第一話
前世において平凡でとりとめのない平凡な人間であった男は、転生を果たしたことを悟った。正確には転生ではないとか、それは転移の類だとか、細かい話はこの際置いておく。
これといった突出する才のない、強いて言えば保身において多少の知恵が回る程度の人間。それが彼の自己評価であった。
改めて周りを見回すと、広い和室に多くの人間がいた、彼らは皆一様に和服を隙なく着こなしている。和室全体には重い泥のような緊張感が漂い、思わず冷汗が頬を伝った。
「このままでは我が鳴上家の破滅だ」
老獪さを滲ませた老人が口を開いた。
重苦しい空気が伝播する。
「まさか彼奴が復活するというのか!何かの間違いではないのか?」
「議論は疾うに済んでおるぞ!」
「まさか、信じられない」
「このままでは我が家だけでなく、日本国の危機だ!」
そっちのけで口論をかわす老人たちに、頭の整理が追いつかない。
――いったい何が起きているんだ……?
気が付いたらこの有様だ。こちとら自分の名前さえわからないのに。ここで「あのう、これってなんのあつまりですか?ははは」などと声を出せばそこかしこから視線が集まり、お前は頭が沸いているのか? などと言われてしまうかもしれない。
そんなこと、想像しただけでも恐ろしい。
こちとらただの小市民だ、視線が集まるだけでも十分に恐ろしいというもの。存在感を消し、固唾をのんで見守っていると、ふと視線を感じる。
冷汗をだらだらとかきながら顔を上げると、先ほどまで怒号の飛んでいた室内はしんと静まり返っていた。
――集まる視線。
空気が泥のように重苦しく両肩に圧し掛かる。心臓が早鐘のごとく鳴り響き、胸と胃に鈍痛が奔る。
「若様」
どこか、縋るような言葉。
方々でこちらを呼ぶ声が上がる。
――まさか、やめてくれ。
暗然とした胸中に反して皆がこちらを――自分を見ていた。
「このままでは我が鳴上家、ひいては日本国の危機です。当主様が不在の今、あなた様にご決断いただきたく」
緊張感がえげつない。
若様とは自分のことか、いかにも偉そうな立場をさす二人称に戦慄が奔る。
ごくりと唾を飲み込む。喉が痙攣を起こしたかのようにうまく機能しない。周りを見回す、ゆっくりと時間をかけながら。
ほんの少しの時間稼ぎのつもりのそれ。しかしこの部屋に集まった人々はそうは思わなかった。
皆目をしっかりと合わせると重々しく頷く。「わかっています」。「信じています」。そんな声が聞こえた気がした。
――違う、そうじゃない。
胃は絶えず鈍痛を発し、冷汗は滝の如く頬を伝う。
――頼むから誰か、この状況を説明してくれ。




