第十三話
順位表が貼り出された翌日。
王立グランセル魔導学園は、表面上はいつもの日常へ戻っていた。
朝の鐘が鳴る。
灰色の制服を着た生徒たちが、石造りの廊下を歩いていく。
東棟では上位クラスの生徒たちが静かに教本を抱え、西棟では中位クラスの生徒たちが昨日の順位についてまだ少し熱を帯びた声で話している。
中庭には柔らかな朝日が差し、噴水の水音が涼しく響いていた。
何も変わっていない。
そう見える。
けれど、誰もが知っていた。
順位表が貼り出された後の学園は、決して昨日までと同じではない。
名前の位置が変わる。
評価が変わる。
視線が変わる。
声のかけ方が変わる。
誰かが少し胸を張る。
誰かが少し下を向く。
誰かが笑う。
誰かが黙る。
紙一枚で、人の立ち位置は変わる。
たとえ本人が何も変わっていないつもりでも。
周囲が勝手に変えてくる。
レオン・ヴォルツは、その変化の中心に近い場所にいた。
総合実技査定、三位。
上位クラスの中でも高評価。
変化対応改善顕著。
文句のない結果。
称賛されるべき順位。
だが、その高い場所は、思ったよりも息がしにくかった。
◆
朝の教室。
レオンが席に着く前から、何人かの生徒が声をかけてきた。
「レオン、おはよう」
「改めて三位おめでとう」
「次は一位だな」
「昨日の掲示板、すごかったよな」
「教師の評価、かなり良かったじゃん」
明るい声。
悪意はない。
むしろ好意的だ。
だからこそ、少し困る。
レオンは一つ一つに短く返した。
「ああ」
「ありがとう」
「次も積む」
「まだ課題はある」
言葉を返すたび、相手は満足したように笑う。
その笑顔に、レオンは少しだけ違和感を覚える。
自分は三位だった。
十分に良い結果。
それはわかっている。
だが、周囲が言う“次は一位”の言葉が、昨日からずっと胸のどこかに残っている。
期待。
励まし。
称賛。
そのどれでもある。
けれど、それだけではない。
次は一位でなければならない。
そう聞こえる時がある。
レオンは席に座り、鞄から教本を出した。
手帳も出す。
しかし、すぐには開かなかった。
昨日の最後の一文。
順位表は、勝者の名を讃える紙ではなく、誰が次に揺らぐかを示す板だった。
今朝、その言葉は昨日より重く感じられた。
「今日も朝から人気者だな」
隣に座ったユーリス・ベルクが言った。
いつもの軽い声。
けれど、最近のレオンは知っている。
その軽さは、ただの軽さではない。
周囲をよく見て、空気を読んだうえでの軽さだ。
「人気者ではない」
「じゃあ何だ」
「見世物に近い」
口にしてから、少しだけ自分でも驚いた。
少し刺のある言い方だった。
ユーリスは茶化さなかった。
代わりに、少しだけ頷く。
「そう感じるか」
「……少しな」
「まあ、昨日の順位表の前はすごかったからな」
ユーリスは教室を見回す。
「三位って、普通にすごい結果だ。でも皆、そこで止まってくれない」
「ああ」
「次は一位」
「次も勝て」
「落ちるな」
「上位でいろ」
ユーリスは指を折るように言う。
「言ってる側は軽いんだよな」
「そうだな」
「でも受ける側は重い」
その言葉に、レオンは黙った。
まさに、そうだった。
軽く投げられた言葉が、胸の中で重くなる。
相手は悪気なく言う。
だから払いのけにくい。
称賛だから。
期待だから。
好意だから。
けれど、好意であっても重いものは重い。
「お前、最近いいことを言うな」
レオンが言う。
ユーリスは少し笑った。
「ようやく俺の価値に気づいたか」
「調子に乗るな」
「はいはい」
そこで教室の前方から、椅子を引く音がした。
ハルト・グレイナーだった。
彼はいつもより静かに席へ座っていた。
昨日の順位表では十位。
上位維持。
だが前回より下落。
精神面の乱れあり。
その記載は、本人にとってかなり痛かったはずだ。
ハルトの周囲には取り巻きがいる。
けれど、彼らの声は以前より小さい。
どう接していいかわからないのだろう。
慰めれば傷つける。
黙れば気まずい。
笑えば失礼になる。
そういう空気。
レオンはそれを遠目に見ていた。
昨日、ハルトは完敗を認めた。
それでも、順位表に書かれた現実は別だ。
人は、戦いの中で少し変われても、翌日すぐに痛みから自由にはなれない。
「気になるか?」
ユーリスが小声で聞く。
「見えているだけだ」
「便利な言葉」
「お前から学んだ」
「俺はそんな便利に使ってない」
レオンは少しだけ息を吐いた。
「……声をかけるべきか、少し迷っている」
ユーリスが軽く眉を上げた。
「お前が?」
「悪いか」
「いや。いいことだと思う」
「だが、今は違う気もする」
「そうだな」
ユーリスはハルトの方を見た。
「今声をかけたら、たぶん刺さる」
「だろうな」
「でも、何も見てないふりも違う」
「面倒だな」
「人間関係はだいたい面倒だ」
レオンは少しだけ笑った。
「それは真理かもしれない」
◆
鐘が鳴る。
一限目は、査定後の振り返り講義だった。
教師は教室に入るなり、余計な前置きなしに黒板へ大きく書いた。
結果の扱い方。
その文字を見た瞬間、教室の空気が少し締まった。
「昨日、順位表が出た」
教師の声はいつも通り淡々としている。
「喜んだ者もいるだろう」
「悔しがった者もいるだろう」
「納得できなかった者もいるだろう」
「安心した者もいる」
一拍。
「全部、構わない」
教師は振り返る。
「問題は、その後だ」
教室が静まる。
「高評価を得た者は、評価を維持するために動け」
「低評価だった者は、言い訳ではなく改善を出せ」
「悔しかった者は、その悔しさを腐らせるな」
ハルトの肩がわずかに動いた。
レオンは気づいた。
たぶん、教師も気づいている。
「ヴォルツ」
名前を呼ばれる。
「はい」
レオンは立ち上がった。
「三位という結果をどう見る」
教室の視線が集まる。
予想はしていた。
だが実際に聞かれると、やはり少し重い。
レオンは一度、呼吸を整えた。
「高い評価だと思います」
「それだけか」
「……誇っていい結果だとも思います」
教師は頷く。
「では、不満はないか」
教室がさらに静かになる。
ここでどう答えるか。
周囲が見ている。
一位ではないことへの悔しさ。
三位への誇り。
期待の重さ。
全部が胸の中にある。
レオンは少しだけ間を置いた。
「あります」
ざわり、と教室が揺れた。
教師は目を細める。
「何が不満だ」
「一位ではなかったことです」
言った。
口にした瞬間、胸の奥にあったものが少し形を持った。
「ただし」
レオンは続ける。
「三位を軽く見るつもりはありません。評価された点は受け取ります。そのうえで、次は上を狙います」
教室が静かになった。
教師はしばらくレオンを見ていた。
それから、短く言う。
「よろしい」
その声は少しだけ柔らかかった。
「悔しさを誇りで隠すな。誇りを悔しさで汚すな。両方持て」
教師は黒板へ向き直る。
「今の答えは悪くない」
レオンは座る。
心臓が少し速かった。
悪くない。
教師のその一言が、思った以上に胸へ残った。
隣のユーリスが小声で言う。
「良かったぞ」
「黙って聞け」
「はいはい」
少し離れた席で、フィーネがこちらを見ていた。
目が合う。
彼女は小さく頷いた。
その頷きが、なぜか教師の言葉よりも少し温かかった。
◆
授業後。
廊下へ出ると、上位クラスの生徒たちが少しずつ散っていく。
レオンは教本を抱えながら歩き出した。
すぐ後ろからフィーネが追いついてくる。
「さっきの答え、すごく良かったです」
開口一番だった。
「今日は早いな」
「言いたかったので」
「お前は最近、すぐ褒める」
「必要なので」
いつもの言葉。
けれど今日は、レオンも少し素直に受け取れた。
「ありがとう」
フィーネは少しだけ目を丸くする。
それから嬉しそうに笑う。
「はい」
「それだけか」
「今、受け取りました」
「そうか」
廊下には朝の光が差し込んでいる。
石床に並ぶ影が長く伸びていた。
フィーネは少し歩いてから、声を落とした。
「三位、悔しいって言えたの、本当に良かったと思います」
「そんなにか」
「はい」
「なぜ」
「ちゃんと自分の気持ちを下げなかったからです」
レオンは少しだけ眉を寄せる。
「下げる?」
「三位なんて大したことない、って言わなかった」
「ああ」
「でも、三位で満足だ、とも言わなかった」
一拍。
「どっちも本当なんだと思いました」
レオンは黙る。
フィーネの言葉は、時々こちらの内側を正確に言い当てる。
不思議なくらいに。
「お前は本当によく見ている」
「そうですか?」
「ああ」
「でも、レオンさんの方が見てます」
「俺は動きを見る」
「私は、たぶん表情を見てます」
フィーネは少し照れたように言う。
「だから違うんです」
その言葉に、レオンは少し納得した。
動き。
表情。
戦う相手を見る目と、人を見る目。
どちらも必要なのかもしれない。
「助かる」
レオンが言うと、フィーネはまた少し顔を赤くした。
「それ、最近ずるいです」
「何がだ」
「急に言うところです」
「思った時に言っているだけだ」
「だからずるいんです」
廊下の空気が少し柔らかくなる。
しかし、その時だった。
前方の角で、ハルトが一人で立っているのが見えた。
彼は掲示板の方向を見ていた。
だが、足は向いていない。
行くべきか、行かないべきか。
そんな姿に見えた。
レオンは足を止めた。
フィーネも気づいて、黙る。
少し長い沈黙。
ハルトもこちらに気づいた。
目が合う。
彼の顔には、複雑なものが浮かんでいた。
屈辱。
警戒。
気まずさ。
そして、少しの疲れ。
「……ヴォルツ」
ハルトが先に口を開いた。
「何だ」
レオンは返す。
短い。
けれど、突き放す声ではなかった。
ハルトは少しだけ視線を逸らす。
「昨日の試合のことだが」
「ああ」
「……お前が言ったこと」
一拍。
「急ぎすぎだってやつ」
レオンは黙って聞く。
「あれは、当たっていた」
絞り出すような声だった。
ハルトにとって、それを認めるのは簡単ではないはずだ。
フィーネも黙っている。
廊下を通る生徒たちが、少しだけこちらを見る。
だが、誰も近づいてこない。
「そうか」
レオンは短く答えた。
ハルトは少し顔を歪める。
「それだけか」
「他に何を言えばいい」
「……いや」
ハルトは小さく息を吐いた。
「俺は、アルトに負けた」
「ああ」
「お前にも負けた」
「ああ」
「順位も落ちた」
「ああ」
「全部言うな」
「お前が言ったんだろ」
フィーネが少しだけ慌てた顔をする。
だが、ハルトは怒らなかった。
むしろ、少しだけ苦笑した。
「本当に嫌な奴だな」
「よく言われる」
「誰に」
「最近は色々だ」
ハルトは少し黙った。
それから、低い声で言う。
「俺は、戻れると思うか」
重い問いだった。
ただの順位の話ではない。
上位クラスの中での立ち位置。
周囲からの視線。
自分自身の誇り。
それらを含んだ問い。
レオンはすぐには答えなかった。
適当な慰めは、たぶん違う。
だから、見たものを言う。
「戻る、という考え方をしているうちは遅れる」
ハルトの顔が強張る。
フィーネも少しだけ目を開いた。
レオンは続ける。
「前と同じ場所に戻ろうとすると、昨日までの自分を追うことになる」
一拍。
「今の自分で、次に行け」
沈黙。
廊下の空気が止まったようだった。
ハルトはしばらくレオンを見ていた。
怒るかと思った。
だが、怒らなかった。
ただ、悔しそうに笑った。
「……上からだな」
「今はな」
昨日と同じ言葉。
ハルトは小さく息を吐く。
「覚えておく」
それだけ言って、彼は歩き出した。
今度は掲示板の方ではなく、訓練棟の方へ。
フィーネはその背中を見送ってから、ぽつりと言った。
「今の、すごく良かったと思います」
「また褒めるのか」
「はい」
「少し厳しくなかったか」
「厳しかったです」
一拍。
「でも、慰めより届いた気がします」
レオンはハルトの背中が消えた角を見る。
「そうならいいが」
「たぶん、大丈夫です」
「根拠は?」
「顔が、少し前を向いてました」
レオンは何も返せなかった。
やはり、フィーネは表情を見るのがうまい。
◆
昼休み。
食堂は昨日の順位表の話題がまだ続いていた。
だが朝よりは少し落ち着いている。
生徒たちは、もう結果を受け入れ始めていた。
受け入れたうえで、次の話をする。
「レオンは次一位狙うだろ」
「ハルト、訓練棟行ったらしいぞ」
「マジ?」
「アルトも朝から走ってたって」
「皆やる気出しすぎだろ」
「順位出た後だからな」
レオンは食事をしながら、その声を聞いていた。
向かいにはユーリス。
隣にはフィーネ。
この並びにも、もう周囲は慣れ始めている。
最初は少し見られていた。
今も見られないわけではない。
だが、以前より自然になった。
「ハルトに何か言ったのか?」
ユーリスが聞く。
「見ていたのか」
「途中からな」
「趣味が悪い」
「社交性だ」
「便利すぎる」
ユーリスは笑う。
「で?」
「今の自分で次に行け、と言った」
ユーリスが少し目を丸くする。
「お前、ほんとに変わったな」
「そればかりだな」
「いや、今のはかなり」
フィーネも頷く。
「私もそう思います」
「二対一か」
「今回は私もベルクさん側です」
「強いな」
少し笑いが起きる。
その時、食堂の入口がざわついた。
アルト・レイヴンが入ってきた。
今日も彼は見られている。
特記事項入り。
成長観察対象。
その言葉は順位以上に彼を目立たせていた。
アルトは少し困ったように笑いながら、仲間たちと席へ向かう。
途中でレオンに気づく。
軽く頭を下げる。
レオンも返した。
それだけのやり取り。
だが、今日は少しだけ違う。
以前ほどざわつかなかった。
周囲も、この二人が互いを認識していることに慣れ始めている。
それはそれで、また新しい空気だった。
「アルト、かなり見られてるな」
ユーリスが言う。
「ああ」
「しんどそうだけど、悪くなさそうでもある」
「そうだな」
レオンはアルトの背中を見る。
彼はまだ未熟だ。
だが、前を向いている。
特記事項入りをただ喜ぶだけではなく、走って、鍛えて、次へ向かおうとしている。
なら、自分も止まれない。
三位で満足して終わるわけにはいかない。
けれど、一位への期待に潰されるわけにもいかない。
自分の足で、上へ行く。
そう思った。
◆
午後の授業は、次月目標の個別面談だった。
短い時間だが、教師が一人ずつ呼び出し、課題を確認する。
レオンの番は後半だった。
小さな面談室。
石壁に囲まれた静かな部屋。
机の向こうには実技担当教師が座っている。
レオンは向かいの椅子へ座った。
「三位だったな」
教師が言う。
「はい」
「どう受け止めた」
「高評価として受け止めています」
「不満は」
「あります」
「一位ではないからか」
「はい」
教師は少しだけ口元を動かした。
「いい答えだ」
レオンは黙っている。
「お前は少し前なら、三位という結果をもっと綺麗に扱っただろうな」
「そうでしょうか」
「そうだ」
教師は用紙を見る。
「悔しさを認めるようになった。弱点も書けるようになった。言葉選びまで課題に入れた」
一拍。
「良い変化だ」
「ありがとうございます」
「だが、気をつけろ」
教師の声が少し低くなる。
「変化している時ほど、足元は不安定になる」
レオンは顔を上げる。
「今のお前は、前より柔らかくなった。だが、柔らかくなる途中は崩れやすい」
重い言葉だった。
「硬いままなら折れる」
「柔らかくなれば揺れる」
「どちらにも危うさはある」
教師はレオンを見る。
「次月までの課題は、変化を自分のものにすることだ」
「はい」
「他人の言葉を聞くのは良い。だが、最後に選ぶのは自分だ」
その言葉は深く残った。
ユーリス。
フィーネ。
エリシア。
教師。
アルト。
ハルト。
最近、レオンの中には他人の言葉が増えている。
それは助けになっている。
けれど、振り回される危険もある。
最後に選ぶのは自分。
その通りだった。
「覚えておきます」
「それも最近よく言うな」
教師が少しだけ笑った。
レオンは驚く。
教師が笑うのは珍しい。
「悪くはない」
そう言って、面談は終わった。
◆
放課後。
レオンは訓練棟へ向かった。
そこには先客がいた。
ハルトだった。
木剣を振っている。
荒くはない。
昨日よりもさらに整えようとしている。
まだ硬い。
だが、前を向いている。
レオンは少し離れた場所で、自分の訓練を始めた。
声はかけない。
ハルトもこちらに気づいているはずだが、何も言わない。
ただ、同じ訓練棟で剣を振る。
それで十分だった。
しばらくして、入口から別の足音が聞こえた。
アルトだった。
彼も木剣を持っている。
下位クラスの仲間は連れていない。
一人だった。
訓練棟の中に、奇妙な沈黙が落ちる。
レオン。
ハルト。
アルト。
この数日、学園の話題に上がり続けた三人。
その三人が、放課後の訓練棟にいる。
アルトは少し戸惑ったように頭を下げた。
「し、失礼します」
ハルトが一瞬だけアルトを見る。
空気が張った。
だが、ハルトは何も言わなかった。
ただ、木剣を振る。
アルトも少し離れた場所で素振りを始める。
レオンも、自分の訓練へ戻る。
誰も話さない。
木剣が空を切る音だけが、訓練棟に響く。
一人は三位。
一人は十位。
一人は特記事項入り。
立場は違う。
痛みも違う。
期待も違う。
けれど、三人とも剣を振っていた。
その事実が、レオンには少しだけ心地よかった。
順位表の前では違った。
声がありすぎた。
視線がありすぎた。
だがここでは、剣の音だけがある。
結局、やることは変わらない。
積む。
それだけだ。
◆
夜。
学生寮の部屋。
レオンは手帳を開いた。
今日も書くことは多かった。
三位の重さ。
一位ではない悔しさ。
ハルトとの会話。
アルトの視線。
教師の面談。
放課後の訓練棟。
ペンを走らせる。
そして最後に、今日の言葉を書いた。
変化している時ほど、足元は不安定になる。
その下に、もう一行。
最後に選ぶのは自分。
レオンはペンを置いた。
窓の外には夜が広がっている。
学園の灯りが少しずつ消えていく。
今日、自分は三位という場所の重さを知った。
高い場所は誇らしい。
だが、息がしにくい。
上を見れば悔しい。
下を見れば追われている。
横を見れば、同じように苦しむ者がいる。
ハルト。
アルト。
フィーネ。
ユーリス。
それぞれが、それぞれの場所で揺れている。
自分だけではない。
そう思えたことは、不思議と少し救いだった。
レオンは手帳を閉じる。
灯りを落とす。
暗闇の中、彼は静かに目を閉じた。
三位という名の高い場所は、思ったよりも息がしにくい。
けれど、そこから見える景色もある。
今はまだ、それを見ている。
誇り高く。
少し苦しく。
それでも前へ進もうとする少年として。
レオン・ヴォルツは、まだ自分がやがてその場所から落ちることを知らない。
だが、もし落ちた時。
今日の夜、訓練棟に響いていた三つの剣の音を、いつか思い出すことになる。
順位ではなく。
称賛でもなく。
ただ、自分の足で立ち直るために。




