もしかしたらあったかもしれない (IF)
美奈死亡後、あったかもしれない話。
その1
犯行現場は、ごく普通の家の庭だった。
平穏だった光景は血に染まって陰惨極まりない。しかし加害者の少女まで包丁を刺されて死亡し、その場で亡くなっており――被害者の方の遺体は、見つかっていない。
包丁に、指紋は無かった。
ざあ、と波の音がする。
光輝は愛しい彼女の亡骸を抱き締めてキスをして、ゆっくりと船に乗り込んだ。
「美奈……」
もう何も憚る事は無い。まるでウェンディングドレスのような白いワンピースを着せられた少女は、傷だらけだが血は付いておらず、綺麗な状態だった。
死後硬直で固まった体を愛おしげに抱き締めて、ボートのエンジンを掛ける。
冷たい額を撫でながら沖に出て、エンジンを切り、日が落ちるのをじっと眺める。
その手付きはどこまでも優しく、まるで少女が死んでいることなど気にしていないようで。
「愛してる。ずっと、一緒だから」
――その後、彼の姿を見たものはいない。
(その1 Nice boat.END。ヤンデレと言えばやはりこれ)
その2
(前略)遺体の行方はわかっていない。
――光輝が部屋から出てこなくなって、3日経った。
彼の両親も美奈の死に心を痛めていたし、美奈のことを誰より愛していた光輝がショックを受けて当然だとも思ったが、ドアの前に置いておいた食事にも手を付けていないので流石に心配になった。
このままでは後を追うような事態になってしまう。
しかしノックすればノックが返されるので、まだ生きてはいるようだった。
「……光輝、開けなさい。悲しいのは分かるけど、そろそろご飯を食べないとあなたまで死んでしまうわ」
更に、美奈の遺体が見つかっていない事も、その悲しみを助長しているように思えた。
優秀だが美奈以外に興味の薄かった彼には堪えている事だろう。
母親は今日も駄目か、と沈痛な眼差しでトレーを置こうとした。その時、
ドアが開く。
「……光輝?」
「母さん」
ぽつり、と呟くような声だった。
「俺は――大丈夫だから」
僅かに、生温かい空気がドアの隙間から流れ出た。
母親はごくりと唾を飲み込む。その言葉はただ穏やかなのに、何故なのか、背筋がざわりと粟立った。
「そ、そう。……ご飯は置いておくわ。食べてね」
分かった、と声が聞こえてドアが閉じた。
数日後、
部屋の中から発見されたのは、満足げな顔で息絶えた光輝の遺体だった。
――そして同時に、美奈の遺体も発見された。
僅かに残された骨などの部分を除き、
光輝の、胃や腸の中から――
(その2、猟奇END。これもどこかで見たことあるような)
その3
警察が現場に辿り付くと――そこは、悲惨の一言では片付けられない、稀に見る凄惨な空間が広がっていた。
血の海のようになったそこで、被害者らしき亡骸を抱き締めて背中を震わせている青年。
転がったアイスピックと包丁。
やがて、明らかに手遅れな救急車が到着する。青年は共に行くのかと思われたが、少女の血に濡れたままあっさりとそれを見送った。
そして、
おもむろに包丁を取ってある一点を睨む。
「ちょっと、君――」
不穏な空気に警官が彼の前に出た。
すると背後からガサッと音を立て、小柄な少女が飛び出す。
逃げ出そうとした彼女は、他の警官に取り押さえられた。
しかし光輝は――
「どいてください」
無感動な目で、ただただ冷ややかに警官を睨む。包丁を持った手をだらりと下げて彼を押しのけようとするが、警官は冷や汗を流しながらもそれを阻んだ。
「な、何をする気だ。君まで手を汚す気か」
「……どいてください、でないと」
瞬間、警官の視界がぐるりと回る。
地面に叩きつけられた警官の真上を飛び越え、青年は包丁を持って、逃げようとした少女の方に行こうとして再び誰かに阻まれる。
それは死んだ少女の父親だった。どうやら付いて行かなかったらしい。
「光輝くん、やめなさい」
光輝は黙って頭を横に振る。
「どいてください。……でないとそいつを、殺せない」
その目はただただ無だけを宿していた。
(その3。お兄ちゃんどいてそいつ殺せない! みたいな……)
その4
葬式の会場で、不意に聞こえた声に光輝は目を細めた。
「――美奈ちゃん、かわいそうに」
それは何のことのない、彼女の親戚の男の声である。
それが引き金だった。
「きゃああぁぁぁあああ――っ!!」
絹を裂いたような悲鳴が響き渡る。
何事かと駆けつけた美奈の両親は、信じられない光景を見た。
「……こっ、光輝くん!?」
それは現代において、あまりに非現実的な光景に思えた。
手には、日本刀。そういえば座敷に飾ってあったなと、他人事のように彼女は思い出す。
亡くなった美奈の祖父の物だったそれには、確かに血が付いていた。
「俺、以外が」
あまりの光景に近寄れずにいる美奈の母親を他所に、光輝は良く通る声で――けれど少し泣きそうに叫んだ。
「美奈の、名前を、呼ぶなっ」
彼の足元には、絶命した親戚の男が、恐怖に歪んだ顔のまま転がっていた。
(その4、血の葬式END)
→IFその6