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陸軍モノ

日本陸軍のカッコよい対装甲車戦闘

作者: 仲村千夏
掲載日:2026/01/07

 土は乾いていた。

 踏めば音が出る。だから、第七分隊は踏まない。


 尾根の陰をなぞるように、分隊は進んでいた。間隔は広く、声はない。合図は手と視線だけで済む距離だ。前衛には狙撃手の東郷、その少し後ろに分隊長と副分隊長。最後尾には、布で包まれた長物――十三・二粍対装甲車ライフルが静かに担がれている。


 索敵は続いていた。

 敵歩兵の哨戒線を一つ抜けた先、地形がなだらかに開ける地点がある。道路跡だ。舗装は剥がれ、轍だけが残っている。車両が通るなら、ここしかない。


 東郷が止まった。


 伏せる。全員が同時に地に溶ける。

 数秒後、音が来た。


 低く、重い。規則的な振動。

 歩兵の足音ではない。


 分隊長は双眼鏡を出さない。まず耳で距離を測る。音の反射、間隔、金属音の混じり具合。


(装輪……一両)


 副分隊長がゆっくりと指を二本立て、次に円を描く。

 車両、単独行動。


 東郷が這うように前に出る。草を分けず、影を使う。

 視界が開けた瞬間、彼は止まった。


 見えた。


 装甲車。

 四輪、低い車高。簡易装甲。車体上部に旋回式銃架。搭載されているのは重機関銃――七・七粍か、輸入品の可能性もある。


 車体側面には歩兵が二名随伴している。警戒は甘くないが、過剰でもない。典型的な偵察兼威力偵察用だ。


 東郷は距離を測る。

 約四百。地形は緩い下り。遮蔽物は少ない。


 撃てる。

 だが、撃たない。


 分隊長が東郷の視線を追い、同じ景色を見る。

 対装甲車ライフル班が、ゆっくりと銃を下ろしたまま待機している。


(撃てば、確実に止まる)

(だが、それはここではない)


 装甲車は止まらない。道路跡をなぞるように進み、時折、銃架が左右に振れる。威圧射撃の準備だろう。


 分隊長は判断する。


 ――任務は索敵。

 ――小隊規模の戦闘を誘発する必要はない。


 東郷が指を一本、地面に向ける。

 通過を待つ。


 全員がそれを理解する。

 装甲車は五分ほどで視界から消えた。音も遠ざかる。


 沈黙が戻る。


 分隊長は深く息を吐き、初めて小さく手を振った。

 後退。観測終了。


 分隊は来た道を戻る。速いが、乱れない。

 十三・二粍銃は一度も地面に置かれなかった。


 合流地点で小隊無線が入る。


「こちら第七分隊。敵装甲車を確認」


 分隊長は地図を広げ、短く、正確に報告する。


「地点C-4、道路跡沿い。装輪装甲車一両、重機関銃搭載。随伴歩兵二名。行動は偵察と判断」


 無線の向こうで小隊長が応答する。


「距離、進行方向は?」


「進行南東。速度低。警戒は通常レベル。歩兵支援火器なし」


 一拍。


「対処可能か」


 分隊長は即答した。


「可能です。分隊単独でも。対装甲車ライフルの有効距離内でした」


 無線が少しだけ沈黙する。

 やがて、小隊長の声。


「よし。よく見た。分隊はそのまま監視を継続。こちらで対応を決める」


「了解」


 通信が切れる。


 分隊は再び伏せ、地形に溶け込む。

 まだ撃っていない。だが、撃つ準備はできている。


 装甲車は、分隊の存在に気づいていない。

 それが、何よりの戦果だった。


 分隊は動かなかった。

 敵装甲車が通過した道路跡を、見下ろせる位置。風向き、逆光、遮蔽物――すべてがこちらに味方している。


 分隊長は地図の端を押さえ、低い声で言った。


「撃てば止まる。だが一度きりだ」


 副分隊長が頷く。


「装甲車は一両。だが、戻ってくる可能性があります」


 十三・二粍銃の射手が、何も言わず銃身を撫でた。

 撃つ準備はできている。しかし、それが最善とは限らない。


 無線が短く鳴った。


「第七分隊、聞こえるか」


「聞こえます」


 小隊長の声は落ち着いていた。


「装甲車の報告、受けた。こちらの判断を伝える」


 一拍。


「分隊単独での撃破は可能だろう。だが――」


 分隊長は先を読んでいた。


「――確実性を上げますか」


「そうだ。援軍を出す」


 分隊の空気がわずかに変わる。

 期待ではない。計算が増えただけだ。


「第九分隊を派遣する。機関銃一組、対装甲車ライフル一組を含む」


 副分隊長が即座に確認する。


「合流予定時刻は?」


「十五分以内。地点はお前たちの北側尾根」


「了解」


 通信が切れる。


 分隊長はすぐに指示を出した。


「配置を再検討する。今の射界はそのまま保持。増援は側面火力として使う」


 地面に枝で簡単な図が描かれる。


「敵装甲車が戻る場合、速度を落とすのはここだ」


 谷のくびれ。道路跡がわずかに曲がる地点。


「第七は初弾を担当。狙いは前輪、もしくは操縦席下」


 十三・二粍銃の射手が短く答える。


「了解。跳弾は考慮しますか」


「しない。貫通前提だ」


 副分隊長が補足する。


「第九分隊の機関銃は随伴歩兵の抑え。車両が止まった瞬間に叩く」


 狙撃手の東郷が言う。


「銃手は私が見ます。銃架に人が立ったら、即座に落とします」


「頼む」


 十分後、合流の合図が入った。


 第九分隊は無駄のない動きで現れた。

 機関銃班はすぐに伏せ、対装甲車ライフル班は第七と同じく銃を包んだまま地形を確認している。


 分隊長同士が短く打ち合わせる。


「敵装甲車一両。戻る可能性あり」


「了解。こちらは側面担当でいいな」


「そうしてくれ」


 小隊長は現れなかった。

 それで十分だった。


 ここから先は、分隊長たちの仕事だ。


 射界が重ならないよう調整され、無駄な声は消える。

 機関銃の脚が土に沈み、十三・二粍が静かに据えられる。


 撃てば、終わる。

 撃たなければ、何も起きない。


 分隊と分隊が並び、待ち伏せは小隊規模の確実な罠へと変わっていた。


 あとは――敵が戻るかどうかだけだ。


 分隊は動かなかった。

 敵装甲車が通過した道路跡を、見下ろせる位置。風向き、逆光、遮蔽物――すべてがこちらに味方している。


 分隊長は地図の端を押さえ、低い声で言った。


「撃てば止まる。だが一度きりだ」


 副分隊長が頷く。


「装甲車は一両。だが、戻ってくる可能性があります」


 十三・二粍銃の射手が、何も言わず銃身を撫でた。

 撃つ準備はできている。しかし、それが最善とは限らない。


 無線が短く鳴った。


「第七分隊、聞こえるか」


「聞こえます」


 小隊長の声は落ち着いていた。


「装甲車の報告、受けた。こちらの判断を伝える」


 一拍。


「分隊単独での撃破は可能だろう。だが――」


 分隊長は先を読んでいた。


「――確実性を上げますか」


「そうだ。援軍を出す」


 分隊の空気がわずかに変わる。

 期待ではない。計算が増えただけだ。


「第九分隊を派遣する。機関銃一組、対装甲車ライフル一組を含む」


 副分隊長が即座に確認する。


「合流予定時刻は?」


「十五分以内。地点はお前たちの北側尾根」


「了解」


 通信が切れる。


 分隊長はすぐに指示を出した。


「配置を再検討する。今の射界はそのまま保持。増援は側面火力として使う」


 地面に枝で簡単な図が描かれる。


「敵装甲車が戻る場合、速度を落とすのはここだ」


 谷のくびれ。道路跡がわずかに曲がる地点。


「第七は初弾を担当。狙いは前輪、もしくは操縦席下」


 十三・二粍銃の射手が短く答える。


「了解。跳弾は考慮しますか」


「しない。貫通前提だ」


 副分隊長が補足する。


「第九分隊の機関銃は随伴歩兵の抑え。車両が止まった瞬間に叩く」


 狙撃手の東郷が言う。


「銃手は私が見ます。銃架に人が立ったら、即座に落とします」


「頼む」


 十分後、合流の合図が入った。


 第九分隊は無駄のない動きで現れた。

 機関銃班はすぐに伏せ、対装甲車ライフル班は第七と同じく銃を包んだまま地形を確認している。


 分隊長同士が短く打ち合わせる。


「敵装甲車一両。戻る可能性あり」


「了解。こちらは側面担当でいいな」


「そうしてくれ」


 小隊長は現れなかった。

 それで十分だった。


 ここから先は、分隊長たちの仕事だ。


 射界が重ならないよう調整され、無駄な声は消える。

 機関銃の脚が土に沈み、十三・二粍が静かに据えられる。


 撃てば、終わる。

 撃たなければ、何も起きない。


 分隊と分隊が並び、待ち伏せは小隊規模の確実な罠へと変わっていた。


 あとは――敵が戻るかどうかだけだ。


 最初に来たのは、振動だった。


 地面が、わずかに揺れる。

 耳を澄ませば、あの低い回転音が戻ってくる。


 来る。


 第七分隊も、第九分隊も動かない。

 銃口はすでに決められた方向を向いている。


 装甲車が姿を現した。

 道路跡の曲がり角。速度は落ちている。警戒を強めているのが、遠目にもわかった。


 随伴歩兵は二名。間隔を取り、左右に散っている。

 銃架の機関銃は前方を向いたまま、まだ回っていない。


 分隊長は腕を上げ、止めた。


 ――まだだ。


 距離、三百。

 二百五十。


 十三・二粍銃の射手が息を止める。照準は前輪の付け根。操縦席の直下。跳ねれば、車体内部に入る。


 東郷の照準は銃架。

 第九分隊の機関銃は、随伴歩兵の動線を完全に塞いでいる。


 二百。


 分隊長の指が、静かに下りた。


 ――撃て。


 轟音が一つ。


 十三・二粍弾は、撃発と同時に距離を消した。

 前輪の装甲を砕き、操縦席下部を貫通。内部で破裂した。


 装甲車が跳ねた。

 前方に傾き、次の瞬間、完全に止まる。


 銃架の機関銃が回りかけた、その瞬間。


 乾いた一発。


 東郷の弾が、銃手の頭部を撃ち抜いた。

 機関銃は空を向いたまま、沈黙する。


「機関銃、制圧!」


 副分隊長の声と同時に、七・七粍が唸った。


 第九分隊の機関銃が、随伴歩兵の進路を薙ぐ。

 地面が跳ね、逃げ場が消える。


 一人は伏せたまま動かない。

 もう一人は数歩走り、倒れた。


 装甲車の中から、慌てた声が聞こえる。

 だが、出てこない。


「第二射、必要なし」


 分隊長の判断は即座だった。


「車両は無力化済み。歩兵排除完了」


 十三・二粍銃は再装填されない。

 撃つ必要がなかった。


 数秒。

 戦闘は、それで終わった。


 分隊は動かない。

 機関銃は撃ち続けない。沈黙が戻る。


 副分隊長が低く言う。


「車内、生存の可能性あり」


「出てくるまで待つ」


 数分後、装甲車の後部ハッチが開いた。

 両手が見える。敵兵が一人、這い出してくる。


 東郷の照準が、胸に乗る。


「動くな」


 敵は動かなかった。


 現場は完全に制圧された。


 分隊長は無線を取る。


「こちら第七。装甲車一両、無力化。随伴歩兵二名排除。一名確保」


 小隊長の声が返る。


「よし。よくやった。現場を保持せよ。こちらが合流する」


「了解」


 分隊は再配置につく。

 銃口は下がらない。だが、撃つ必要もない。


 撃つ前に決まっていた戦闘だった。


 装甲車の周囲は、すでに完全に押さえられていた。

 分隊は射界を保ったまま、小隊の到着を待つ。


 やがて足音が増えた。

 小隊長を先頭に、増援の兵が斜面を下りてくる。


 現場を一目見て、小隊長は理解した。


「止めたな」


「はい。初弾で走行不能にしました」


 分隊長は簡潔に答える。


 小隊長は装甲車に近づき、前輪の破壊状況を確認する。

 十三・二粍弾の貫通痕は明瞭だった。装甲は意味を成していない。


「撃破ではないが、無力化としては満点だ」


 副分隊長が補足する。


「車内一名確保済みです。武装解除済み」


 捕虜は地面に座らされ、監視がついている。抵抗の意思はない。


 小隊長は頷いた。


「無駄弾は?」


「十三・二粍一発。狙撃一発。機関銃は短連射のみです」


 一瞬の沈黙の後、小隊長は小さく息を吐いた。


「理想的だ」


 装甲車に搭載されていた機関銃が調べられる。

 弾帯はまだ半分以上残っていた。


「もし撃たせていたら、こちらも面倒だったな」


「その前に終わらせました」


 分隊長の声には誇りがない。ただ事実があるだけだ。


 小隊長は地図を広げ、簡単に線を引く。


「この地域に装甲車が出たということは、敵は歩兵だけではない。今後、索敵は必ず対装甲前提で動く」


 分隊長と副分隊長が同時に頷く。


「今回の戦訓をまとめる」


 小隊長は言った。


「一、装甲車は単独でも脅威だが、目を奪えば脆い

 二、分隊単独でも対処可能だが、確実性は小隊運用で上がる

 三、初弾は“止める”ことに集中する」


 誰も口を挟まない。

 全員が、それを体で知っている。


「第七分隊」


「はい」


「よくやった。戻るぞ」


 装甲車は破壊されていないが、回収は不可能だった。

 小隊長は短く判断を下す。


「鹵獲できるものだけ外せ。残りは処分する」


 兵たちは素早く動いた。

 重機関銃、照準器、無線機、弾帯。使える部品はすべて取り外される。

 敵の兵器は、次の戦闘でこちらを助けるかもしれない。


 作業が終わると、装甲車の内部に可燃物が投げ込まれた。

 燃料が流され、火が入る。


 炎は低く、しかし確実に広がった。

 装甲板の内側で黒煙が渦を巻く。


「よし、撤収」


 燃える装甲車を背に、分隊は静かに離脱する。

 回収されることのない鉄の塊は、やがて内部から崩れ落ちるだろう。


 帰路で、誰かが戦闘を語ることはなかった。

 撃った回数も、命中部位も、勝敗も。


 それらはすべて、報告書に書かれる。


 現場に残るのは、焦げた金属と、

 役目を終えた装甲車の残骸だけだった。


 分隊は、次の任務へ向かう。

 いつも通りに。

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