうしよう。

 

 暫くそうしていると落ち着いたみたいで、ぎゅっと抱き締めた腕はそのままに光輝はやっと「おかえり」と呟いた。私は肩の痛みをすっかり忘れていた事に気づき、呻きつつもただいまと返す。


「ずっと、一緒に、いるよね」

「え? あ、うん……? 多分」


 物凄い力技で来たから、そのうち呼び戻されるかもしれないし、怒られるかもしれないけどそれはそれだ。来たもん勝ちだ。

 いやーしかしよくやった私。勇者召喚陣に突っ込んでまさかの逆トリップとかすんごい事やらかしたなー、もう戻れん。少なくともあの大陸じゃ針の筵だ。


「よかった」


 本当に嬉しそうに呟くから、戻るだとかそんな可能性は死んでも言えない。いや言ったらガチで殺られるような気がする。


「美奈、結婚しよう」


 そして次に来るのがそれかよ!!


「いっ、ぇあ?」


 いや、と言おうとしてそれが否定だと取られたら酷い目に遭うぞと思い直して何か言おうとして結局変な声が出ました。よくあることです。


「言ったよね、大人になったら結婚しようって」

「い……言いましたっけ」


 待って記憶にない記憶にないそんな甘酸っぱい約束しましたっけ!? なんつーベタな!


「忘れた? ……いいよ、許してあげる」

「は、はい」

「だから結婚しよう」


 先生、どうしてそうなるのかわかりません!

 そもそも彼と付き合った覚えもないな……ひぃ、16年もあんな事されておいて私ってば1度もデレてねえ……すげえ! イケメン耐性だけは世界に誇れると思うよ。


「えっと、えーと、その」


 断る理由も無いけど、かといって、結婚と言われてもぱっとしない。

 ……ううむ? というか私、何しにこっちに戻って来たんだろうか。

 家族はとっくに吹っ切れたし、向こうの生活も楽しいには楽しいし――あれ?


「こ、戸籍もう無いからっ」

「別に……事実婚でも問題ないから」

「うん!?」


 そうでした! そうですね!

 ぐるぐるとしていた思考がストップする。う、うん、どうしよう?


「そんなに嫌なら――」


 うん?


「……殺そうか? そしたら全部俺のものになるね」

「すいませんすいませんすいませんごめんなさい不束者ですが宜しくお願いしますうううう!」


 やっぱり光輝(ヤンデレ)光輝(ヤンデレ)でしたあああああ!!

 ……何故かそれに安心してしまう自分が腹立たしい!


「よかった」


 ぎゅうぎゅうと抱き締められ――今度はちょっと手加減してだけど――温かい感覚に、なんでか、泣きたくなる。帰ってきたんだと、やっと実感が沸いた気がする。

 ここが私の帰ってくる場所なのだ。

 光輝の腕の中――間違えました。地球の、たぶん日本が。


「美奈、俺のお嫁さんになって」

「……うん」


 やばい。どうしようこの子なんでこんなピュアッピュアになってんの!? 余計に性質悪いよ! そして全然嫌じゃない自分にもびっくりだよ!


 金茶色の草原。

 遠くに見える街並みを懐かしく思いながら。

 白い家と墓を背景に、

 私にとっては36年振りで、彼にとっては5年振りの再開を果たし。


 といい雰囲気で描写してみたものの結局、


「美奈……いい?」

「よくない! 全然よくない! はじめてが野外は遠慮したい!」


 そんな背景ぶちこわしで地面に押し倒されている私であった。







 此処での生活は――というか光輝は、案外というか、以前に比べてみると凄まじく穏やかだ。悟りでも開きました? みたいなレベル。

 まあどうやら、周りに他の人間が全く居ないから、のようだ。なるほど、私の目が他に向かないからか。理解したけど納得はできない! こわい!

 私も昔なら兎も角、精霊になった今はあまり物欲とかそういうものもないし、こんな仙人じみた生活でも全く辛くない。つーかいつの時代の人間だ、愛する人の菩提を弔うために世間から離れるって!


 此処はどこだかよくわかんないけど、前住んでたところからそう遠くない山の中。よくこんないい場所見つけたなあと思う。私が死んでから株で荒稼ぎして家建てたらしい。すごい。

 私が死んだ後くらいに大規模な経済の変化があったらしくて、そのお陰もあるようだ。

 食材は宅配サービスで二週間に1度ほど届けて貰っている。でも私の魔法というチートがあるので、家庭菜園を始めた。無属性の魔力だけど、水の量の調節だとか温度調整だとか、日照の調整とか……まあ色々便利だ。


 そんなある日の事。


「美奈、今日どうする?」

「……何が?」


「君の命日。親とか来るけど」


「あ」


 ……そうでした。

 

 前回もあの後両親が来て、私は思わず霊体になって姿を隠した。よくわからないけど、会いたいのか会いたくないのか良く分からなくて。


「……うーん。顔見て、会いたかったら会う」

「そう」


 光輝は親と会うことに関してはどうでもいいらしかった。私は悶々としながら霊体化して壁に潜る事に決めた。……そもそもこんなんなって受け入れられるのだろうかね、光輝じゃあるまいし……うん。

 人間は異質を嫌う。とうに昔に諦めた家族だから、どうなろうと、どうでもいい。

 ……そう思えてしまう自分に驚いたが、まあいいや。



「何かいい事でもあったの?」

「まあね」


 十時ごろに、私の両親と光輝の両親が連れ立ってやって来た。外の私の墓で手を合わせて、白い墓標に似合わない線香を上げて、何か言っていた。

 ……どうしよう。全然嬉しくねえ。


「そう……良かった」

「なあ、光輝。そろそろ戻ってきても良いんじゃないか……?」

「そうよ。美奈だって、そろそろ満足している筈だわ」


 ……。


「うちの娘に付き添ってくれてありがとう。でも君は、こんな所で終わっていい人間じゃない」


 私の、父が言った言葉に。


 どうしてか、気持ちが重くなる。憎しみのようなどす黒いものが、感じた事のないようなものが生まれて、思いがけずどろりと周囲にまで伝わる。

 親たちは反射的に振り向いて私のほうを見た。


「……俺は、帰るつもりはないよ――美奈」


 壁の中にいる私に呼びかけるように言う。

 途端に気が晴れるのを感じた。……そういえば精霊は、感情に左右されやすい生物だ。生物と言えるのかもよくわからないけど、怒って雷を落として街ひとつ焼いたりした精霊もいる。哀しみのあまりに湖を干乾びさせた精霊も居たな。

 私は無の精霊(ゼーデラ)だから、そのまま空気に影響したのか。


「そ……そこに、居るの!? 美奈っ、美奈!」


 私のいる壁に、母の手が触れる。……ちがう。母じゃ、ない。

 

 もう私は、この人たちの娘ではない。

 

 ミーナ・ハルベルンは、あなたたちの娘ではない。

 美奈と私を呼ぶのは、光輝ただひとりだ。

 

 光輝を私から奪わないで。


 ――彼が綺麗な笑みを浮かべるのを、どこか夢見心地で見つめていた。



 4人が帰ると、壁から飛び出して実体化する。

 何も考えず光輝に抱きつくと、背中に腕が回って、もうどうしようもないくらい安心する。


「光輝……」


 あたたかな体温。心臓の鼓動を聞きながら、願う。


「一緒に、いて」

「ずっとね」

「どこにも行かないで」

「ここに居るよ」


 あんなに怖かったのに、今は、今は。


「……すき」

「うん」

「あ、いして、る」

「俺も、愛してるよ」


 頭が、変になったかもしれない。

 ただ光輝の胸に頬を寄せながら、私はぼんやりとそう思った。








依存しあってふたりしあわせなヤンデレ侵食END

ある意味ハッピーある意味バッド

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