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どうしても許せなかった

作者: 青夏
掲載日:2026/08/14

一度婚約破棄ものを書いてみたくて。

 

 マルグリッド・エヴァンズ公爵令嬢は王国一の淑女である。


 生来の美貌は元より、十歳の春に王太子と婚約して以来ずっと、将来の王妃として研鑽を惜しまない姿勢に対する評価がそれであった。



「マルグリッド・エヴァンズ公爵令嬢!この場限りで私は君との婚約を破棄するっ!」



 そんな彼女が王太子に婚約破棄を突きつけられている。

 学園の夜会で衆人環視の中。隣に男爵令嬢とやらを従えた婚約者に。


 これはよもや〝真実の愛〟とやらかとお喋り雀たちが固唾を呑んで見守る中、しかし眉一つ動かさぬままに公爵令嬢は控えている近衛騎士へと指示を出した。


「王太子殿下は魅了の魔術にかかっています。すぐに宮廷魔導士を呼んで解呪させなさい」


 周囲が一気にざわめき立つ。

 王太子が魅了にかかったなど、ただの醜聞では済まない。国家反逆罪に問われても仕方のない行状だ。


 自然と、王太子に寄り添う男爵令嬢へと、周囲の視線が集まった。


「無礼なっ!貴様にそんな権限はないっ!」


 自身の不利を悟った故だろうか。

 王太子が苛立った声を上げる。


 確かに、婚約者である公爵令嬢は準王族に過ぎない。その発言が王太子のものより優先される謂れはなかった。

 どうするのかと、板挟みになった格好の近衛騎士らを見れば、彼らに向かって公爵令嬢は右手に光る腕輪を翳した。


 途端に、近衛騎士たちの息を飲む音が響き渡る。


 それは王命の腕輪だった。

 国王の代理として全権を許された臣下にだけ託される。


「王太子殿下をお連れしろっ!」


 近衛騎士が叫んだ瞬間、事態は一気に動く。


 抵抗する王太子も暴れる男爵令嬢も身柄を拘束されて、舞台は呆気なく幕を閉じた。


「ご無礼をお許しください殿下。お詫びに婚約破棄は承りますので」


 拘束された王太子に向かって、マルグリッドが澱みなく告げた台詞とともに。







 王太子が醜態を晒した二週間後。

 マルグリッドは父である公爵と共に、王宮に呼び出されていた。

 玉座に座る王が見下ろす中、マルグリッドは王太子と揃って並べられる。


「マルグリッド嬢よ。此度は誠に大義であった」

「勿体ないお言葉でございます」


 マルグリッドは国王に向かってカーテシーをとる。けれど決して視線は上げなかった。

 王だけでなく、その場に控える臣下たちの顔が曇った。


 エヴァンズ公爵家は王太子の後ろ盾だ。

 王国に三家しかない公爵家に手を引かれては、王太子の支持基盤などすぐに揺らいでしまう。

 王太子の動きに不安を覚えた王は、だからあの日、マルグリッドに王命の腕輪を渡したのだ。

 何があろうとも、王の支持はエヴァンズ公爵家にあると示すために。


「王太子よ、そなたからも礼を申せ」


 王の言葉に、正面を向いていた王太子が、マルグリッドへと身体を傾ける。


「マルグリッド嬢……感謝している。苦労をかけた」


 覇気の無い声で表面的に言葉をなぞらえる王太子に向き合うと、マルグリッドは首を振った。


「とんでもございません」


 相変わらず視線は逸らしたままだ。

 きっと、青白い王太子の顔など謁見の間に入ってから一度も視界に入れていないだろう。


「……マルグリッド嬢よ、何か褒美を取らせたい」

 

 重苦しい空気を変えるように、王がマルグリッドへと声をかけた。

 マルグリッドは王の言葉に数巡すると、玉座に向かって真っ直ぐに向き直る。


「褒美をいただける様な事は、いたしておりません。ただ、先日の王太子殿下のご発言に沿いとうございます」

「!!」


 俄かに王の表情が険しくなる。

 当然だ。マルグリッドは王太子の発言に沿うことを希望した。

 先日の王太子の発言――

 つまり婚約破棄を、了承すると。


「待て!マルグリッド!」

「マルグリッド嬢!?」


 取り乱した王の声と困惑する王太子の声が、反響する。

 周囲の臣下たちも動揺を隠せなかったのか、途端に辺りが騒がしくなった。

 マルグリッドと父であるエヴァンズ公爵だけが、周囲から切り離されたかの様に静謐を保っている。


「私は魅了にかけられていたのだっ!君も知っているだろう!?」


 そう言って、王太子が縋るようにマルグリッドに近づくと、マルグリッドは拒絶の意思を隠さずに、その場から一歩身体を引いた。


「!!」


 信じられないというように、王太子が目を瞠いた。伸ばしたまま空を切った手は、微かに震えている。


「なぜっ……」


 力なく溢した疑問はけれどしっかりと、マルグリッドの耳に届いていた。


「なぜ?」


 何を言っているのかと、マルグリッドが首を傾げる。この期に及んでまだわかっていなかったのかと、王太子に向ける視線から自ずと温度が消えていく。


「殿下は魅了の魔術にかけられていました」

「そうだっ!」

「それが全てですが?」

「私は被害者だぞっ!?」

「……被害者?」


 マルグリッドの視線が険しくなる。


「そ、そうだっ!」


 だから自身の発言は無効だと、王太子は主張している。

 けれど違うのだ。そうでは無い。

 問題は、そこではなかった。


「殿下は何故、魅了の魔術にかけられたのですか?」


 マルグリッドはまるで幼子でも諭すように、王太子に問う。


「な、何故って、あの悪辣な男爵令嬢に嵌められて……」

「何をもってして嵌められたのでした?」

「何を……?」


 まだわからないのだろうか。回転の遅い頭に苛つきながらも、口元に微笑みは絶やさずに、マルグリッドは答えを告げる。


「男爵令嬢の手作りの料理を召し上がられたから、ですわ」

「!!」

「クッキー、パン、ゼリー、あとはそう男爵家特産のワインでしたかしら?」

「そ、それは……が、学園の同じ生徒として……」


 弱々しい反論に、マルグリッドを眉を顰める。そうしてこれ以上は時間の無駄とばかりに大きく息を吐いた。

 それはこの八年、王太子の婚約者になってから、マルグリッドが一度も見せたことのない姿だった。


「毒味も無しに?」

「!!」

「ああ、殿下の側近も食したとかは関係ありませんのよ。役に立ちませんし」


 急に向いた矛先に、王太子の後ろに控えていた数人が途端に視線を逸らした。


「毒味役はその身体にありとあらゆる毒を、魔術を、慣らしておりますの。殿下の御身のために」

「そ、それは……」


 マルグリッドの視線の厳しさに、王太子は口を噤む。わかっているとは言えなかった。


「今回の件で王太子の毒味役が三人、処罰されました」

「……」

「殿下の軽率なお振る舞いで三人、死にましたのよ?」

「っ……」

「これ以上、面倒見切れませんわ」

「!!」


 吐き捨てる様に断言したマルグリッドの表情からは、王太子に向ける情など欠片も見つけられなかった。


「国王陛下。この場にて王太子殿下との正式な婚約解消をお認めください」


 マルグリッドは玉座へと姿勢を正すと、真っ直ぐに視線を上げて、そう言い切った。


「……考え直す余地は」


 苦渋の表情で、国王はマルグリッドに問うた。答えなど分かり切っているのに、親心による未練だろうか。


「ございません。妖しげなものを食し、魅了の魔術にかかるような方をお支えするのは、わたくしには荷が重く存じます」


 その場の空気が凍りつく。


 マルグリッドの背後に控えていたエヴァンズ公爵だけが、満足気に微笑んでいた。









「おめでとうございます!お嬢様」


 残った面倒事を父に任せ、公爵家へとひと足先に戻ったマルグリッドは、満面の笑みの使用人たちに万雷の拍手で迎えられた。


「ありがとう」


 柔らかい笑みで応えると、すぐにマルグリッド付きの侍女と執事が集まった使用人たちを捌き、マルグリッドを自室へと避難させた。




「お疲れでいらっしゃいましょう」


 マルグリッド付きの侍女が凝り固まった肩を揉みほぐしながら、そう労った。

 侍女に肩を揉まれながら、ソファにゆったりと寛ぐ。

 王太子の婚約者になってから、こんな贅沢な時間を過ごしたのは初めてではなかろうか。


 婚約解消とは最高だ。


 自然とマルグリッドの口元が綻ぶ。


「お嬢様が受け持っておられた王太子殿下管轄の業務書類は、こちらにお纏めしてあります」


 有能な執事は、王家に送り返す仕事の山を既に纏めてある。


「すぐに送ってちょうだい」


 あの書類の山が視界から消えれば、今よりももっと気分が良くなるに違いない。


「んー」


 マルグリッドは大きく腕を伸ばした。


「お嬢様……」


 窘める様な侍女の声は、聞こえなかったことにした。咎める様な執事の視線も、きっと気のせいだ。


 だってマルグリッドはもう、王太子の婚約者ではないのだから。


「公爵令嬢でいらっしゃることは変わりませんからね」


 マルグリッドの思考を読んだかのように、侍女が苦笑いで言う。


「婚約の申し込みの釣書も、山の様に送られてきますよ」

「えー」


 婚約解消なんて瑕疵は、公爵家の庇護の下には大して意味を持たないらしい。


 放っておいてくれればいいのにと、紅茶を淹れる執事の手元を見ながら、マルグリッドは息を吐いた。


「今度はお嬢様の気に入る方にしましょうね」


 もうはや縁談の話に意識が飛んでいるらしい侍女に、肩揉みをやめさせてから、マルグリッドはティーカップへと手を伸ばした。


 アールグレイの香りが鼻を擽ぐる。

 マルグリッドが一番好きな香りだ。


「そうねぇ……」


 一口飲んで、美味しいと呟いた後、マルグリッドは少しだけ考える。


「わたくしの好みを熟知していて、常にわたくしを優先して、いざという時は命を投げ捨てる覚悟があるくせに、肝心な事は言えない臆病者とか、かしら?」


 ふふっと笑ってまた一口紅茶を口に含めば、マルグリッドの背後からじっとりと前方の人物を睨め付ける侍女と、素知らぬ顔を通す執事の攻防戦が静かに始まったのだった。

お読みいただきありがとうございます!

もしよろしければ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎での評価やブクマ、リアクションなどしていただけると嬉しいです!


*誤字報告もありがとうございます。

直したりそのままだったりですがありがたく拝見してます!

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― 新着の感想 ―
魅了掛けられる前からその男爵令嬢に素で魅了されてたから、毒味無しで手作り料理をホイホイと食べて三人もの命を散らさせたお花畑馬鹿王子……。
毒味役に毒耐性があったら毒が入ってても気づけなくない?知らんけど
王子の命令に従っただけの毒見役を三人処罰した王が一番わるいのでは?それほどの無能なら子より悪いとしか思えんが... となるとそれだけ強気に出れる公爵家がその王族をうまく管理しておらず、まわりまわって…
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