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星のかなたへ 下

続きです。二話連続投稿なので、前話からどうぞ。

途中、視点変更アリ。









 コウキは女神を倒した功績とヤシロ少将――いや、ミツキ(と呼べと言われた)の推薦によって名誉騎士となった。


 彼はどうやら、神たちに嫌われているらしい。ここ数ヶ月で三度も襲撃を受けたあたり、その嫌われ具合は相当のもののようだ。

 なんでも、今までに何度もやらかしているそうだ。そもそもこの世界に来た経緯と生まれ変わっている理由、どちらも異世界の神が関わっている。それに二人からの心象もそもそも最悪で、仲が悪くても当たり前だ。


 そういう訳だから、私は配属されていた艦を離れて被害の及ばない辺境へ向かわされる羽目になった。ヤシロ少将も何故か来ている。

 宇宙船ではなく人工星で、近くに艦隊も控えてはいるのだが、神が本気で殺しに来るのだから手を出さない方が都合がいい。巻き込まれる危険の方が高いからだ。

 まあ、悪い言い方をすればおとりのようなものである。


 それにしても、私が場違いすぎる気がするんだけど。


 まあ襲撃されれば必ず返り討ちにするし、軍からの評価は鰻上り。彼らを御すための大事な餌として私も二階級特進である。……あの、もしかしなくても殉職レベルの苦行って言いたいの?


「美奈」


 あと――なんで襲撃されてないのに命の危険が迫ってるのかな。


「う、ぅ……」

「まだ躾が足りないのかな?」


 通信に出ただけなのに、なんで首絞められてるんだろうか。

 頭がぼんやりして、首からじわりと熱が這い上がる。血が上って、苦しい。空気を求めて喘ぐ唇に、ゆっくりと口付けが落とされた。

 漸く手が離れ、脳まで溶けそうな熱が唇から入り込む。背筋がぞくぞくとして、腹の奥まで掻き毟りたくなる。なのに、抵抗はする気も起きない。


 魂に刻み込まれた服従。あるいは許容か包容か、それとも形の違う執着なのか。

 ――何をされても、嫌悪は沸かない。こんな扱いを受けて、普通は憎悪すら覚えるだろうと頭が考えるのに、心は勝手に膝を折り、諦念か覚悟かわからない気分にさせる。


「も、もう、しないっ、から……」

「分かればいいよ」


 にこ、と笑う。笑顔もどこか猛獣じみたものを感じさせるのはどういう訳だろう。

 なんというか、無邪気な時代というのが無さそうだ。この姿で生まれてきたような感じがする。


 コウキはもう一度深く口付けると、強めに私の舌を噛んでから離れた。

 大人しく従順にしていれば、そこまで暴力的ではない。殴ったり叩いたりはないし、蹴ることも勿論ない。どちらかと言うと、度の過ぎたスキンシップ……だろうか。


「愛してるよ」


 普通、あの扱いの後に言われても免罪符代わりだと思いそうなものだけど――その言葉だけは本心であると思う。心を覗いてみると、そんな感じに思えた。混沌すぎて怖いけど。

 


 ――ミーナ・ハルベルン、あるいはミナ・ヤマダは何を思って、何を考えていたのだろう。

 彼女は私であって、私ではない。2人の男を虜にしたという前世だか前々世だかの私は、一体どんな人格で、何を感じていたのだろう。


 黒い髪に銀の瞳の精霊は、異世界からの生まれ変わりだった。彼女は勇者を召喚し、そして恋人だった(?)コウキと再会してすぐに魔王に浚われた。そして助けられた後に結婚し、数千年生きた後、愛の女神との戦いで消耗してコウキ共々命を絶ったと言われている。


 どうして彼女がコウキから逃げなかったか。

 本能で片付けられるような気がしてならないが、そうでない気もした。



 気づけば、何故かハルベルンの前に立っていた。

 早朝に、また神が襲撃してきた。小物だから、2人だけが出ている。というか私が出る事は少ない。ぼうっとしたまま待っているのが嫌で、なんとなく歩いたらここに辿り着いたのだ。

 私は何かに惹かれるように、ハルベルンの中に霊体化した手を差し入れた。


 そして手に触れるもの。構造は頭に入っているが、こんなものは無かった筈だ。

 引き出すと、それは――宝石のような何かだった。


 強大な魔力を帯びた透明な石。黒い靄のようなものが滲んでいるが、おそらくこれは精霊石だろうと見当が付いた。精霊が死する時に残されるという、結晶。


 精霊石は鈍い光を発して、脈動するように明滅を繰り返している。


「母さん」


 はっと振り向くと、そこにはミツキが立っていた。


「ハルベルンはね、俺が作ったんだ。知ってた?」


 ――首を横に振る。ミツキはゆっくりとこちらに歩み寄って、いつもの微笑を向ける。

 ふわ、と精霊石が光の強さを増した。


「愛してるんだ。母さん」

「……そう」

「もう振られてるからいいんだけど、でも、やっぱり諦められないなぁ」


 泣きそうな顔をされると、こちらまで泣きたくなる。

 光り輝いた精霊石が粒子になって、体に吸い込まれていく。――そして。


「満樹」


 ああ、思い出した。

 ゆっくりと、忘れた記憶が浮かび上がるように――遠い遠い思い出が、思い出される。自分のものではない、けれど自分のものでもある記憶が。


「たまには帰ってきてね」

「……言われなくても。ああ、時間切れ」


 ドームの天井が割れた。

 割れたといってもガラスやら何やらではなく魔力で出来ているから破片は出ない。けれど割れた事を知らせるパキィンという高い音が耳に届き、一瞬だけ明かりが消えて再び灯る。

 大胆なやり方で飛び込んできたのは、当然ながらコウキだった。


「父さん、時間をくれてありがとう。それじゃ、次は何百年後かな」

「二度と会わなくてもいいよ」

「ねえ、ちょっとは息子を可愛がったらどうなの?」

「墓掃除くらいはしてあげてもいいけど」

「ひどいなあ。あはははは」


 全く、どちらが親だか分からない会話だ。でも、聞いていて楽しかった。

 懐かしさと、新鮮さ。“美奈”と“ルミーナ”の意識が完全に交じり合った、きっと明日には消えてしまうこの感覚を忘れたくはない。

 何度も死した自分の記憶がゆっくりと浸透して、その全てが不思議なほど幸福に彩られている事に驚く。どんなに不憫だと自嘲し、腹の内で文句を言っていても、幸せだった。


 ――怖い、怖い、怖い、怖い!


 恐怖に彩られた“最初の最期”。


 ――でも、これくらいじゃ死ねないから。……ちゃんと殺して


 安らぎすらあった、“二番目の最期”。


 その違いは、単純だ。コウキの手で止めを刺されたか、否か。

 結局、殺される事すら許容していたのだから、首を絞められるくらい何でもないのだろう。

 従うのではない。諦めでもない。ただ、許していた。


 ならば私も、許そう。


「満樹、またね」

「うん、母さん。……父さん、挨拶くらい穏やかに見守ってくれない?」

「……そうだね。会うのは来世だろうから、挨拶くらいは許してあげるよ」


 変な会話だけど、彼ららしいと思う。

 去っていくミツキを眺めながら、コウキに抱き寄せられるのを拒むことはしなかった。







 ルミーナ・ファランダ・ハルゼルトーザ。最終階級は元帥、退役時に名誉騎士の称号と天帝聖花勲章(帝国では最上位の勲章)を与えられた。

 コウキ・ハルゼルトーザ。古竜人だが卵のうちに捕らえられ、以降神軍の奴隷兵であったが、捕虜だった時分に危険度Sの神を討伐した功績によって帝国軍に迎えられる。最終階級は中将だが、ルミーナと同じ勲章を賜っている。


 コウキとルミーナはミツキ・ヤシロ名誉騎士と共に大戦を勝利に導く。後に帝国三傑とも呼ばれ――帝立博物館に展示される3人の石像は、寄贈されたハルベルンとレーヴィンの二つの機動装甲と共に国宝とされた。

 また彼らは後に信仰の対象ともされ、コウキは“勝利”、ルミーナは“生還”、ミツキは“武勲”を司る三柱の新たな軍神として、帝国解体後も長きに渡り信仰を受ける事となる。


 ――コウキとルミーナが同時にリーベルへ入ったのは、ただ一度、皇帝による受勲式のみ。

 その時ですら寄り添い合ってひと時も離れず、ルミーナが男である皇帝の目に触れる事すら厭いベールを被ったまま謁見したことは有名だ。……事実は定かではないが、彼らをよく知る者は「むしろ強要されたんじゃないかな」と証言している。

 とかく、彼らは帝国史上最も熱いカップルだと後の大衆向け歴史書に書かれる程であった。


 以後の行方は定かではないが、足取りはコウキ所有の惑星で途切れているため、その場所に骨を埋めたのだと思われる。

 自然溢れるその惑星は6割が海、陸はひとつの島のみ。二人暮しには十分な広さの家が一軒と畑、それから山がひとつ、島を二分する川がある。その様子は近くを通れば簡単に目視できるのだが、誰ひとり2人の姿は見たことはない。

 家から出ないのではなく、人が来ると隠れるのだ。辛うじてコウキの姿だけは、半年に一度呼びつけられる行商だけが目にしている。


 また、コウキは古の英雄コウキ・ヤシロの生まれ変わりである。

 “言われている”のではなく、精霊王お墨付きの本物だ。それだけでなく、歴史に残る人物に彼が正体だった者が何人も居る。同時にルミーナもまた、ミーナ・ハルベルンの生まれ変わりだ。


 その事実は秘されたが、どこから漏れたのか――人類の危機が訪れると再び生まれ変わり世界を救う、という本人達にしてみれば迷惑な伝承が出来上がった。







「おかえりなさい」


 ゆったりとした服を纏い、膨れた腹を撫でながら帰宅するコウキを出迎える。

 退役後、惑星を買い上げて2人暮らしを始めたけど、なかなかこれが快適だ。私は家事はからきしだけど、コウキが大抵のことは出来るし、ゴーレムを使用人として使っている。

 正真正銘2人きりで息が詰まるか、孤独か、と言われれば全くそんなことはない。そんな事を考えている暇もない。


「ただいま。体調は?」

「大丈夫だよ」


 なんとなく、腹にいるのは娘のような気がした。もう頭の奥に沈んでよく思い出せない数多くの“私”の感覚だろうか。だからなのかなんなのか、結構やさしい。

 いや――こんな辺境の星に、たった2人で暮らしているからかもしれない。

 環境って大事だな、本当に。でもこの閉鎖的すぎる環境に2人で逆に改善するのもどうなんだろう。少なくとも普通じゃないけど、まあいいや。


 カレンダー無し、季節感無し、そして時計も無し。昼夜はあるけど時間の感覚が可笑しくなるような星。それでも人の住む星としては上等だろう。二人暮しでこの星なんて贅沢だ、とすら思う。

 コウキは朝食を食べた後、午前中は畑をいじり、午後は狩りや採集に出る。私はその間、手伝いをするか自分の趣味に精を出す。刺繍したり、本読んだり、研究したり。

 とにかく平穏で、楽で、昼寝に割く時間も増えた。

 夜になればお察しください状態だが、おかげで子供の出来にくいはずの精霊なのに十年そこそこで子供も出来た。まだ生まれないけど。


「そうだ。コウキ、名前は決まった?」

「ああ……一応ね。男はそろそろ考えるのも面倒になってきたけど、女の子だったら――」


 そういえば、何度も“私”の出産にあたって名前を考えている訳だ。ネタ切れになっても仕方のないことだろう。

 コウキはこの星に来てから時折見せる、少しやさしい笑みを浮かべて言った。


「ミサ、がいいかな」


 ――やっぱり、娘が生まれる気がするな。

 そう思いつつ、私は手にしていた布に刺繍する作業を再開した。白い布で作った涎掛けの端っこに、拙いながら描くのは桃色の花だ。

 私は見たことがないけれど、“美奈”にとっては馴染み深かった花。この世界のどこを探してもおそらく存在しない、春に咲く儚い花だ。


 ……特に意図した訳ではないが、やっぱり女の子向けだろう。数ヵ月後、生まれた赤ん坊の性別を確認した後、勘というのも侮れないと思った。


 とにかく娘・ミサも生まれ、3人になった自宅は少しにぎやかになった。

 性格はどちらに似たのか――全く分からないが、どこかミツキに似ているような気がする。天真爛漫で、私のような不憫体質でもなければ、コウキのように完全無欠でもない。

 普通に可愛らしく、普通に元気で明るい性格で。……いや、周囲に濃い面々ばかりいた人生だから、なんだか見ていると安心する。というか、可愛い。

 でも、普通だからこそこんな島に閉じ込めてしまうのはかわいそうだ、と思い始めた頃――


 手紙が届いた。訪れる日時と短い挨拶だけのそれに差出人の名は無かったが、分からない筈がなかった。

 明日で六歳になるミサは、血の繋がらない、けれど魂で繋がったもう1人の家族と会うことをとても楽しみにしている。私はミサと一緒に料理を並べながら、椅子に座って憮然としているコウキを見て苦笑した。


「そろそろ、和解したら?」

「……向こうが諦めたらね」


 簡単に諦めるなら、とっくに父子仲は改善してると思う。

 そんな事を思いながら――待ちきれないと言って家を飛び出そうとする娘を押さえ、並べ終えた料理に保護魔術を掛ける。

 顔を合わせては骨肉の争いを繰り広げているけど、まさか娘の前で――妹の前で、そう派手な事にはならないだろう。あとは両者が気に入るかどうかだけど――それは多分、問題ないような気がするのだ。


 食卓を囲む一家四人。流石にそこまで“普通”の光景にはならないだろうけど、それでいい。

 とても楽しみだと思いながら、私は窓の外に目を向けた。






そういう訳で、不完全燃焼的後日談でした。

拍手の方に、一応最後のおまけがあります。


転生エピソードはいくらでも出てくるんですが、読んでみたい!というものがあれば……えーと、手が順調に動けば書きます。


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