夜に満ちるもの
短き槍は地を貫き、長き槍は天を指す。
世の象徴であるようかの光は闇に飲み込まれ
その力を失っていく。
世界を縛っていた見えざる鎖は音もなく解け
各々が、自らの本性へと返る。
それは私も例外ではない。
定められた契約に従い、意思も自由も感情さえも差し出した。
その魂は摩耗し、削られ、空洞が残る。
乾く。
満たされない。
この渇きを、埋めなければならない。
そこは闇であった。
わずかな軋みを残して、戸が開く。
そこにあるのは私と、もう一つの命。
小さく、柔らかな身体。
闇に潜むものの気配など知るはずもなく
ただ無防備に、安らかな寝息を立てている。
その姿は心の内側を掻き立て
這い上がる衝動が理性を侵食していく。
規則正しく上下する胸。
無防備に晒された身体。
温もりがそこに集まっている。
指先ひとつ分の距離。
そのわずかな距離を、私はゆっくりと奪った。
渇きが、膨れ上がる。
——限界だ。
私は両腕で包み込むように
それの柔らかな腹へと顔を深く埋めた。
「すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」
無理無理むりむりやばい尊いふわっふわあったか無理無理むりぃ!!!
腕の中で飼い猫のミケが眠そうに目を開けた。
「……うンにゃ」
「んぁぁ起きたのおおお????かわちぃ声出たねぇぇ!!起こしちゃってごめんねぇぇ!!」
「今日もおるすばんできたのぉぉぉぉ???えらいねぇぇぇ!!」
ミケは寝転がったまま、ゆるりと身体を伸ばす。
その仕草に合わせて、細やかな振動が伝わってきた。
「んああ伸びしたのおぉぉぉ????よくできたねぇぇぇ!!えらいねぇぇぇ!!!」
再度丸まった身体の、その柔らかな腹へと再び顔を埋める。
「すぅぅぅぅぅぅぅ……」
満ちる。
欠けていたものが、静かに埋まっていく。
「……にゃ」
ミケが短く鳴いた。
直後、するりと手の中から温もりが抜けていく。
あ、と思わず、手が空を掴む。
……だが、もういい。
今夜の分は満たされた。
渇きは跡形もなく消えている。
……これでいい。
手を下ろした布団に、かすかな体温が残っている。
あたたかい。
残り火のような熱が、じわりと指先に滲む。
……。
……ちょっと待って。
「えぇぇぇ!!あったかぁぁぁ!!なにこれぇぇぇ!!優勝すぎゅぅぅぅ!!」
思わず、ばふっと布団に顔を埋める。
「うわぁぁ!!ここにいたねぇぇぇ!!かわちぃねぇぇぇぇぇ!!!!」
へこんだ跡に頬を押し当て、ぐりぐりと擦りつける。
さっきまで満たされていたはずの何かが
もう一度、内側からざわりと動き出す。
消えかけた火に風を送るようにしばらく続き
夜は静かに更けていった。




